チェンジは出来ない


 目覚めてから一体どれくらいの時間が経過したか。

 いい加減、正座した足が痺れてきて、私は体操座りへと足を組み替えた。

 膝の上に顔をのせて、はあ……と溜息。……今日は溜息ばっかだよ。


 さすがの七時さんも疲れたのか、額に手を当てて俯いてしまっていて。その表情はかなり暗い。

 強気な態度をとってはいるけれど、七時さんだって不安で仕方ないのかもしれない。時間という存在として、私には分からない問題がたくさんあるのだろうか。


 まあ……このままずっとああでもないこうでもないと、二人で言い争ってるだけじゃ正解なんて導き出せるはずがないよね……。


「分かったよ……じゃあ、協力してアプリ製作者を探そう!」


 七時さんを元気づけようと、努めて明るい声でそう告げた。


 冷静に考えてみれば七時さんの言うことにも一理ある。

 七時さんだけじゃアプリ製作者と接触できない。私はいくら時間が見えたってその使い道が分からない。

 この先ずっと時間が見えたままなんて嫌だし、悪い時間とやらに出くわして死ぬのも嫌だ。


 つまり私たちは……この問題を解決するために多少なりとも力を合わせるしかないということだ。


 私は、結構図太いほうだと思う。というか、それだけが取り柄みたいなもんだ。自分で言ってて悲しいけど。

 生きてさえすれば、だいたいは何とかなる。それが私のモットー。

 今回の件はさすがに予想外すぎるけど……いつまでも困惑して落ち込んでたって仕方ない……! 


「大丈夫だよ、七時さん。何とかなるよ! ……多分!」


 七時さんは、突然態度が変わった私を見て驚いたように目を見開いた。

 心なしかさっきよりも空気が柔らかい。今なら少し落ち着いて会話ができるかも。

 そんな風に思って、私は七時さんにある提案を持ちかけることにする。

 

「で、協力するにあたって一つ提案があるんだけど……」

「……なに?」

「七時さんの代わりに、他の時間さんに来てもらうことって出来ないの?」

「はあ? 何で?」

「だって七時さん私のことあんまり好きじゃないみたいだし……もし別の時間さんがいるなら七時さんから理由を説明してもらって、代わりに協力してもらうとかどうかなーって……」


 というのは建前で。

 七時さんがイケメンすぎるので、ちょっと心臓が持たないといいますか。

 いくら協力が必要だからって、やっぱり部屋に居着かれるのは困るんですよね。なら他の時間とチェンジすればいいのでは!? と思い付いた私グッジョブ。

 アプリの説明欄には【この世界にはたくさんの時間が存在する】とか書いてあったし……七時さん、ほんとに私のことが気に入らないっぽいから、喜んで承諾してくれると思ってた……のだけれど。


 なんと七時さんはキッと私を睨みつけてきた。怖。


「ちょっと、簡単に言わないでくれる? 俺たちは遊びで時間やってるんじゃないんだけど」


 ええ……。思ってた反応と違う……。


「だ、だって! 七時さん私のこと嫌いだって言ったじゃん! だから私も気を遣って……!」

「うるさいな、それとこれとは話が別! 今は私情を挟んでる場合じゃないでしょ」

「それはそうだけど……! でも、やっぱり私としても七時さんが家にいると緊張しちゃうっていうか……女の子! 女の子の時間ちゃんとかはいないの!?」

「いたら何? まさか俺にわざわざ探してこいって言ってんの?」

「い、いや……そんな偉そうな感じでは思ってないけど……」 

「そんなこと言うなら、むしろあんたの方が時間が見えて話が分かる人間を俺のところに連れてきなよね。そしたらあんたなんかさっさと捨ててそっちに行くから」

「なっ……! そんな言い方はなくない……!?」

「あんたが言ってるのはそういうことでしょ? ほんと失礼だよね。それに、俺がここに居着くのにも別にあんたの許可は必要ないんだけど?」


 それは絶っっっ対おかしいから……!!!


