理解できない3
ごく普通の不眠症OLだったのに、ある日突然時間が見えるようになっちゃった! これから私、一体どうなっちゃうの——!?!?
とかなんとか、ゲームの宣伝フレーズみたいなことを考えてしまう自分が辛い。ふざけてる場合じゃないのに。
生前やってたゲームの中に転生っていうのはよく聞く話だけど、このパターンは予想外だった。
更にもう一点、よく見るラノベと違うのは……厄介なことにこの謎の状況について誰も説明してくれる人がいないということだ。
こういうのは普通、女神とか使い魔とか現れて状況説明とこれからの流れを説明してくれるものなんじゃないですか。というか、七時さんがそういう役割じゃないの。なのにお互いに知らないって何。
私はもうアラサーだし、自分が自分以外の何者かになるだなんてファンタジーに夢なんて見てなかったけどさ。
実際ミラクルが自分の身に起こるなら、悪役令嬢になって破滅ルートを回避するとか、勇者になって世界を救うとか、何か明確なゴールを提示してもらったほうがよっぽどよかった。
現実世界にいるままで、ある日突然時間が見えるようにされた私は一体これからどうすれば……?
そこであることに気がついた。
「……あれ、ちょっと待ってよ。じゃあもし私がこのアプリをダウンロードしてなくて今まで通り時間なんて見えないままだったら、今朝七時さんと出会ったことは『誰だろうあれ、幻覚かな……?』って感じで謎のまま終わってたってこと? だって顕現してない時は七時さんの姿は人間には見えなくなっちゃうってことだもんね?」
「そうだね」
なんだそれ……。世にも奇妙な物語にも程があるでしょうよ。
「そうだね、じゃないよ! 目に見えない存在がいきなり出てくるんなら、最初に自己紹介くらいするものじゃないの!?」
「どうせ一時間だけなんだから、自己紹介とか面倒だし別にいいかなと思ったんだよね」
「大雑把すぎない!?」
「それにあんた馬鹿っぽいから『幻覚かな……?』って思わせといたら押し切れるかなって」
「おいおいおいおい」
ほんっと失礼だな。顔はいいけど性格に難ありの典型か。
なんてアプリをダウンロードしてしまったんだという後悔はあるが、してなかったら今ごろ幻覚症状に悩んで精神科に通うことになっていたかもしれないと思うとひやりとする。
だいたい七時さんは私の部屋をたまたま通りかかっただけって言うけど……一体どこに行くときの通り道なのよ……。謎すぎ……。
「あんたさあ、どうせ『なんで私の部屋に?』とか考えてるんだろうけど、あんたが連れ込んだみたいなもんだからね?」
「ちょっと待った! 異議あり! それじゃあまるで私が遊びまくってる女みたいじゃない!? いくら時間とは言え、私は知らない男を軽い気持ちで部屋に入れたりはしないの! 軽い女じゃないのよ! 私の名誉にかけて今の発言の撤回を要求します!」
「はあ? うっざ、却下」
だああああああもうこのイケメン大っ嫌い!!!
こないだ同僚と飲んだ時に「顔が良ければ多少性格悪くても良くない? ていうかそっちのほうが萌えない?」とか言ってほろ酔い気分で持論を展開してた私に伝えたいね。萌えない、普通に腹が立つ。やっぱ性格大事よ。
「早起きできる人間だったら普通に素通りしてたところを、あんたが全然アラーム消さないから、俺が苛々して起こすはめになったんでしょ? それはもうあんたが連れ込んだのと同じだって分かんないかなあ?」
「全っ然違うと思うよ!?」
時間界と人間界では考え方がかなり違ってるんですね!?
