知らない2
社員食堂とは別のちょっとした休憩スペース。ここが私とみっちーの昼食場所だ。
いつもお昼時はそこそこ賑わっているのに、どうしたわけか今日はやけに人が少ない。
不思議に思って辺りを見回し、ついでに窓の外に目をやると、会社の庭でお花見をしている社員たちの姿が見えた。
そういえば、今日はフロアのみんながお昼に行くのがやたらと早かった。
めっちゃお腹空いてんのかな……と思ってたんだけど。
これが理由だったのねと納得した。
「今年は咲くの遅かったよね」
手を洗って戻って来たみっちーが私の視線の先を辿って言う。
「そうだよねぇ。みっちーはお花見参加しなくて良かったの? あのお花見ってみっちーの部署も合同じゃなかったけ?」
総務課にお花見の習慣はないけれど、同じフロアの別の部署ではお昼時間にお花見をするのが四月の恒例行事となっているらしい。
皆でわいわい楽しそうだけど、ちょっとめんどくさそうだなとも思う。他に予定があっても付き合いとかで断り辛かったりするだろうし。
「ああ、私は去年行ったから今年はいいや」
「え、そんな感じでいいの」
「うん。うちの上司は何にも言わないよ」
「へぇー」
それを全く気にしないみっちーはやはり強い。鋼メンタルなのか。
まあ……全体的にサッパリしていてかなり居心地がいい職場だと思う。
上司が外国人という部署も多いし、昔ながらの決まりみたいなものを強要されることはほぼない。ただやはり、英語が出来なければ肩身が狭いので日々勉強といった感じだ。ちなみに私は転職面接を「英語ですか? 日常会話くらいなら……これからがんばりますっ!」とやる気だけで乗りきった。神様、内定とらせてくれてありがとう。ねねこ、いっしょうけんめいがんばる。(IQ3)
私は紙パックの野菜ジュースにストローを差し込み、コンビニの袋から本日の昼食を取り出した。
「今日は何味?」
「苺でーす。春限定だって!」
「へぇ……不味そう」
「いつかのあの日、みっちーのくれたキャンディよりは美味しいよ。断然ね」
栄養バーと野菜ジュース。
今朝七海に尋ねられて「コンビニで適当に買ってる」と答えた私のお昼のメニューがこれだ。
別に小食アピールとかではなく、がっつりお昼を食べると午後からの眠気に耐えられないから。ただそれだけの理由。七海が知ったら絶対にまた人間失格を言い渡されるだろう。
……あ、そうだ。七海といえば。
「あのさあ、みっちー」
私の呼びかけにみっちーがのんびりとした動作で顔を上げた。
「ん?」
「笑わないで聞いてくれる?」
「おっけwww」
「いやもう笑ってるんよ」
「ごめんwww」
既におもしろがってにやけているみっちーの肩を軽く叩いてやる。会話中に人を叩いてしまうのは私の癖。……みっちー曰く「クソ痛い」らしい。軽くやってるつもりなんだけどなあ……。まあ、それは置いといて。
「なんかさ、昨日から家にイケメンがいるんだよね……www」
改めて口に出してみたら、本当に意味が分からな過ぎて自分で笑ってしまう。
「そりゃヤバイね」
「でしょ」
そしてみっちーの語彙力も著しく低下していた。
うんうん、分かるよ。私も初日に何回「やばい」と言ったことか。受け入れといてなんだけど、絶対おかしいもんね。
「どういう流れで?」
「いや、正直私もよく分かってない」
「そりゃヤバイわ」
「でしょ」
IQひくひくの会話をしながらみっちーはお弁当を、私は栄養バーを食べる。
「で、そのイケメンと眠田はナニしてんの?」
「いや聞き方よ」
何の部分が完全に片仮名でしたよね。イントネーションがね。絶対おもしろがってるよね。
「何っていうか、まあ、普通に朝ごはん食べて喋ったりしてる。まだ出会って二日目だしね」