「だいたい、急に出て来るなとか別の時間とチェンジしろとかさっきから好き勝手言ってくれるけどさあ……本来自由な存在であるべき俺がわざわざあんたのとこに来てやってるんだから、あんたはもっと喜ぶべきなの。手放しで喜んでいいよ、ほら」


 喜んでいいよ、ほら? 


 人生で初めて耳にする言い回しだ。

 私はポカンとして七時さんに視線を送る。

 相変わらず澄まし顔の七時さんは、顔をクイと動かした。


 こ、これが……顔クイ(高圧的なほう)……!!!


 今ここで、喜べと。そうおっしゃっているのですね……!

 

 はたして喜びとはこのように他人に強要されるものだっただろうか。いいや違う。 

 私、眠田ねねこ。いくらグダグダなOLとはいえ、人としてのプライドはあるつもりだ。

 誰かに顎で使われるなんてしたくないし、誰かに何かを強要されるなんてそんなのは御免だ。私は私の意思で自由に生きる……っ


「ほら?」

「……ち、超嬉しいです」

「だろうね」

 

 この日、私は、プライドを捨てた。





 ああ、人間とはなんと意思の弱い生き物なのだろうか。

 今日ほど自分の存在をちっぽけだと思ったことは無い。

 私なんかミジンコ以下の存在だ……いや、比べるなんてミジンコに失礼なくらいだ。

 だが、何とか心を奮い立たせ声を上げる。


「……じゃあ、じゃあせめて……七時さんをうちに置くメリットのプレゼンをお願いします」


 私はただ眠れぬ夜の暇つぶしを探していただけだ。

 それなのに、気まぐれでダウンロードしたアプリで勝手にプレミアムユーザーにされて、時間が見えるという謎の力を付与されてしまった。

 そのせいでまさかの七時さんと知り合うことになってしまい、その七時さんはうちに居着くというのだ。

  

 いきなり始まるイケメンとの同居生活☆

 漫画やアニメの世界ならそりゃあもう王道なんだろうけど、私的にはやはり受け入れがたいものがある。


「メリット? 俺を毎日見れるのにまだ他にほしがってんの? 何様?」


 いやそっちが何様よ。


「わ、私だって一応女なんだからね……! いくら問題解決のためとはいえ、見ず知らずのイケメンを軽々しく部屋に置くなんてあり得ないの! それがたとえ人間じゃなかったとしても!」


 この複雑な乙女心、七時さんには分かるまい。


「ととととにかく! なんかこう……納得できるような、私にとってのメリットを述べよ!」


 私の言葉を受けて、七時さんは何か考えるように一瞬視線を宙に向けすぐにこちらに向き直った。

 そして当然のように答え始める。


「顔が良い」

「……」

「声が良い」

「……」

「その他も完璧」


 ……ああそうよ! 分かってるよ! 

 七時さんは顔も声も……というか、性格以外の全てが完璧だ。正直一目見た瞬間からどストライクなんだよ、性格以外はね!

 だがそんなことで篭絡されるほど私はチョロい女じゃなくってよ!


「そんな俺が……」


 七時さんがふっと首を傾けて。


 私は直感した。あっ……これはやばい……。


 少し目元にかかるくらいの長さの白髪……何度も言うが綺麗だ。

 首を傾げることによって生まれる丁度いい感じの見下し感……うーん、たまらない。

 存在が絵になるとはこういう人のことを言うのだろう。生まれてこの方芸術とは無縁の生活を送ってきた私ですら、この人をモデルに絵を描いてみようかと画家的な気分になってくる。まっ、絵心ないけどね!


 そんな七時さんが、ゆっくりとその形良い唇の端を吊り上げて……止めの一言。

 

「毎朝起こしてあげるよ」


 っあああああああああ、くっそぉいいいいいいイケメン…………!!!


 こんなの、こんなのあんまりだ……。

 時間界め、とんでもない刺客を私に送り込んできやがるぜ……。


 あまりの破壊力に思わず床にひれ伏した私の頭上から冷めた声が降ってくる。


「返事は?」

「うぅ……採用です……」

「ま、当然だよね」

 

 私は超絶チョロい女だ…………。


 

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