私は悪くない

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!」


 あれ、誰? のわずか数秒後。

 私は先ほど下りて来たばかりのアパートの階段を全速力で駆けあがっていた。


 昨日の夜もお酒飲んで無理矢理寝たから頭がぼーっとしてたし、今朝も起きるのが嫌過ぎてとうとう幻覚が見え始めたのかと思ってスルーしてしまったけど、よくよく考えたら普通におかしいんだよ。誰なんだよ、あれは!!!

 何が「へぇ……誰かと思ったら、超イケメンか」よ。寝ぼけるのは名前だけにしとけっての。ラノベの主役張るならそれ相応のリアクションしなさいってのよ、スルーしてる場合じゃないのよ全く私はよおおお!!


 いや、でもちょっと言い訳もさせてほしい。


 私だってね、朝起きて……そうだな、例えば知らないおじさんが枕元に立ってたらそりゃ叫び倒すよ。叫んで即刻部屋から飛び出して通報するよ。

 

 でもね、それがすんごい綺麗な顔したすんごい清潔感のあるイケメンだったらさ。 しかもあれよ、水色の白髪に空色の瞳よ。(きっといまこれをお読みの皆さんは、いや……水色の白髪って矛盾してない? ってお思いのことだと思う。でもそう表すしかできないのだ。とにかく、とにかく綺麗なのだ)

 そんなイケメンが部屋にいたら、えっ……王子様……?(トゥンク)と思うじゃない。私って眠り姫だったかしら? って思うじゃない。思わないとは言わせない。


 そしてこれは男の子にも言えることだと、私、眠田は考えるわけでありまして。

 朝起きて部屋に知らないおばさんが立ってて「おはよう」とか言われたらびびり倒すと思うけど、超美少女が立ってたらラブコメのはじまりだと思うでしょ? 

 超美少女に朝ごはん用意してもらって玄関まで見送ってもらって天使のような可愛らしい笑顔で「いってらっしゃい」なんて言われたら、あ、結婚しよう。と思うでしょ? そういうもんよ。


 と、いうわけで。

 何が言いたいかっていうと、まあ、私は悪くないってことです。はい。


 言い訳が終わったところでちょうど三階までの階段ダッシュを終えて、部屋の前へとたどり着いた。運動不足の私にはかなりキツイ運動だった。

 ぜえぜえ言いながら鍵を差し込んで、回して。

 さあ、不法侵入罪で警察へ引っ張りだしてやろうじゃないの!!!

 バァンと勢いよくドアを開ける。

 すると勇み立った私が玄関へと足を踏み入れるよりも早く、部屋の奥から先ほどのイケメンが出て来た。あれ、私部屋を間違えました? ってくらい普通に出て来た。


「何? 忘れ物?」


 玄関で仁王立ちしている私を見て、イケメンはゆっくりと首を傾けた。その動きに合わせて、柔らかそうな白髪がさらりと揺れる。——ああ。この人、本当に超イケメンだなあ……と。イケメンを前にするとまたしても急激に語彙力レベルが低下する眠田ねねこ二十七歳。——じゃなくて! 気をしっかり持て私! イケメンに惑わされるな!


 頭をぶんぶんと振って正気に戻り、キッとイケメンを睨みつけた。


「あなた誰!? なんで私の部屋にいるの!?」


 これだよ、これ。起きた時点でこのセリフが出てこなきゃだめだったでしょ。なぜ普通に朝ごはん食べて見送ってもらってた。今日は午後から雨降る情報よりも、あなた誰ですかのほうがよっぽど重要だったよね!


「何……あんたそんなこと言うためだけに戻って来たの?」

「そ ん な こ と !?」


 朝起きたら見知らぬ男が部屋にいたことが、そんなこと!? 普通に通報案件なんですけど!?


 寝起きの私のリアクションが間違っていたとしたら、今のこのイケメンの反応も完全に間違っているだろう。腕組をして余裕の態度を貫いているのはなんだ、自分がイケメンだからって不法侵入が許されるとでもお思いか。


「もう八時過ぎてるのにわざわざ戻ってきて、のんびり俺と喋ってていいわけ? 仕事に行かなきゃなんないんじゃないの……って、」


 そこでイケメンは不自然に言葉を止めて。驚いたように目を見開いた。


「あんた、今も俺のこと見えてんの?」

「はっ——」


 一瞬、時が止まったかと思った。

 もちろんLOVE SO SW*ET的なアレではない。質問の意味が分からな過ぎて、だ。

 このイケメン、一体何を言っている?

 

 そのまま数秒見つめ合って。


「……へぇ、やっぱり見えてるんだ」


 あっ——

 ああああああ。ああああああ。

 不法侵入者な上に、頭のおかしい人だあああ——!!!


 ドン引きして思わず廊下の手すりまで後ずさった。

 そんな私を見つめるイケメンの空色の瞳は、驚くほどに綺麗で澄み渡っている。——こ、これは本気マジの眼だ……。

 怖い、怖すぎる。クールなイケメンかと思ったら、まさかの痛い系イケメンかい。

 

「ふ、ふざけないでよ……! あなたほんとに誰!?」


 正直今すぐにでも逃げ出したかったけど、駄目押しでもう一度問いかけた。が、落ち着き払って私を眺めている様子からしてどうやら答える気はないらしい。

 私は鞄からスマホを取り出し電話アプリを起動する。


「そこ動かないでよ! 警察に通報するから!!」


 が、最初の数字を押す前にイケメンがさっと私の手からスマホを奪い取った。


「あんたさっきからうるさいよ。近所迷惑でしょ」


 いや、詰んだ——☆


 今のこの状況においてかなり重要だったスマホという武器が相手に奪われた以上、もう私一人ではどうしようもないのでは。


 え、え、ていうかなんでこの人はこんな堂々としてんの。なぜ私が声の大きさを注意されないといけないの。ここ私の部屋だよね? この人がいるのがおかしいんだよね?


 一旦ここから離れて警察にかけこむ? いや、でもこの人を放置して家を離れるのは危な過ぎないか。 通帳とか印鑑とか大事な書類とか鍵とか——そ、そうだ、鍵。部屋の中にはアパートのスペアキーもある。それを盗られて複製されでもしたらそれこそ最悪だ。


 もし明日地球が滅んだらどうしよう……と急に怖くなって、いつかその日が来た場合の最善の対処法を夜通しシミュレーションをし続けたことはあったが、朝起きたら部屋にイケメンがいた、なんて事態は想像したことも無かった。

 そうだ、人生何が起こるか分からないのに私が甘かった。もっと想像力を働かせて色々な事態に備えておくべきだった。反省だ……。

 ちなみに地球が滅んだ場合、私はまず……いや、この話はまた別の機会でいいか。


 考えるんだ、私。どうすればこの状況から脱することができる!? どうすれば——だめだ、何も思いつかない!!!


 秒で諦めて絶望していたその時。


 不意にお隣の部屋のドアが開いた。

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