居たたまれない
※前頁の改稿を受けての追加です。(2022.7.24)
その後もなんやかんや言い合いながら、私と七海は同居に関するちょっとしたルールを決めた。
……具体的に言うと、私が寝てる間は部屋に入らない、アラームは鳴ってから一秒以内に消す(鬼畜すぎ)、七時五分になっても起きてなかったら七海の出番(基本は自分で七時に起きる努力をしろと言うことらしい。厳しい)、着替えは部屋で済ませる(この辺ちゃんと確認しておかないとラブコメでよくある、着替えの最中に鉢合わせして「きゃーっ!」って展開になるからね。不眠症低血圧に朝からそのテンションはきついのである)……細かいところは他にも色々あるけど、概ねこんな内容だ。
だいたいの取り決めが終わる頃には、もうお昼になっていた。
窓ガラスに反射する光が顔にあたって眩しかったのか、七海が窓の外を見遣る。
そうしてすっとソファから立ち上がった。
「じゃあ……俺はそろそろ帰るけど……」
「へっ?」
私は気の抜けた声を上げて、床に座ったまま七海を見上げる。
「帰っちゃうの? もうちょっと居ればいいのに」
何の気なしに、素直に出た言葉だった。
七海は一瞬ぽかんとした表情をして、すぐに眉を寄せた。
「……なんで?」
なんで? って……それはどういう質問なの?
聞き返したい気持ちは山々だったが……とりあえず言葉を続けてみる。
話が噛み合ってるのかイマイチ分かんないけど……
「え、いやあ……ここに毎朝起こしてくれるって言うから、今日からずっと居るもんだと思って……」
ていうか、だから私も最初あんだけ拒否ってたんだけどな。
七海は一体なんだと思ってたのさ。
「七海のメリットは超分かったから、全然居てくれても良いよ? ここ、私一人だと無駄に広くて部屋余ってるし」
優しい水色のアクセントクロスが気に入って、内覧時に即決したアパート。
入居した時は建ったばかりの新築だったし間取りは1LDKだったしで、多分、私が家賃に掛けている金額は、二十代の女性一人暮らしの平均よりも大分高いと思う。
でも基本休日は引きこもってるしお金のかかる趣味もないから、その分を住居に注ぎ込むという感じなので、今のところ金銭面で特に困っていることはない。
落ち着ける空間って大事だと思うしね。
一応リビング的な部屋と寝室とに分けて使ってはいるけど……正直一部屋要らないよな、といつも思っていたのだ。掃除も面倒だし。
「まあ生活必需品以外何もないから暇かもだけど……七海さえ良ければ私は別に……」
……あ、あれ。でもちょっと待てよ。
私なんでこんなこと言ってるんだろうか。
七海は帰ると言ってるんだから「ああそう、じゃあまた明日ねー」とかで良かったんじゃないの?
だって、これじゃあまるで……
「……何、居てほしいの?」
ほらあああ! やっぱりそうなるよね!? 私もそう自分で言っててそう思ったもん!
「えっ!? い、いや! 全然そういうわけではないけど!」
べべべ別に、仕事以外で誰かとこんなに長く喋ったのが久しぶりで嬉しいとか、帰っちゃたら部屋でぽつんと一人になってちょっと寂しいとか……そんなこと思ってないんだからね!
って……これじゃあ二人とも同じ感じでツンデレが渋滞してるな。私こんなキャラじゃないのに。
「い、今のは忘れて! 七海は毎朝、七時に私を起こしに来てくれればそれでいいよ!」
「急に偉そうだね」
「ふ、ふん! せいぜい私の役に立つといいわ!」
「はあ……何なのそのテンション……」
照れ隠しのために謎の上から目線で七海に返事をしてみたけど、内心めちゃくちゃ気まずい。
だってさ。さっきまでの私の言い分だと「七海にすごくここに居てほしい」とお願いしてたみたいじゃないか。まじで超恥ずかしいんですけど。
やだやだもう。寝不足過ぎて頭がおかしくなってきてるのかもしれない。うん、絶対そうだ。
私は居たたまれなくなって、七海から視線を逸らした。
「とりあえず、今日は時間界に帰るけど……」
「あ、うん! あ、あと、さっき言ってたことはほんとに忘れていいからっ!」
横を向いたままそう返事をする。
七海は今どんな顔してるんだろう。すごく気になるけど……だめだ、やっぱ見れない。
「明日の七時にまた来るから」
「お、おっけー!」
「だから今日は早く寝なよね?」
「了解ですっ!」
「明日もアラーム鳴らしっぱなしで二度寝してたら承知しないよ」
「明日はアラームが鳴った瞬間に起きる予定ですっ!」
いちいち無駄に明るく答えていたら、はあ……とため息が聞こえた。
続いて「じゃあ、また明日」という声がして、振り返ったら七海は部屋からいなくなっていた。
「え……どういう仕組み……?」
私はそれから暫くの間、ぽかんと宙を眺めていた。
▼
七海がどっかに消えた後、もしかしてまたどっかから見られてるんじゃないかと一瞬心配になったが、そういえば私は時間が見えるようになったんだったわ……と思い出してほっと安心した。
そして私は夕方頃の睡魔にも見事耐え抜き、七海との約束通りいつもより早めにお風呂を済ませてベッドに入った。
日付が変わるまえに眠ろうとするなんて、いつぶりだろう。
眠れぬ夜に嫌と言うほど見慣れた天井も、焦燥感をあおる時計の針の音もいつもとなんら変わりはない。
だけど——
眠り姫……じゃなくて。
眠田ねねこが目を覚ましたら、冷たい目をした七時さん目の前にいた。
……思ってたのと大分違うけど、絶対ないと思っていたミラクルが私の身に起こった。
ずっと変わり映えしなかった退屈な毎日が、こんなにも突然変わったことが少し可笑しい。
朝からとんでもない事態になってて頭をフル回転したからかだろうか。
心地よい疲労感と満足感に包まれながら、頭のてっぺんまで掛け布団を引き上げる。
「明日はきっと、清々しい朝になるよね……」
そう小さく呟いて、私はゆっくりと目を閉じたのだった。
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