時計がない2
※改稿に伴い新たに差し込んだページです。
「ねぇねぇ、七海」
思いがけない早起きによって普段より早く朝食を終えた私。
出勤までの暇つぶしにスマホを触っていて、ふとあることを思い出した。
「何?」
出会ってまだ二日目だというのにソファは既に七海の特等席になっていて、昨日同様床に体操座りしている私に冷たい視線が向けられる。
うーん……ポジションが絶対おかしいと思うんだけど……まあいいや。こういうプレイだと思って流しておくことにしよう。
「七海ってさ、時間界から来たんだったら時間の友達とか知り合いとかいたりするの?」
「まあ……多少はいるけど。それが何? あんたに関係ある?」
なんで初っ端から喧嘩腰なのよ。
「いや、実はね。昨日はすっかり忘れてたんだけど、七海に見てほしいものがあって……」
私はアプリストアで【二十四時間あつめ】を検索し、ちょうど黒髪の子が映るところで一時停止して、画面を七海へ向ける。
再生ボタンを押すと『君の一時間、俺にちょーだい?』とリアルな声が聞こえて、またどきりとしてしまった。
「私、この紹介動画を見てこのアプリダウンロードしようって思ったんだけど……七海、この子知ってる?」
「知らない」
「そっかあ……」
がっかりして画面を閉じる。
七海がこの子と知り合いなら、話がめちゃくちゃ早いんじゃないかと思ったんだけどなあ……。
というのも、昨夜眠れぬ夜を過ごしながら改めてアプリ製作者と時間について考えていて、あることに気付いたのだ。
「七海はこのアプリのこと何も知らないんだよね?」
「昨日からそう言ってるじゃん」
「製作者のことも全く心当たりがないんだよね?」
「知ってたらこんなアプリ作らせるわけないでしょ」
「でもさでもさ! 紹介動画に映ってるってことは、この子は製作者と知り合いだってことだよね!?」
「……あんたにしてはよく分かってんじゃん」
「えへへ、まあね!」
「褒めてないけど」
そう、つまり。この黒髪の子は、私たちにとってかなり重要な存在なのではないか……と。気付いてしまった私、すごい。天才。
「昨日の夜、今の状況について改めて色々考えてみて思ったんだけど……。私にとっては時間が見るようになったってだけで特に困ることはないんだよなあって……」
「はあ? 喧嘩売ってんの? 俺は困ってるんだけど?」
「いやいや、売ってないよ! お、落ち着いて続きを聞いて!」
不機嫌度が上昇した七海を見て、慌てて続きを話す。
「でもやっぱり、七海たち時間側からすると誰が見えてるのか分からないからすごい困るよねと思って! それで、出来るだけ早く解決するために私に出来ることって何があるかなって考えてみたの……」
まず最初にアプリ制作会社の名前で検索してみた。が、全くヒットしなかった。
そう簡単には尻尾を掴ませてはくれないということだ。ますます怪しく思えてくる。
正直、ネットで調べれば何か一つくらいは情報が得られるだろうと安易に考えていた。いきなり手段が尽きて途方に暮れた。
でも諦めて私だけぼーっとしているわけにはいかない。そこでだ。
「私はこのアプリの遊び方通り、色んなとこ行ってこの子を探せばいいんじゃないかな? って! ……もちろん、どこにいるのかなんて全然見当ついてないんだけど! でも、この辺りにいる他の時間とかもたくさん探して、そしたら誰かこの子について知ってる子がいるかもしれないし! 今の私に出来そうなことっていったらそれくらいしか思いつかなくて……」
窺うように目だけを動かしてそっと七海を見上げる。
「ど、どう思う……!?」
少し微妙な空白の後。
「……いいんじゃない」
素っ気ない返事があった。
「よしっ!」
自分のやるべきことが分かると、俄然燃えてきた。
それこそゲームみたいな感じでわくわくする。
「私、探し物得意だから任せといて! 大丈夫、きっとうまく行くよ」
だが、七海はあまり明るい顔ではない。
「昨日も言ったけど……時間はヤバイ奴もいるから、あんたはこれから日常生活で気を付けた方がいいよ」
「……どうやって!?」
「それくらい自分で考えたら?」
「ええ……そこは教えてくれたっていいじゃん。七海のけち……」
昨日からそうやって脅しみたいなこと言ってくるけどさ。
バトルものじゃあるまいし、どんな大変なことが起こるのか全然想像できないんだよね。
「ていうか、あんたがアプリをダウンロードした理由がその動画って……ほんと在り得ないんだけど」
私を見遣って大きな溜息をひとつ。
……あ、私のこと面食いだって呆れてる顔だわこれ。
「だ、だって! 動画の子めちゃくちゃかっこ可愛くない!? きらきらお目目に吸い込まれちゃって気づいたら指が勝手に……!」
「だから、それが馬鹿だって言ってんの。そんなもんで釣られるって話でしょ」
毎日の癒しに美しいものを眺めたくなるこの気持ち、七海には分かんないかなあ……。
やたらと刺々しい七海を見てはっと気づく。
もしかして、七海を前にして他の時間を褒めたのが嫌だった……!?
