八時/十九時

時計がない1

 

 ほっとんど眠れなかった。

 

 いやまあ、よくあることなんだけども。


 非日常な展開で疲れたからって、その夜すぐにぐっすり……というほど不眠症は甘くはないらしい。

 

 布団に埋まったスマートフォンを探し当て時間を確認する。


「六時半か……」


 ええと、最後に時間を確認したのが五時すぎだったから……一時間半は眠れたようだ。仮眠か。短すぎるわ、泣きそう。


 ふらふらとベッドから立ち上がり、ぐっと伸びをする。

 眩暈がして気分が悪くなった。寝不足あるあるだと思う。


 開け放たれた窓からは、清々しい朝の空気が鼻腔に流れ込んでくる。


 昨日は夕方から夜にかけて雨が降ったから、空気中の埃とかが洗い流されたのだろうか。いつもより爽やかな香り。

 風にそよぐカーテンも心なしか嬉しそうだ。いや、気のせいだ。ちょっと言ってみたかっただけだ。


 ——と、ここで一旦映像を止めよう。


 お分かりいただけただろうか……。


 何が? という方は、お時間に余裕があるようだったら、もう一度冒頭からここまでを読み返してみてほしい。


 開け放たれた窓……。

 風にそよぐカーテン……。


 私はいま起きたばかりなのに、な ぜ 窓 と カ ー テ ン が 開 い て い る ?


 日本の陰湿系ホラーは絶対NGの私。普通だったらビビり倒すところだけど、まあ……昨日の今日だし予想はついた。


 あっ、これ別に要らんこと言って文字数稼ぎしてたわけじゃないからねっ!?

 そんなことしなくても私はそりゃあもうべらべらべらべら心の声を喋れるので文字数増えすぎて毎回文字数合わせに端折ってるくらいなんだからっ!

 わ、分かればいいのよ分かれば! じゃあ次進むわよ。


 空気を読み、寝室で着替えを済ませて隣のリビングへと向かうと


「おはよう」

 

 二人掛けのソファの真ん中に、七海が座っていた。


「今日はちゃんと一人で起きて偉いじゃん」


 いや……偉いじゃん、じゃないんだよ。何をそんな堂々としてるのよ。

 こちとら朝から部屋で怪奇現象起きてるんですよね。

 ていうかまあ、絶対あなたの仕業だと思いますけど!


「私が寝てる間は勝手に部屋に入らないでって言ったじゃん!!!」


 思春期の男子みたいな台詞である。

 まさかこの歳になって、イケメンに相手に、この台詞を口にする日が来るとは思わなかった。お母さんにも言ったことないのに。


「昨日ちゃんと決めたのに、いきなりルール破るとか酷くない!?」


 自分はイケメンだからルールに縛られないとか思ってるんだったら大間違いよ。


「七海は、そういうところちゃんとしてる……いや違う、だと思ってたのに!」


 必死になって訴える私。

 対する七海は落ち着き払った顔で私を見上げ、それから片手で耳を塞ぐ真似をしてそっぽを向いた。この状況に置いてそれを繰り出すとは……間違いなく相手の怒りを助長させると分かっていてやっている。朝から煽りキレッキレじゃん。七海、恐ろしい男……!


「うるさいなあ……仕方ないでしょ? あんたの寝てる部屋にしか時計が無かったんだから」

「それ関係ある!?」

「時間は時計を介して移動してるの。だから時計がある場所からしか出てこれないの」

「と、時計から……!?」


 あわわわわ、寝起きでそんな新設定出すのやめて。

 急激に怒りが萎んでいって、聞き返す声にも力が無くなってしまう。


 時計を介して移動とは……どこでもドアみたいな感じなのだろうか。あれも確か空間を移動してるもんね……?


「昨日はちょっと急いでて確認し忘れてたんだけど、あんたの部屋にある時計って寝室の床に置いてあるあのセンスの悪い時計しかなかったんだよね」


 センスが悪いってなんだ。

 七海が言っているその時計とは、私が寝室の床に置いている壁掛けのことである。

 丸くて白い枠と板チョコを模して造られた文字盤が可愛くて、雑貨屋さんで一目ぼれした。

 新築アパートだったから壁に穴開けるのがはばかられて、引っ越してきてから数年、ずっと床に置いたままだ。……いいじゃん、あえて壁にかけないみたいでなんか逆にお洒落じゃん。と、思っている。


「そういうわけで、今朝出てきたら有無を言わさず寝室だったってわけ。事故だよ事故。というか、あんたのせいだね。なんか文句ある?」

「うっ……」


 く、くそぉ……。口が達者な奴だ。


「だ、だからって別に窓とか開けなくても……すぐ出て行ってくれたらいいじゃない!」


 すると七海は急にがばっと立ち上がって、私を睨みつけた。びっくりした。


「朝起きたらまずカーテンと窓を開けて新鮮な空気を取り込む! これが一日の中で一番幸せな時間……人生の生きがいみたいなもんでしょ!? そんなんだからあんたは駄目なの! グダグダなの!」


 全否定……っ!!!


「ったく、これだから最近の人間は……時間の大切さが全然分かってない。朝は朝の空気を感じるべきでしょ!? だから嫌なんだよね」


 見た目は二十代なのに物言いがやたらと年寄りくさくて違和感がすごいや。

 時間がいつどうやって生まれるかなんて知るはずないでしょ、と七海は言っていたけど。今の口ぶりからすると随分と長く人間を見て来たような印象を受ける。

 七海は一体何歳なんだろう……。

 めちゃくちゃ気になったけど聞くのはやめておくことにした。怒りそうだから。


「まあいいや。起きたならさっさと用意して、ご飯食べなよ」

「う、うん」

 

 促されて普通に返事をしてしまった。

 私が怒ってたはずなのにな……。昨日から七海にペースを握られがち。


 洗面所に向かう途中にちらっと玄関を見てみたら、昨日私が脱いだパンプスしかなかった。本当に時計を介してここに来たらしい。

 私はうーんと首を捻る。

 

 いやこれ本当にさ。昨日七海としっかり喋ってなかったら、めちゃくちゃ世にも奇妙な物語だったよね……。



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