寝かさない
「安心して、俺はあんたになんか微塵も興味ないから」
と、七時さんは言う。
だから自分が部屋にいてもいなくても気にするなということなのだろう。
「いや、七時さんは興味なくても私は気になる……」
そこでふと気付いた。
「ねぇ、七時さんって名前とかあるの?」
これから頻繁に顔を合わせることになるんだし、一応聞いておこうと思った。
七時さん七時さんって呼んでるの、なんだかシュールすぎるんだよね。真面目な話をしていても、なんだかふざけてるみたいに感じてしまう。
すると七時さんは少しだけ間を置いて。
「……
素っ気ない感じでそう名乗った。
「えっ、名前あるんだ!?」
予想外の返答に、自然と声が弾んだ。
自分から聞いといてなんだけど、てっきり「馬鹿じゃないの? 時間に名前なんてあるわけないでしょ?」って返事がかえってくるかも、と身構えていたのだ。
……ていうか私、この数時間でかなり七時さんの特徴掴んでて、めっちゃ口真似上手くできてる気がする。まあでも、私にしか見えてないんだったら誰かに披露する機会はないか。残念。
「そっか、七海かあ……」
七時さんだからちゃんと『七』の数字が入ってるってことなのかな。え、なんか可愛い。
「あ、私の名前はね、」
「知ってる」
「えっ?」
「あんたの名前は知ってる」
「そ、そうなんだ……」
私、名乗ったっけ……? 名前知ってるんならなぜあんた呼び? ……まあどうでもいいか。
「じゃあ、七海……」
改めて名前で呼び掛けると、なんだか少し照れた。
時間が見えるって謎すぎだけど……本当に、今ここに存在してるんだな、と。一気に現実感が増したような、そんな感じだ。
時間が見えるようになったことでこの先何が起こるのか、不安がないと言えば嘘になるし、色々と思う所はあるけれど。
こういう時はぐっすり眠って、気持ちをリセットすれば何とかなるってもんだ。
と、いうわけで。
「私は寝るね!」
元気に宣言して、私は床から立ち上がる。
今日はせっかくの有給なんだし二度寝を——
「ちょっと待ちな」
だが三歩も進まないうちに強制的に歩みが止められた。
見ると、七海が私のカットソーの裾を掴んでいる。
「な、何!? 服が伸びるじゃん!」
「何? じゃないでしょ。『私は寝るね』って。寝かさないよ! こんな時間に寝るから余計に夜寝れなくなるんでしょ!?」
「でも今日は休みだよ!? 有給だよ!?」
「だから何、甘えるのも大概にしときなよ。これからは平日も休日も関係ない。毎日決まった時間に起きな!」
「そ、そんな……! 私、不眠症だよ……!? 休日に寝だめしなきゃ死んじゃうよ……!」
「うるさい。偶然とはいえ俺がここへ来たからには、あんたのその怠惰な生活叩きなおしてあげるから覚悟しなよ」
「お、鬼……!!!」
七海の眼差しは真剣そのもので。
時間という存在としてのプライドが感じられた。
その佇まいは、まさに——
~ 情熱大陸 ~
職業:七時 / Nanami Vol.773_2022
これだ。プロの七時だ。
本日プライドを捨てた、超絶チョロい私とは大違いである。
「あんた、不眠症を治す努力とかしてんの?」
「え、いや……薬とかは試したけどあんまり効果なかったっていうか……」
私の返答を聞いた七海は呆れたように頭を振る。
「どういう理由で不眠症になったのかは知らないけど……生活習慣を整える、適度な運動をする、睡眠環境を整える……不眠症を治すために出来ることは色々あるはずでしょ!? それをしないで朝起きれないって言い訳してる場合なの!?」
言いながら七海が目を向けたローテーブルの上には、昨夜飲んだお酒の空き缶が放置されたまま。居たたまれなくなって思わず俯いてしまう。
正論過ぎて何も言い返せない自分が情けない……。
好きで不眠症になったわけではないけど、諦めていたのは確かだ。
生活習慣を改善するべきなのは分かってる。
でも完全に負のスパイラルに陥ってしまって、もう私ひとりじゃどうしようもないし……って、あれ。ちょっと待てよ。
七海にうちにいてもらう物凄いメリット、あるじゃん。
私はパッと顔を上げた。同時に自然と笑みが零れてくる。
そんな私を見て、七海は眉を顰めた。なんだこいつ……って表情だ。
だよね、落ち込むのかと思いきや急に笑い出したら引くよね。でも私、すごい良いこと思い付いちゃったんだよね……!
「七海、これから毎朝私のこと起こしてくれるんだよね……!?」
「そのつもりだけど。二度寝する姿なんて苛々して見てらんないし」
「休みの日も、昼寝しようとしたら止めてくれるよね……!?」
「もちろん昼寝なんかだめに決まってるじゃん。絶対させないから」
「夜更かししてたら注意してくれるよね!?」
「まあ……俺はあくまで七時だから……昼とか夜とかは気が向いたら、だけど。ていうか、どうせ時間が見えるんだったら別の時間帯でも探せば?」
「えっ! そんなことできるの!?」
「人間好きの時間もいることにはいるから、見つけて頼めば協力してくれるんじゃないの?」
何それ、最っ高。
てことは、色んな時間を取り揃えて、私の生活習慣を改善する手助けをしてもらえれば、不眠症が治ったりするんじゃないの!?
時間が見えるなんてワケわかんない力だと思ってたけど、もしかしてかなり有用なのでは……!?
え、え、他の時間さんも七海みたいにイケメンなんですか! 可愛い系もいる!? 女の子は美少女だったりするんですか!? そこんとこもめっちゃ気になる……!
どこで見つけられるのか分かんないけど、時間を探しに歩いて出掛けたりすれば運動不足解消にもなりそうだよね……。
そうか……! きっとこのとんでもない展開は、私が不眠症から立ち直るために神様が与えてくれたチャンスなのだ。というか、そう思わなきゃ損ってもんよ。
時間が見えるようになったんだったら、全力で活用して目一杯楽しめばいい。
なんかめっちゃ明るい未来が見えてきたかも……!!
「私、七海に会えてよかったかもしれない!」
テンションが上がった勢いで、恥ずかしげもなくそう言ったら、七海は動揺したように瞳を揺らがせた。
「……べ、別に、あんたのためにここに居るわけじゃないから! アプリの制作者見つけるために仕方なく協力してやるだけだし……」
おお……そんなベタなツンデレ台詞初めて聞いたよ……。
女の子のイメージだったけど、イケメンのツンデレもありかもしれない。
どうしてこんなにも突然、見えないものが見えるようになるのか。
あのアプリは一体誰が何のために制作してばら撒いたのか。
謎だらけでちょっと怖い。
でも、普通に生きていたらお目にかかれないようなイケメンに出会えたのは喜ぶべきなのかもしれないな、なんて思ったりもする。
変わり映えのしない退屈な毎日に花が咲いたみたいで、まあ……悪い気はしないよね。
世界は広い。だから、時にはミラクルも起こるもの。
私と七海が出会ったことにも、きっと何か意味があるのだろう。
そう思うと俄然ワクワクしてきた。
「これからよろしくね、七海……!」
私は七海に向かって、笑顔で手を差し出す。
七海はその手を取ってはくれなかったけど。
ふいとそっぽを向いた横顔がほんのり赤く染まっていて。
やだ、意外と可愛いとこもあるんじゃん……、と思わず笑ってしまった。
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