第11話 クルナカレ

「棒立ちはやめろ。邪魔だ」


 甲賀は射撃という作業を黙々とこなし、真もそうした。三日はまた小さな声で何か言っているだけで、彼女の方こそ棒立ちでいる。


「三日中尉!」


 たまらずに叫んだ。弾幕ともいえない二人きりの弾丸の群れに、鬼たちは構わず突撃してくる。同胞の黒い霧を突っ切って、なんどもなんどもそうしている。増えれば消え、消えれば増える、甲賀はこの状況を菜ノ花に伝えた。


「迂回しています。十五分だけ粘って下さい」


 逃げようとしても包囲されている以上、それは難しい。生身の支援部隊では瓦礫を越すのは難しく、到着してもこの鬼の規模では戦闘に貢献できるかは疑わしかった。


「聞こえましたか隊長!」


 真は弾丸のなくなった銃を捨てた。すでに支援はないと割り切っている。


「聞こえている。私は別に不調や、お前のような未熟によって突っ立っているのではない」


 よく見れば、真が気がついていないだけでちょこちょこと場所を変えながら、甲賀たちの邪魔にならないよう移動している。攻撃の意思で漲っているが、しかし実行には移していなかった。


「ですが隊長、そろそろ弾が尽きますので」


 甲賀は言うなり真の後方まで退いた。


「ここは任せますよ、三日さん」


 鬼の数は増減し、十五ほどになっている。しかし小隊規模で相手をするには多い。ましてや三日だけに背負わせるのは、真の男としての意地が許さなかった。


「私だってまだやれます」

「いらん。こいつらは私がやらねばならん。ここまで残ったのだ、鬼とはいえ、敬服しなくてはならん」


 言外に部下を褒めたのだとは誰も思っていない。言葉通り敬服するとも思ってはいない。ずいと踏み出し、砲を片手に抜刀した。


 そして通信を部下と菜ノ花、さらには外のスピーカーに繋ぐ。本来このスピーカーの役割は、住民に避難を呼びかけたり、逃げ遅れがいないかなどを探すために用いられる。


 この周辺の避難は終わっているし、ビルも無人が確認できているからこそ戦闘に踏み切っているため、これが何を意味するのかわからず、無駄だと真は憤った。


「静かに。儀式みたいなものです」



 甲賀はそう告げる。菜ノ花も黙っていた。



「私はこれより、自らの手を下し、貴様らの命を奪う」




 また一歩。鬼は凍りついたかのように、じっと三日の武甲を眺めている。




「ただし、奪うのであれば与えねばならん。命を奪うのだから、それと同価である命を与える。私の命だ」




 勇猛、果敢、猛々しさといった態度ではない。三日はしずしずと歩み寄り、ついに鬼の手前数メートルまで近寄っていった。




「三日隊長!」


 たまらなくなって真は叫んだ。感情が伝達し鎧が動いた。しかしそれを体を張って制する甲賀、二人の武者は折り重なって地面に伏す。


「何をなさるのですか。あのままでは」


 最悪のイメージが、この瞬間初めて湧いた。言葉にすれば実現しそうで、途中で口をつぐんだ。無性に疼くひたいの傷が、幸いにもこの妄想を消してくれた。


「邪魔したら、あなたも死にますよ」


 これほど通信だけで人を震え上がらせることのできる人物はいない。そう確信させるほどに、甲賀は鋭く言い放つ。

 そして三日に対して自分がもっとも恐怖し、信頼し、全てを預けているのだと、隠しもせずに「見ていてください」という言葉に感情を込めた。




「貴様らには命をやる。それはまさしく愛だ。命とは、生とは、愛である。我が父母より賜りし愛、すなわち我が名をやる」



 ぐわんぐわんとスピーカーが吠える。両の耳は一語一句違わずに三日の声を拾い上げるが、ただそれだけであり、内容についてはほんの少しも入ってこない。

 甲賀によってきつく地面に貼り付けられた魂鎧、そうされずとも真は脱力していた。


 これが俺のひたいを割った女なのか、酔いに任せて人を傷つけるくせに鬼には悠長に口上を聴かせるのか。

 反骨がこの男の性である。勢いよく跳ね起きるも、鎧の扱いにかけては甲賀にはるか及ばず、再び組み敷かれた。


「動かないでください」


 小動物は、その無表情に影を落とす。実際のところ、彼女も真と似たような心地ではいるらしかった。




「姓は三日みっか、名を勿来なこそという。この勿来の名をくれてやる。これを呪詛とし、経文とし、さらには輪廻の先で忘れぬよう、ひたすらに叫んでくれ。貴様らの命を奪うのだから、愛ある命、この名をくれてやる」




 叫べ。それを最後に三日はスピーカーを切った。




「デタラメもいいところだ! 早く援護をしないと」


 そこでふと、気がついた。どうして俺は今まで支援にいながらも、三日のことを知らなかったのだと。


「支援の出番はありません。というよりも、私たちが断っています。これは古沢さんも知っていることです」


 三日隊の過信とは思わない。だがどうしてそんなことをするのだと率直に聞いた。


「あれを見ていればわかります」


 一度刀を振れば一体の鬼が横たわる。二度引き金を引けば二体、三度、四度と繰り返すうちに、もう立っている鬼はわずかである。


「支援はいらない。援護だってしなくていい。は鬼だけじゃない、私たちもなんです」


 鬼は全て霧となり、仁王立ちする一冑が、残心をとっている。まるでまだ目の前に敵が潜んでいるかのように。

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