理解できない2

 

『二十四時間あつめというアプリをダウンロードしたら、時間が見えるようになってしまった』


 ……ええっと、なんかの漫画かアニメですか?


 現実では到底在り得ないことが私の身に起きている。

 笑えばいいのか、嘆けばいいのか。分からないからとりあえず無になった。

 人間、現実逃避が必要な時もある。ああ、今日はいい天気だなあ……。

 

 そんな私をすぐさま現実に呼び戻したのは、七時さんの声だった。


「ちょっ…………何なのこれ!?」


 見ると、いつの間にやら七時さんが私のスマホを手に、綺麗な顔をひきつらせている。

 

「一体どういうこと!?」


 人のスマホ見て何をそんなに驚くことが……目の前に突き付けられた画面に目をやると、やたらとほんわかした色合いのアプリ内カレンダーに【探知結果】なんて文字。

 ふむ、よくあるAR系アプリの仕様だ。どうやらこのアプリは正常に作動しているらしい。……なんて呑気なことを考えている場合ではない。

 

 私のスマホはこの部屋の中で一体何を探知したというのだろうか。

 おそるおそる視線を下へとずらしていくと、答えは直ぐに分かった。


【△△県〇〇市 七時】


 そんなタイトルと共に表示されている美麗な画像はもちろん——目の前の七時さんそのものだった。


「ふふっ……」


 笑ってしまった。意味分かんないときはとりあえず笑っとけってやつだ。

 だがそれが七時さんの気に障ってしまったらしい。

 七時さんが物凄い勢いで私を問い詰め始める。


「何このアプリ? 説明してくれる!?」

「ごめん、私も分かんないや……」

「探知結果って何!? 何で俺の写真がここに出てくるわけ!? プレミアムユーザーは時間が見えるって……俺ら時間の許可もなしに勝手に何してくれてんの!? どういうこと!?」

「うん、だよね。同じことを私が聞きたいかな」

「何も知らないじゃん! 有り得ないんだけど!」

「私に当たられても……まあ、七時さんが怒る気持ちは分かるけどさ……」

「あんたは何でそんな落ち着いてんの!? 勝手に見えないもの見えるようにされて嫌じゃないの!?」

「そりゃ私だってめちゃくちゃ困惑してるけど、怒りと言うよりは驚きのほうが強いっていうか……」


 私だってちょっとした興味でダウンロードしたアプリのせいでこんなことになっちゃって困ってるよ。でもどうしようもないじゃん。

 七時さんとのテンションの差に思わず深いため息が漏れる。


「ちょっと何その反応。言っとくけど、溜息吐きたいのはこっちのほうなんだからね!?」

「いやでも……七時さんはまだマシじゃない? 私なんて見えないものが見えるようにされたんだよ……? アプリにはAR機能で時間が見えるようになるとしか書いてなかったのに、私いま裸眼で時間が見えてるとか……こわ……」

「はあ? だから自分のほうが大変だって言いたいわけ? そんなわけないでしょ? 俺ら時間はね、自由な存在なの。ほいほい人間と関わったり、人間のために働いたりしないの。好きなところで好きに生きてんの。なのに、こんなアプリで誰にでも見えるようにされちゃたまったもんじゃないんだけど!?」


 いやね、気持ちは分かるよ。

 でもだからって、いい大人が二人でこんな言い争いしてる場合じゃないと思うんだよね。七時さんの年齢とか知らないけどさ。

 少しは冷静になって状況を整理しなければいけないと思うわけでして。


「……まず、なんで七時さんは私の部屋にいたの?」


 元はと言えば、今朝七時さんが私の部屋にいたからこんなことになってるんじゃないだろうか。

 いくら私が変な力に目覚めていたとはいえ、もし今朝の七時さんに出会わなければ、まだ時間が見えるということに気付かなかったはずだ。

 アプリに全く関係ないというのなら、七時さんが部屋にいた理由は一体何なの。


 目が合った七時さんは少しだけ瞳を揺らがせた。

 それを隠すようにすぐに機嫌の悪い顔を作ってチッと鋭い舌打ちをした。……え、何その反応。


「一週間くらい前の朝……たまたまこの部屋を通りかかったら、アラーム無視して寝てるあんたがいたんだよね」


 たまたま通りかかった……って、それは不法侵入なのでは……!? 

 一言目からかなりショッキングな内容だったが、私はぐっとこらえて続きの言葉を待つ。


「別に人間の生活に興味ないしそのままスルーしようとしたんだけど……俺はアラーム音が大っ嫌いなの。鳴らしっぱなしにしててうるさかったから、あんたの代わりに消してやった」


 ……そういえば一週間前、アラームが鳴らない日があったんだけど、あれって七時さんの仕業だったんかい。そのせいで寝坊して遅刻したんですけど!?