「あっ! もちろん七海のこともすごく綺麗だと思うよ!? もし七海が紹介動画に出て来てても絶対ダウンロードしたと思う!」
「なにフォローしてんの? 俺が綺麗なことはあんたに言われなくても分かってるんだけど」
「あ、ですよね」
▼
さて、そんな感じで朝から冷たい七海なわけだけども。
文句を言いながらも、何故か本日も私を玄関までお見送りに来てくれた。
さすがはプロの七時だ。
「忘れ物はない?」
「うん! 多分!」
「……はあ、多分じゃ確認してる意味がないんだけど」
「大丈夫大丈夫!」
とりあえず財布さえ持っておけば大抵のことはなんとかなる。
それに今から遊びに行くわけでもない、ただ仕事に行くだけだ。
万が一財布を忘れた時のために職場のロッカーにお金も置いてある。何も心配はいらない。
「……あんた、腕時計とかつけないの?」
パンプスに片足を入れたとき、七海がそんなことを尋ねてきた。
「あー、前はつけてたんだけど……。去年だったかな、道路に落としたときに壊れちゃったんだよね」
「何それ……腕につけてるのにどうやったらそうなるの」
「いやあ、皮のバンドが雨に濡れてたから外して鞄に入れようと思ったら手が滑っちゃって」
修理に出すほど思い入れのある物でもなかったから、その腕時計とはそのままお別れした。
その後、代わりの腕時計を購入しようと探してみたりもしたのだが、なかなか気に入るものがなくて。今ではもうすっかり腕時計のない生活に慣れてしまった。
パソコンやスマホを見ればいつでも正確な時間を知ることができるし、最近ではスマートウォッチを着けている人も随分と増えたように思う。
私の弟も随分前に購入していた。何でも出来てやっぱり便利らしい。
それでも腕時計を着ける習慣が無くならずに残っているのは、もはや時間を知るための道具というよりは、自身の財力とかセンスとかを周りに示す装飾品……ファッションの一部として自身を飾り個性を出すアイテムみたいな位置づけになっているからなのだろう。私にはあまり興味のないところだ。
「……気に入ったのがあれば欲しいとは思ってるんだけど、なかなかね見つからないんだよねぇ。ま、でも! スマホがあれば問題ないよ!」
というわけで、ほぼすっからかんの通勤バッグを持ち上げ、呆れ気味の七海に向かってぐっと親指を立ててみせる。
「じゃあ、行ってくる!」
今日は早起きだったから、いつもより余裕を持っての出発だ。
なんだか自分が出来る人間になったような気がして、意気揚々とドアノブに手を掛けたところで呼び止められた。
「ちょっと待って」
振り返ると、ちょいちょいと手を動かして私を呼んでいる。
何だろうと思いながら一歩、七海のほうへと戻る。
すると七海はスッと手を伸ばし——
300万点(初日に採点済み)の手が、ふわりと私の髪を撫でた。
「寝癖、ついてる」
あーーーーーーーーーーーー。
はいはいはいはいはいはいはいはいはい。やばいやばいやばいやばい。
「社会人でしょ、身だしなみくらいちゃんとしなよ」
今日で世界が終わっても構わない。本気でそう思えるほどに、七海はイケ散らかしていた。
余りにも唐突な胸キュンイベント。注意のお言葉も右から左へとすのまますり抜けて、七海の顔を見つめたままうつけたように立ち尽くす。
何秒くらいそうしていたかは分からない。
「あんまり見てると見物料とるよ」
七海のその一言で私の意識は現実に戻って来た。
「——えっ!? 見物料!?」
「なに驚いてんの。美術館入る時はお金払うでしょ? それと同じ」
「同じなのか……」
七海は「当然」とでもいうように鼻先でふんと笑った。
「ち、ちなみにおいくら?」
「一万円」
「いや、たっか」
「一時間一万円ね」
「ぼるねぇ!」
「こんな近くで見せてやってるんだから当然でしょ」
少し意地悪そうなその笑みの破壊力たるや。
七海の言う通り、見物料払うべきなのかもしれない。だんだん頭がおかしくなってきた自分が怖い。
「……じゃあ、改めて、行ってきまーす!」
元気に挨拶をして、今度こそ玄関から外へと踏み出す。
「いってらっしゃい」
▼
軽やかな足取りで、アパートの階段を下りていく。
冷たさと優しさの比率……いわゆる飴と鞭の使い方うますぎるんだよなあ七海って……。
「はっ……! 私もしかして洗脳されてる……!?」
やっぱりアプリ製作者と時間はグルで、こうやってターゲットの性癖に刺さる時間を送り込んで地球を征服しようと企んでいるのでは……。
いや、そんなSFみたいなことはさすがに無いか……。
無い、よね……?
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