理解できない1

「——で? 理解できたわけ?」

 

 玄関前での攻防を終えて、今。


 二人掛けのソファの真ん中に座ったイケメンが、床に正座する私を見下ろして問いかけてくる。


「いえ全然」

「はあ?」

「すみません」


 私は何も悪くないのに反射的に謝ってしまったのは、イケメンの圧のせいである。

 なんせこのイケメン、さっきから私が何か言葉を発するたびに、射殺す気かってくらいの眼差しを向けてくるのだ。怖すぎ。


 一口にイケメンと言っても、しゅっとした男前だとかハーフ顔だとか可愛い系だとか色んな種類があると思うけれど……このイケメンには綺麗という言葉が似合うと私は思う。不機嫌オーラ全開のめっちゃ怖い美人の先輩みたいな、そんな雰囲気があるんだよなあ……。そんなカリカリしてないでさ、もっとハッピーに生きよう?


 まあでも今はそんなことどうでもいい。それよりも。


「えっと、あの……大変申し訳ないんですけど、もう一度説明していただいても?」

「だから、俺は七時だって言ってんでしょ」

「しちじ」

「そう、七時!」

「時間の」

「そう、時間の! 何回言わせるわけ!? 」


 いや何の話だよ、っていう。

 このワケの分からない会話がなんなのか、皆さんにもぜひ聞いていただきたいと思う。


 存在が謎すぎて思わず「なんやそれ」って呟きと共に呆れ笑いがこぼれてしまうだろうから、周りに人がいたら気を付けてほしい。スマホ画面に半笑いで喋りかけるおかしな奴になっちゃうからね。はい、じゃあ言うよ。


 私の目の前にいるこのイケメン。

 今朝起きたら部屋にいた謎のイケメン。

 私にしか見えていない、というとんでもないイケメン。


 なんと、なんと……


 という。


 本当にワケが分からない。

 え、時間ってなんですか? 時間って生きてたっけ? 本当にワケが分からない。大事な事なので二回言いました。


「冗談……ですよね?」

「俺が今ここで冗談言う必要ある? ないよね?」

「ないです、すみません」


 あ、また謝ってしまった。だってほんと、圧がすごいんだもの。


 ていうかさ。言ってることも大分おかしいけど、まずこの状況も謎なんだよね。

 去年のボーナスで奮発して買っためっちゃ座り心地の良いソファ。そこは私の特等席なんですけどね。なぜそこに知らないイケメンが座ってるんだろうか。脚なんて組んじゃってさ。

 どうして私の部屋で、知らないイケメンがこんなに偉そうなんですかね。


「あのさぁ、なんで分からないの? あんたにも分かるように超簡潔に説明したつもりなんだけど」


 加えてこの口ぶりである。ほんっと何なのこの人。

 正直さっきからイラッの連続なんだけど……いちいち絡んでいても進まないので聞かなかったことにして普通に会話を続けることにする。偉いよ私。


「いや、言ってることは何となく分かったんだけど……」

「じゃあ何? 何が不満なわけ? 言いたいことがあるなら聞くけど?」


 いや……その顔は絶対聞いてくれないやつじゃん。

 部活とかの先輩と揉めて話し合いになって「何か意見あるなら言いなよ(圧)」って言われて、意見言ったら言ったで絶対怒るタイプの人いたよなあ……なんて。どうでもいい思い出が脳裏に蘇る。もう十年前のことだなんて歳を感じてちょっと虚しいな……。


「不満ってわけじゃないんだけど……自分は時間です、とか急に言われても信じられないというか……」


 言ってる間にも、またイケメンの顔が険しくなっていく。


 私があと十歳若かったら、きっとびびりすぎて何も言えなくなってしまっていただろう。だが私はもうアラサーだ。そんなことでは怖気づかない鋼の心を持っている。分からないことは分からないと最後までハッキリ言わせてもらうわよ……!


「なんで時間が人間の形してるのか謎だし……なんで私に時間が見えるのかも謎だし……その辺、詳しく説明できますか?」

「はあ? そんなの俺が知るわけないでしょ」

「そんな」

「じゃあ聞くけど、あんたはなんで自分が人間で、なんでこの地球に生まれて来たか分かるわけ?」

「分かりません」

「だよね。じゃあくだらないこと言わないでくれる?」

「すみませんでした」


 アラサー、あえなく敗北。

 あれ、こんなはずじゃなかったんだけどな。


 がっくりと項垂れる私に向かって、イケメンはわざとらしくため息を吐いた。

 吐いて、とんでもないことを言った。


「あーもう、面倒くさい。あんたみたいな馬鹿と話してると疲れる。どうせ時間を無駄にしてつまんない毎日過ごしてるんでしょ?」


 おい、ちょっと待て。その綺麗な顔ぶん殴ってやろうか?


「まあ、アラーム無視して二度寝するようなやつが、出来る人間だなんて思っちゃいないけどさあ。朝起きるのが苦手、とか言うやつは総じて自分に甘いんだよね。ならもうずっと寝てなよ永遠に、って感じ」


 なぜさっき出会ったばかりのイケメンにここまで言われなきゃなんないの?

 

 私は怒りのあまり、床に手をついた。だが端から見たらまるで土下座だ。

 アラサーOLが土下座してイケメンに罵倒を浴びせられる図だ。

 これ何のプレイですか? 

