見分けられない
「ばっかじゃないの!?」
目の前のソファには七海、床には正座した私。
あれ? これなんかデジャヴ。
「何で知らない奴とまた会う約束とかするわけ!?」
「だ、だってめっちゃ可愛い子だったんだもん……! お願いされたら断れないよ……!」
「はあ……。あんたってほんと……ばっかじゃないの?」
「七海、語彙力……」
「うるさい」
「すみません」
さっきからテンプレみたいなツンデレ台詞を連発してくる七海。
なぜこんなことになっているのか。それは三十分ほど前に遡る。
河川敷への冒険を終え、久々にいい運動したなあと鼻歌まじりに玄関開けたら七海がいた。
「遅かったじゃん。どこほっつき歩いてたの?」
私は咄嗟に、ビールとおつまみの入ったコンビニ袋をさっと後ろに隠した。
「なななな七海、なんでいるの!? 私の部屋に何か忘れ物!?」
「何でって……。あんたさあ……同居は無理とか、帰るなとか……毎回言ってること変わり過ぎだから。いい加減にしないと怒るよ」
「うっ……それはそうだけど……でも!」
来るなら連絡のひとつくらいしてほしいものだ。私にだって心の準備というものがある。
思いのほか寄り道が長引いてしまったから、今日の夜ご飯は適当でいいやと思ってビールと焼き鯖しか買ってこなかった。七海に見られたら絶対また失格って言われるやつじゃんか。
「ま、まあいいや……何も無いけど適当にゆっくりして! あ、青いお茶飲んで良いよ! じゃ、私は部屋に行くね……」
とりあえずここは、素早く七海の横をすり抜けて部屋へゴーだ。
特に用も無いだろうし、七海は多分、今日も時間界とやらに帰るはず——
「肩に花びらついてるよ」
「ええっ?」
すれ違いざまに言われて肩に視線をやると、花びらが一枚。
私はそれをつまんで手の平に載せる。
桜より少し濃いピンク色。多分、八重桜の花びらだ。
「……桜、見に行ったの?」
「あ、うん! 帰り道にある大きな川のとこでね! ……そうだ、写真撮ったから見る!? めちゃくちゃ綺麗だったんだよ」
八重ちゃんと別れた後。通ってきた道を引き返して帰路についた。
染井吉野の咲く辺りはまだまだお花見客で盛り上がっていて明るかったので、帰りがてら写真を撮ってきたのだ。
上手に撮れたから七海にも見せてあげようとスマートフォンを取り出した。
七海も黙って待っている。どうやら見てくれる気らしい。なんだか少し嬉しくなる。
「——あれっ?」
「何? どうしたの?」
「いや……なんか時間がおかしくて」
画面に表示された時間は、午前八時。
三年程使ってるし、そろそろ買い替えの時期なのかな。
「スマホの時計も狂うことってあるんだねー。まあいいや、それでね。これが一番芸術的に撮れたと思うんだけど……!」
さして気にも留めず、ギャラリーを開いて桜の画像を七海に向ける。
見えやすいようにと七海の目線の高さに合うように腕を上げようとしたら、少し身を屈めるようにして覗き込んできたので、私は特に無理することもなく通常通りの位置でスマホを操作することができた。
——な、なんだろうこれ。基本的に上から目線の七海だ。まさか下々のものに合わせてくれるとは思わなくてちょっとドキドキしてしまった自分がいる。
時間相手にこれはおかしい。きっと七海の顔が綺麗すぎるせいだ。そうだ、間違いない。
しばらく黙って写真を見ていた七海が、ふいに口を開いた。
「あんた、帰りに誰かに会ったの?」
「え!? なんで分かるの!?」
「なんでとかそんな事はどうでもいい。誰に、どこで会った?」
何やら真剣な面持ちだ。
やだ、七海ったらそんなに私に興味があったの? ねねこ照れちゃう! ……とか茶化す雰囲気では無さそうなことは何となく察した。
「な、なんでそんな怒ってんの?」
「別に怒ってないから」
じゃあその刺々しいオーラ纏うのやめてもらえないかな。
「桜見ながら河川敷を歩いてたら、可愛い女の子に偶然出会って。で、一緒に桜見ながら世間話しただけだけど……」
「一人で?」
「う、うん? 私もその子も一人だよ」
「どんな奴?」
「どんな……? えっと、めちゃくちゃ可愛い子で袴着てたんだけど、それが超似合っててさ! 毎年この時期に河原の桜を見に来てるらしくて、色々教えてもらったの」
「あんたさ、そいつとまた会う約束とかしてないよね? ……ねぇ、ちょっと。なんで目逸らしてんの」
「い、いやあ……別に……」
「まさか」
何て答えようか。迷って横目でチラッと七海の様子を窺ったら、空色の瞳がじぃっと私を見下ろしてくる。
そっ、そんな澄んだ目で見られたら嘘つけないよ……! 私、基本正直者なんだもん……っ。
「したんだね?」
「……うん、しました」
というわけで「ばっかじゃないの?」に繋がるわけなのである。
七海が言うに、八重ちゃんは時間とのこと。
いやいや……。そんな連日、しかも普通の河原で時間に出会うなんてあり得ないでしょ……って思いつつも、例のアプリを開いて確認してみたらしっかりと本日の【探知結果】に反映されていて驚いた。
「夢咲川付近の八時って……嘘でしょ……」
どういう仕組みなのこのアプリ……。
それに八重ちゃんが時間って……てことは、あの時の八重ちゃんの姿は、他の人には見えて無かったってこと? それってかなりやばくない?