「いやほんと意味わからな過ぎてヤバイわ」
質問は続く。
「名前は?」
「七海」
「歳は?」
「知らない」
みっちーは額に手を当て宙を仰ぎ、ふぅ……とひと息。
「ヤバイ」
とうとうみっちーの語彙がヤバイだけになってしまった。ヤバイ。
「眠田が普通じゃないのは分かってたけどさ……。それはさすがにヤバイよ。初日の時点で即通報するでしょ」
「いや、ほら、私不眠症じゃん? 睡眠時間短すぎて幻覚見てるのかな? とか思って一旦スルーしちゃったんだよね……」
「こりゃ思った以上に眠田の頭がヤバイな……」
「しかもさ、なんと」
ここからが話の本番だ、と私は声を大きくする。
「そのイケメン、七時の擬人化なんだよね!」
「本当にヤバイ」
こんな馬鹿みたいな会話をしている私達も、一応立派な社会人である。
「ほんとヤバイよ、眠田。仕事早退して病院行ったら?」
「いや、本当のことなの!」
「大丈夫。一旦落ち着こうか」
「落ち着いてるから、私は正気だからそんな優しく肩を叩くのはやめて。そうだね、ちょっと説明はしょりすぎたよ。うまく説明できるか分かんないけど、ちゃんと詳しく話すから聞いて。一生のお願いよ、そんな可哀想な人を見る目で私を見ないで」
「はあ……分かった。頼むよ、ホント」
みっちーは渋々といった感じで頷いて、どうぞ、手のひらで合図した。
それを受けて、私はアプリの件から順を追って話し始めた。
~ 説明中です。しばらくお待ちください。 ~
「いや、意味が分からん」
で、一部始終を説明し終えた私に向かってのみっちーの感想がこれだ。
「うーん、ですよね!」
私も改めて言っててやっぱ意味が分からなかったや。無駄な時間と行数を使っちゃったよ。
みっちーが言う。
「何でその在り得ない状況を全部受け入れた?」
「わ、分かんない。なんかそのイケメン、圧がやばいしお顔が綺麗すぎだしで、気づいたらって感じ……」
「いやいやいやいや……」
みっちーは眉を顰めて溜息を吐いた。
「ていうか、まずね。なんでそんなアプリをダウンロードしようと思ったの? 普通に考えて怪しくない? ウイルスとか感染しそうじゃん。個人情報抜かれてそう」
「ちょっ……っ、やめてよ。怖いこと言うの! まあ確かに今考えるとそうなんだけど……。その夜も、どうしても眠れなくてさ……。むしゃくしゃしてやった。とにかく暇が潰せたら何でも良かった。今は反省している。だが後悔はしていない」
「それは完全に犯人の供述なんよ。で、なんで後悔してないのよ。しなよ」
「もちろん、なんでこんなことに……って一瞬後悔したよ!? でも私だけじゃ何も解決できそうにないし、そのイケメン……七海って七時の擬人化だから、毎朝七時に起こしてくれるって言うの! それってめっちゃ良くない!? と思ってさ。今は結構前向きに考えてる!」
「眠田のその図太さだけは尊敬するわ」
「だけって何よぉー」
そりゃ私は超一般的な人間で、みっちーみたいに特技とかもないけどさ。図太さ以外にも良いとこあるでしょうよ!
「え、みっちーだったら受け入れない?」
「入れないね」
「そういうもんなんだ……」
「当たり前でしょ」
みっちーは強く言いきった後に「あ、でも……」と付け加えた。
私が首を傾げてみせると、みっちーは仕事中みたいにキリッとした顔。
おお、真面目モードのみっちーだ。きっと何か重要なことを言ってくれる——
「どタイプのイケメンだったらアリかもしれない」
「いやそれ私とやってること同じだから」
どうやら私は相談する相手を間違ったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます