役に立たない
私とみっちーではどうしてもふざけた会話になってしまう。
そう気づいた私は、さっとスマートフォンを取り出した。
「妹にも話してみるわ」
「あー、えっと確か学校の先生やってる?」
「そうそう」
私には二つ年下の妹がいる。
名前は
「今日は確か開校記念日で学校は休みだって言ってたから、メッセージ送ったらすぐ見てくれるはず」
「仲良いね」
「まあね」
私はみっちーの言葉に大きく頷いた。
旭と最後に喧嘩したのはいつだったか……。
ゴミを捨てた捨てないの言い合いから始まった。部屋の中央で両者睨み合い、そして——私がゴミ箱を蹴飛ばしたのが合図として取っ組み合いの喧嘩が始まった。
旭は私より5センチ程背が高い。リーチの長い
現在の関係は至って良好だ。至って……良好だ。……多分。
▷ちょっと聞いてよ(笑)
メッセージアプリを開き、早速言葉を投げ掛ける。
「お、早い」
送信して数秒後に既読がついた。
なんて言えばいいかな……まあ直球でいいか。続けて文章を入力する。
▷なんとおいら、時間が見えるようになりましたー!
画面を覗き込んだミッチーが顔をしかめた。
「いや、そんなんでいいの。そんで、おいらって何。一人称どうした?」
「大丈夫大丈夫、姉妹だからね! 余計な言葉は要らないの、これでバッチリ伝わるはずよ! それに妹と話すときはいつも一人称おいらだから、そこんとこもノープロブレムよ」
旭は私と違ってしっかり者で、超がつく現実主義者。もし旭の前に七海が現れていたとしたら、全く異なる状況になっていただろう。まあ……旭は毎朝日の出と共に目覚めるほどの早起きだから、誰かのモーニングコールなんて必要ないだろうけど。 ——と、早速返信がきた。
▷わろた、うんこすぎww
「え、うんこ……?」
「妹さん(笑)」
▷わたしきょうやすみいまからおかしかいにいくまん
「え、おかしかいにいくまん……?」
「妹さん(笑)」
どうしよう、少し会わない間に妹が馬鹿になっていた。
旭は普段真面目な分、定期的におかしな行動に出ることがある。
例えば数ヵ月前。突然、前髪だけをアッシュプラチナに脱色した自撮り写真が送られてきた。聞くと、そのまま学校へと出勤してやったと言う。
いや破天荒が過ぎるんだわ。
とても現役教師がやることとは思えない。
奇行に走ることで本人が息抜きができているのならそれでいいのかもしれないが……さすがの私もかなりびびった一件だった。
▷きょうはずっきーにですーぷしないと
「やだもうこの子怖い……」
「妹さん(笑)」
しばらくそっとしておこう……。
ひらがなまみれの文面に空恐ろしさを感じた私は、急いで無難なスタンプを送信し、旭とのやり取りを終了した。
気を取り直して。
「弟! 弟に相談するわ!」
「あー、あの……」
「そうそう! 背が高くてクールで賢くてイケメンで足長くて可愛くて性格もいい……大学生の弟ね!!!」
「まだ何も言うてないんだけどな」
私には八つ年下の弟もいる。名前は
その代わり、起きた十分後には数学の問題を解いているような超理数系の勉強家だ。理数だけじゃない、英語もできる。そして身長は百八十超え、加えて顔も良いときた。……我が弟ながら、ハイスぺすぎやしないだろうか。
私たち三姉弟は似ている部分が多いと思う。
もし、私と二人との決定的な違いがあるとしたら……それは、ルックスと頭の造りだろう。うん、つまりどこも似てないってことですね。自分で言っていてすごく悲しいや。
夢人がまだ中学生だった頃の話なのだが……数学の宿題について、私に尋ねてきたことがあった。私は嬉しかった。夢人は基本的に何でも出来る良い子だったので、私を頼ってきたのはそれが初めてだったからだ。
私は期待に応えたかった。だが問題の意味がマジで一ミリも分からなかった。「うーん……それは答えナシだね! それが答えだ!」とドヤ顔で答えてあげた時の、夢人のなんとも言えない表情が今でも忘れられない。
夢人→私:信頼度・好感度共にマイナス百万。
そしてその日を境に、私への呼称が、姉さんから呼び捨てに変わった。なんて正直な子。そういうところも可愛い。
「……いやあほんと、弟は世界の宝だね! こないだもさあ、約二百万円のバイクを買ったって写真送ってきたのよ。その写真が超笑顔で、超可愛いの! で、先週末に実家に見に行って『バイクもユメッティもかっこいいよぉ!』って褒めちぎってきたんだけど……」
「ユメ? え、何て?」