 七時さんが何か言うたびにツッコミたい衝動に駆られたけれど、なんとか抑えて心の中だけで処理していく。だって七時さん、話を途中で遮ったらめちゃくちゃ怒りそうなんだもん。


「で、この女は毎日こんな風にアラーム無視して寝てんのかと思ったら苛々して気になったから、一週間ほどあんたを見てて……」

「ちょっと待った」


 私はそこでとうとうストップをかけた。

 案の定、七時さんは眉を吊り上げる。が、それどころではない。

 何やらもっともらしいことを言っている風でとんでもない発言が紛れ込んでいましたよね。気付きましたよ。


「一週間見てた!?」

「その通りの意味でしょ」


 嘘でしょ。勘弁してよ。澄まし顔で何をヤバイこと言っちゃってんの。


「へ、変態じゃん……え……無理……」

「はああ!?」

「だ、だってそうじゃないの! え、何? 私の部屋でずっと何してたの? 怖い! 怖すぎる!」

「ちょっと! 誰も一日中見てたなんて言ってないでしょ!? あんたみたいな馬鹿と二十四時間一緒だなんてこっちから願い下げだっての!」


 あ、ああ、そうか。二十四時間いたわけじゃないのね。それなら良かっ……いや、良くないな。


 それが短時間でも長時間でも一番の問題はそこじゃない。

 結局のところ七時さんはこの一週間、私の部屋に勝手に入った挙句、私の許可もなしに私の生活を見ていたわけだ。それを『変態』と言います。とんでもないわ。

 見るならせめてこっそり見てるだけにしてほしかった。見られていたことを知りたくなかった。


「……え、じゃあ具体的にどれくらいの時間、何を見てたの? 怖いからあんまり聞きたくないけど、話を進めるために聞くわ……」

「毎朝七時ごろに来て、あんたがぐーすか寝てるのを見てた」

「あわわわ……」


 絵面が謎過ぎるでしょ。


「そもそも俺は、あんたの前に出ていく気なんてなかった。人間なんてどうせ時間を大事にしない奴ばっかりなんだから関わりたくないし、俺ら時間は人間に尽くすためにいるわけじゃない。でもこの一週間、あんたが余りにも朝起きないから……七時としては気になるでしょ!? 毎朝毎朝アラーム慣らしっぱなしで寝てる姿を見てると苛々してきて、どうしても叩き起こしてやりたくなったってわけ!」


 なんだそりゃ。完全に七時さん側の勝手な都合じゃないか。

 七時さん的には一週間という時間があっての行動なんだろうけど、私からしたらいきなり知らんイケメンが部屋に現れる謎の急展開なのよ。


「まさか時間外にまで見えてるなんてのは、さすがに予想外だったけど……」


 その言葉に私は首を傾げる。


「えっと、それはどういうこと……?」

「はあ……あんたには一から十まで説明しないといけないわけ? ちょっとは空気読みなよね」


 心底面倒くさいという風に、七時さんは大袈裟に溜息を吐いた。


「俺らは自分の時間だけ顕現できるようになってんの」

「な、なにそれ……!?」

「時間の中には進んで人間と関わりたいって意味の分かんない変わったやつらもいるからさ。そいつらのために備わってる能力なんじゃないの、知らないけど」


 な……なるほど……。

 ということはつまり……今朝部屋でご対面したときの七時さんは、誰にでも見える状態だったということか。で、シホさんと会ったときはもう八時を過ぎてたから、見えない状態になっていたと。

 なんだかよく分からない能力だけど……まあホラー映画に出てくる幽霊とかも自分の意思? でいきなり姿を現したりしてるし、それと同じようなものなのかな。分かんないけど。


「でもあんたには、今も俺が見えてる」


 そうなんだよね。今はもう九時回ってるんだけど、七時さんのことバッチリ見えてるんだ。


「そのワケわかんないクソみたいなアプリのせいでね」


 七時さん、綺麗な顔して口悪いな……。


「全く……一体どこのどいつがそんなもん作ったんだか……」

「た、確かに……。いくら技術が進歩してるからって、見えないものが見えるようになるアプリなんてそうそう作れるもんじゃないよね……正直まだ信じられないけど、でもこうして実際に七時さんが見えてるわけだし……」

「ほんっと有り得ない。勝手に見えるようにされて、こんな面倒なことになってさあ」

「七時さんは、このアプリ作った人に心当たりとかあったりするの?」

「はあ? あるわけないでしょ? それ以上くだらないこと聞いたらぶっとばすよ」


 や、やだ、バイオレンス……!


 自分のキャラもテンションも分からなくなってきた私である。

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