だって端から見たら、桜の木に向かって一人で喋ってる女だよね。しかも小一時間も。キチガイが過ぎるんだわ。周りに誰もいなくて本当に良かった……っ。
「あんたは時間をなんだと思ってんの?」
ふいに七海が尋ねてきた。
「妖精的な感じ?」
私は即座にそう答える。アプリの仕様も相まって、私の中ではピ*ミンと同列になっている。
「違う。そんな可愛いもんじゃない。どっちかっていうと、言霊とか生霊とかそっちの類に近い」
「めっちゃ怖いんですけど?」
なんでそういう大事なことを昨日のうちに教えてくれなかったの?
時間の生霊さんなんだったら、随分と話は変わってましたよ。
それならアプリ名も【生霊あつめ】にしてくれないと困るよ。てか字面怖すぎ。
「まあ、曖昧な存在ではあるんだけど……」
そう前置きをして、七海はようやく時間という存在について少し話してくれた。
生霊と同じジャンル(?)だからとはいえ、別に怖い存在というわけではない。
言霊を良い方に作用させることはできるし、生霊だってその人を守るために憑いている守護霊的なものもいる。基本的には、時間もそんな立ち位置だそうで。
ただやはり、人間も霊も時間も同じ。
何かのきっかけで道を外れてしまって、悪い方へ傾いてしまう存在がいるのだとか。
霊が見える人に集まってくるように、時間も見える人にちょっかいをかけてくることがある。
そういう奴には関わっちゃいけない。これ基本的なことだから、と。
……うん、やっぱりこれさ。全部昨日のうちに説明しておいてほしかったよね。
で、八重ちゃんはその悪いほうの時間じゃないか、と七海は言うのだ。
いやまさか。そんな、ねぇ。あんな可愛いのに?
「八重ちゃん、すごく礼儀正しくていい子だったよ? 可愛かったし」
「あんたは悪い奴がみんな悪い顔してると思ってんの? ほんとおめでたいね」
「なっ、何よ……!」
「ていうかまずさ、普通名前しか分からない奴と約束する!? しかも夜に! ほんっと馬鹿じゃないの!?」
「ば、馬鹿じゃないし! 桜について色々教えてもらったし……七海だってあの可愛さを見たら絶対断れないから!」
「そういうとこが馬鹿だって言ってんの! しかもなんでパッと見て時間だって気付かないわけ?」
「そんな無茶な! 分かんないよ、見た目人間と同じなんだもん!」
「空気感とかで分かりなよ! だいたい、おかしいと思わないの? 今まで生きてて何も無かったのに、こんな連日、美形が目の前に現れるなんて!」
「そっ……それは確かに!?」
七海といい八重ちゃんといい、確かにそこらでは絶対に見かけない雰囲気の……それこそ目の覚める様な美形だ。
あっ、もしかして。朝方の時間はそういう理由もあって、朝起き重視で美形を揃えているのかも……。
「で、でもさ。時間ってそんなほいほい出会えるもんだとは思わないじゃん!? 昨日七海と会うまでは存在だって知らかったわけだし……」
たとえばこう……明らかに羽が生えてるとかだったらさすがに気づくと思うけど。
七海を見ている限り、めちゃくちゃ美形ということ以外は普通の人間と大して変わらないじゃないか。
時間界はぜひとも時間全員に担当時間を表記した名札の着用を義務付けてほしいものだ。そしたら一発で分かるのに。
「簡単に見分ける方法とかないの!?」
人の行動にそれだけ文句を言うなら、助言くらいしてくれたっていいじゃないの。
「まあ、ないわけじゃないけど……」
「じゃあそれ教えてよ!」
「……でも、あんたには言わない」
「何で!?」
「うるさい。とにかく、その約束は無しにしな」
「ええー……そんな横暴な……。それに私、八重ちゃんの連絡先とか聞いてないし……」
「連絡なんか必要ない。ただ行かなきゃいいだけ」
七海はいつになくきつい口調で詰めてくる。
「あんたが行かなくたって、そいつは別に悲しまない」
だから、すっぽかせと。そんなんでいいのだろうか。
七海は勝手に八重ちゃんを悪い時間だと決めつけて話を進めているけれど、実際どうかは分からないわけだし。
その場のノリでした軽い口約束だったとしても……相手が連絡も無しに来なかったら私だったらすごく悲しくてすごく寂しいけどなあ。
「俺、言ったよね? 悪い時間に会ったら最悪死ぬよって」
「うん、言ってたね」
「あれ冗談じゃないから。あんたはもっと危機感もったほうがいいよ」
と、言われても。時間がどう危険なのかいまいちピンとこない私がいる。
物凄い恨みがある霊とかなら分かるけど……時間がなぜ人間に悪意を向ける必要があるんだろう。もっと詳しく聞きたいけど、七海はどうせちゃんと教えてくれないんだろうなと思ってその疑問は飲み込むことにした。
「あんたに死なれたらこっちも困るんだからさあ……。とにかく、その約束は無視しなよ」
「……」
「分かったの?」
「わ、分かったよ……」
気圧されて咄嗟にそう返事をしたけれど。
春霞みたいなもやもやが、胸の内に広がっていた。
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