「もおぉ……何なのこれ……。私はただ軽い気持ちでアプリをダウンロードしただけなのになぜこんなことに……時間が見えるってそんな……」
「あー、めんどくさい。そこはいい加減信じなよね。じゃないと話が進まないじゃん」
私は頭を抱えた。
ある日突然妖怪が見えるようになったとか、天使が見えるようになったとかならまだ理解できる。だけどさ。ある日突然時間が見えるようになったってさ……。
絶望しながらスマホに視線を落とすと、やっぱりそこには【探知結果】という文字と、冷たい視線でこちらを見詰める七時さんの美麗画像。
——うん、まあ、めっちゃかっこいいよ。まさか時間がこんなイケメンだとは思いもしなかったよ。時間が人の形をしているなんてのも生まれて初めて知ったよ。
が、それを知ったところで私の生活の役に立つかと言われたら答えはノーだ。
……これから私はどうするべきか。
考えてみても、全く分からない。
ネットの力を使って拡散したら同じ状況の人に出会える可能性があるかもだけど……残念ながら私は多くの人が使っているであろう有名なSNSをほぼやっていない。唯一使っているものといえば、メッセージアプリくらいだ。
新しくSNSのアカウントを作成して呼び掛けてみても良いけど……でも、私だけの問題ではないから、勝手なことはできないよね……。
ちらっと七時さんに目を向けると、大層不機嫌なご様子。
今話しかけたら怒るかな……。って、私だって同じように困ってるんだから、気を遣ってる場合じゃないか。
七時さんには何かいい考えはあるのかな。思い切って尋ねてみることにする。
「えっと、で……七時さんはこれからどうする感じなんですか?」
「どうって……しばらくここに居るつもりだけど?」
「…………は!?」
「何驚いてんの当たり前でしょ。ていうか、今考え事してるだからどうでもいいこと聞かないでよ」
「いやいやいやいや、どうでもよくない! めっちゃ大事!」
何を勝手なことをおっしゃっているのか。
人間じゃないとはいえ、私を見下ろす七時さんの姿は完全に普通の男だ。彼氏でもなんでもない男が家にいるのは抵抗ありすぎる。百歩譲って可愛い女の子の妖精さんとかならまだいいけど、こんな。
「いちいちめんどくさい反応するのやめてくれない?」
こんな超性格に難ありの超イケメンと一緒に住むなんて無理。
「そのアプリのこと放置してのんびり時間なんてやってらんないでしょ」
「だからって何で私の家に居座ることになるの!?」
「そりゃあんたがアプリに関わってる人間だからじゃん」
「関わってるっていうか……私ただの被害者だけどね!?」
「そんなことはどうでもいいの。とにかく、アプリのせいで俺ら時間の生活が脅かされる恐れがあるんなら、なんとかするしかないでしょ」
「でもそれって別に私関係なくない!? 時間側の問題なんじゃ……」
「だから、さっきも言った通り俺は一時間しか顕現できないの。そんな状態でアプリを作ったやつを探して見つけたところで、出来ることが少なすぎでしょ。だから人間であるあんたを利用する」
やだ、堂々と利用って言ったよこの人。少しはオブラートに包んだらどうなの。
「さっさと手を打たないと……あんたが変なアプリをダウンロードしたせいで俺たち時間のことが見えるようになったって言うんなら、他にも同じようなやつがいるってことじゃん。そいつら全員に姿見られるとかほんっと有り得ない」
「確かにそうだけど……!」
アプリはつい先日配信されたばかりとはいえ、これから一気に広まるだろう。
その中に『時間が見える力』を与えられたプレミアムユーザーとやらがどれだけ含まれるのかは分からないけど……まさか私一人だけってことはあるまい。
同じ状況に陥っている人が一定数いたとして……時間が見えるってことを悪いように利用する人が出てきたら?
少年漫画よろしく、レア時間を奪い合うユーザー同士の戦いに巻き込まれたりしたら?
このアプリはどっかの闇組織の実験で、利用者全員モルモット的な感じで利用されているとしたら……?
——あれ……私って思ってたよりも結構ヤバイことに巻き込まれてるんじゃ……。
「アプリを作ったやつにどんな目的があるのかは知らないけど、今後ユーザーに接触してくる可能性が高いでしょ」
「そ、そうかもしれないけど……だからって私にできることがあるとは……」
「別にあんたに何か出来るなんて期待してない。だってあんた馬鹿っぽいし」
「あっ、私、七時さんのこと嫌いだわ!」
「俺も嫌い。でもあんたみたいなのでもいないよりはマシ」
まじで何なのこの人! 顔の綺麗さと引き換えに、性格の良さを悪魔にでも売ってきたんですかね! 感じ悪いったらありゃしないわ!
「あんたはこのまま一生時間が見えたままでいいわけ?」
「……良くない」
「言っとくけど、時間って俺みたいな良い奴ばかりじゃないからね? ヤバイ奴もいるんだから。時間が見える状態でそんなのと出くわしたらどうなるか分かったもんじゃないよ」
脅しみたいな台詞が並べられる。
この傍若無人な七時さんが良い奴の部類に入るなんて、悪い時間って相当ヤバくないか? ちょっと恐ろしくなってきた。
「わ、悪い時間に出会ったら……例えばどうなるの?」
「そうだね……まあ最悪、死ぬかもね」
最悪のレベルが予想以上で草。
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