 

 このイケメン、今朝出会ったときは結構愛想良かったのに。今は


「あんたに説明するだけ時間の無駄かもね」


 とか言って、そりゃもうえらく冷めた目で私を見下ろしてくる。正直めちゃくちゃ腹が立つ。


 え、私の疑問って普通だよね? この状況になったら誰でも同じこと聞くよね?

 なのにこのイケメンときたら、さっきから態度でかいし上から目線だし(物理的にも)、感じ悪いにも程があるだろうよ。円滑なコミュニケーションというものをご存じない? それ初対面の相手に対する態度じゃないんだわ。そろそろ怒るよ、私! 怒りまするよ! もう怒ってるけどね!!!


 ……い、いやいや、落ち着け。話がこじれてこの先の状況が良くなるはずがない。そうだ、心を無にするんだ。いい大人なんだもの、ねねこならスルーできるはずよ。むやみに喧嘩、ダメ、絶対。


 ゆーっくりと深呼吸をした後。

 仕切り直しと言う風に、精一杯の愛想笑いをイケメンに向けたら「何その顔。まだ寝ぼけてんの」と鼻で笑われた。


 あっ、やっぱ一発殴りたい——☆


「……いい? 馬鹿なあんたのためにもう一度言うけど、俺は時間なの。あんたが信じる信じないはどうでもよくて、とにかく俺は時間なの。分かる? まあ、あんたには何回言っても分かんないか。分かんなくてもいいけど、とにかく俺は時間なの」


 いやもう 時間がゲシュタルト崩壊寸前だわ。何もかもが分からん。絶対真面目に説明する気ないでしょ。


「異論は認めない」


 と、更に一言付け加えられ。


「じゃあ質問は……」

「受け付けない」


 なんと……っ!!!


 『とにかく俺は時間なの』でごり押ししてきてた挙句、質問タイムも締め切られてしまった。


 じゃあもう私は『俺は時間なの』をそのまま受け入れるしかないと……!?

 キツイ、キツすぎる。何度も言うけど二十七歳にこのファンタジー展開はなかなかキツイものがある。誰かヒロイン変わってください切実に。


 そりゃこのご時世、転生したり転移したり突然美少女が降って来たり……色んなことが起こってますけども!

 でもそれはあくまで漫画やアニメの中の話であって、現実にはそんなこと起こらないのよ。

 なのにどうして私のところにイケメンが現れてんの!? なにこれ、私が主人公のラノベ!?


 色んな疑問が頭をぐるぐる駆け巡る。でも、もう何から口にすればいいのやら。

 そうだ。とりあえず外の景色でも見て、一旦心を無にしてみよう。

 

 そう思ってソファに座ったイケメンの後ろにある窓へと目を向けると、風にそよぐカーテンの向こうには、淡い水色の空が広がっていた。

 春の空って綺麗だけどちょっと霞んでて、なんとも言えない憂いみたいなものがある。

 窓から吹き込んできた柔らかな風が、イケメンの白髪をサラサラと揺らす。空色の瞳は、まるでその景色をそのまま映したみたいだ。

 異様に綺麗なその姿。確かに、人間じゃないと言われた方がしっくりくる。

 朝の空気に形があるとするならば、きっとこんな姿をしているのだろうと思う。し、本人もそう言っている。

 

 ならばもう——このイケメンの言うことを信じるしかないのだろうか。私にラノベ級のミラクルが起きているということで納得するしかないのだろうか。

 でもさ、こういうのには大抵、何か前置きのアクションがあるもんなんじゃないの?


 私はただ……朝ぎりぎりに起きて出勤して仕事して、帰りはいつものコンビニでいつものお酒を買って飲んで、明け方寝落ちする……自分で言ってて若干虚しくなるような、いつも通りの毎日を過ごしていただけだ。


 別に何か不思議な生物を助けたわけでも、何か不思議なアイテムを拾ったわけでもない。至って普通の——


「はっ……!!!」


 そこで私の脳裏に、ある記憶がよみがえった。


「まさか、あの変なアプリが関係ある……!?」

「アプリ?」


 訝し気に眉を寄せる七時さんをスルーして、私は慌ててスマホを確認する。

 ほとんど使っていない幾つものアプリの中に紛れて——


「二十四時間あつめ……」


 見覚えのあるタイトルがあった。

 

 一週間くらい前の夜中に、適当にダウンロードしたやつだ。

 おもしろそうだと期待したのに、途中でスマホがおかしくなって、気分が悪くなって寝落ちして。ついでに翌朝寝坊したせいですっかり忘れて、今日まで放置していた。


 そういえば確か……画面が消える直前になんかワケの分からない文章を見たような……。それにあの謎の光……。


 いや、まさかね。有り得ないよね。関係ないよね。


 頭ではそう思いながらも、心の奥深くでは答えが分かったような気がして——震える指でアプリを起動してみたら、この間のフリーズが嘘みたいに今回はさくさくと画面が移り変わっていく。

 

 そうして辿り着いたトップページの【お知らせ】とやらをタップすると——


 ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★


 ようこそ! ねねこさん!

 あなたはプレミアムユーザーに選ばれました!

 リアルに時間の見える世界をお楽しみ下さい。


 ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ 


 なーんてことが書いてあった。


 いやいやいやいや…………。ちょっと、これは……ねぇ?

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