「ユメッティね。で、今まで貯めてたお金ほとんど無くなったって言うからさお小遣いあげちゃったよね、とりあえず五万」
「貢いでんなぁおい」
「何しても可愛いからついね。ユメッティ、家に居る時は大抵ワイヤレスのヘッドホンつけてるんだけど、話しかけたら聞こえてないふりすんのよ。でも十回に一回はちゃんと返事してくれるの、超可愛くない!?」
「姉としてそれでいいのか?」
「いいのいいの! 私なんて大概クソどうでもいいことしか言ってないからね! でさ『そのヘッドホンかっこいいねぇ! 音めっちゃ良さそう!』って褒めたらちょっと嬉しそうにして『つけてみる?』とか言ってくんの、超可愛くない!? で、その後は少しの間ちゃんと会話してくれるのよ! 数学の話とか物理の話とかしてくれたりしてさぁ~! まじでぜんっぜん分かんないんだけどたまに『それはつまり重力が作用してるわけだね!』って相槌うってみたら『それは違う』って鼻で笑われたよね!」
「姉としてそれでいいのか?」
「こないだはさ、バイクで一人旅してきたらしいんだけど、その時のお土産って私にこの……で、その時の写真を見せてくれたんだけどそれが……ってミッチー聞いてる!?」
「うん。とりあえず、眠田がブラコンだってことはよく分かった」
「よろしい」
夢人のメッセージ画面を開いて、通話ボタンを押す。
「ユメンティーノ、電話出るかなぁ?」
「弟くんの呼び方、定まってなさすぎん?」
「愛だよ、愛」
夢人のニックネームは頻繁に変わる。なぜなら、私と旭が毎回その時の気分で適当に名付けているからだ。これも愛情表現の一種なのである。
「今ならお昼の時間だから電話出てくれるはず……あ、もしもし!? ユメンティーノ?」
電話はすぐに繋がった。
電話口からは弟のいつものテンションひくひくボイスが聞こえてくる。
『……何?』
「やっほー! 久しぶりー! 姉さんだよーん! あのさ、天才ユメンティーノに証明してほしいことがあるんだけど」
『……』
「Nさんはある日突然時間が見えるようになり、七時の擬人化と遭遇しました。この七時の擬人化をXと仮定して……」
『……俺いま忙しいんだけど』
「ええっ、そんな冷たいこと言うなよぉ! これはユメンティーノにしか頼めないんだよぉ! お願いだよぉ!」
『はいはい、X=Y、X=Y』
「ちょっ、適当すぎる」
『じゃ』
電話は切られた。通話時間約三十秒。
「——ったくよおぉ!!! 役に立たない妹弟だなあ、おい!!!」
「あ、そういうところも可愛いじゃないんだ」
「可愛いけど、冷たすぎるよ! ひどいよ! 私泣きそう」
なんでなんだ、夢人……。
こないだ実家で一緒に、ポケモン進化論について語り合ったじゃない。
木星に身一つで落ちた場合に起こり得る現象について考えたじゃない。
惑星パレード、そして三千年前の地球と三千年後の地球について意見を出し合ったじゃない。
ピラミッドの作り方と円周率の一致について意見を交わし合ったじゃない。
百三十八億光年前に宇宙が誕生した。百二十億光年彼方に見える天体を観測したとして、それは百二十億光年前にその天体を出た光を今受け取ったということになり、宇宙が誕生してから十八億光年しか経過していない、初期の頃の天体の姿を見ていることになる。それよりさらに遠くを見ようとすると宇宙が誕生したのが百三十八億年前でだから、それより遠いところには宇宙そのものがなかったわけで、なにも見えるはずがない。ということはその距離が宇宙の果てと言える。ではもし、その星に誰かが住んでいたとしてその人が、誕生から百三十八億光年経過した宇宙を観測すると、地球から観測するのと同じように、どの方向を見ても百三十八億光年先までを見ることができるはずであり……、……、……、つまりこれは矛盾しているのではないか。
という話について議論したじゃないの!!! 意味わからんかったけどな!!!
「ドンマイ、眠田」
私の周りにはまともに話ができる人はいないのか。いや、まともじゃないのは私か? 類は友を呼ぶなのか?
「もういいよ、実家の犬にでも相談するわ……」
一番真剣に話を聞いてくれそうだもん……。
こうして何の成果もアドバイスも得られないまま、私の昼休みは終了した。
——とまあ、これが私の職場ライフである。
二千字どころか約一万文字くらいべらべら喋ってしまった。
え、いや、ふざけてないです。毎日真面目に仕事してます。
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