第7話 演習
開発部は来客を迎えるにあたり、途端に慌ただしくなった。どうやらこんなにも早く運転させるとは思わなかったようで、真たちは耳馴染みのない単語が飛び交う中、数十分待たされた。これには三日が文句を言うかとも思ったが、彼女は壁に寄りかかり、禁煙の注意書きを剥がして、
「急だったな」
と、反省するかのようなことを言った。どうやら一報も申請もしていなかったようである。
部長が汗だくになって頭を下げ、共に格納庫に向かう。我が子同然の試作機が動くので親バカの顔になっていた。
エレベータで地下に降りる。涼しく、広く、明るい。
「あれが甲賀中尉の、その二つ隣が春川少尉のものです」
地下ではあるが、まるで草原を吹き抜けるような風が、火山の噴火から受ける圧力が、掴めそうなほどに近い星々の圧迫感が、真の全身を叩いた。自然のみが与えられる感動が目にも心にもいっぺんにぶち当たったのだ。
立ちくらみ、しかし視線はそのまま。後退り、見えない何かがのしかかるかのごとく跪いた。
「どうかしましたか」
甲賀は静かに真に寄り添う。医務室へ行きましょうと肩を貸すが、真は断った。
体の不調ではない。ただ目が離せず、それ以外の機能というものがおろそかになっただけである。
部長も心配そうにはしたが、彼も真と同様の体験を何度かしていたので気持ちがわかる。彼はうっとりとそれを眺めた。
「あれが退却型の試作四号です」
自信作でして。言ってから部長は破顔した。
「名は、もうありあますか」
三日はそれが一番重要であるかのように威厳を持って言った。
「まだありません。乗り手に付けていただくのがよろしいかと思いまして」
魂鎧にはそれぞれ名前がある。無尽のような書類上の名前ではなく、それを象徴するようなものがある。乗り手の趣味や、開発中の出来事に由来させたりすることもあったが、部長は真に任せた。
「そうですか。甲賀、先に上で待つ」
天井に大きな穴が空いた。地下格納庫を守る六層の天井が開き、陽の光が地下の隅々までを照らす。
甲賀は自分の鎧に乗った。背部が開き、体を収めるとすぐに動き出す。
「春川さん」
「は、はい」
部長はわざわざ真を魂鎧の前まで誘導した。先立って歩きながら講釈をするも、真の頭には入ってこない。
(これに乗るのか)
不安と、ほんのわずかな嬉しさがぐるぐると渦巻いて、興奮のあまり叫びたくなっていた。
トイレに行かなかったことを後悔しつつ、装甲に触れる。開けと思うだけで、これも背部が開き真を招き入れる。
「頑張ってください」
魂鎧の内部は冷たく狭い。だが息苦しさはなかった。ぼんやりとしたパネルがあって、真の名前が表示されている。
記憶のマニュアルを引っ張り出し、おそるおそる指先で叩いた。
瞬間、視界がひらけた。外部に複数取り付けられたカメラが多角的に風景を捉え、肉眼と同じようなクリーンな映像を映した。さっきまでのいかにも鋼というような室内は景色がいつもより一段高い場所にあって、これが戦場の視線かと、真は身震いする。
誘導灯にしたがって専用のエレベータまで進むのに、彼はもう浮かれていた。俺がこの鎧を動かしているのだと、一時、支援での全てを忘れた。
重力を少しだけ感じて上昇、外の土埃も輝いてみえる。
「遅い」
三日の怒号が甲賀も首をすくめるほどに演習場を駆け抜けた。
「いいか、両者手加減なんてするな。壊せ」
部長は苦笑だけして、準備のできている部下たちに指示を飛ばす。
甲賀から十メートルほど間隔をあけたところに真はいる。ここから陸上競技のように号令を発し、戦闘が始まる。
「銃が二丁。弾は百発ずつ。いずれも六十ミリ榴弾」
ぶつぶつと精神を病んだかのように、格納されている武器を羅列していく。甲賀が発するプレッシャーを無視するにはこれしかなかった。
「始め」
部長が無線を通じて号令を発した。先に動いたのは甲賀だ。
「百五十センチの大刀が一振り。百センチの小刀が一振り」
「あいつ、なにをしていやがる」
三日は怒気を静かに胸の内へと沈めた。流れ弾を防ぐため、ある程度離れた場所から彼女たちは訓練を眺めている。声は届かない。ただ、録画のためのカメラが数台あって、部長の手元のモニターにその映像が映し出される。
真は接近する甲賀に対して、静観して立っている。ぶつぶつと繰り返し武装を確認して、じっと甲賀を眺めている。
甲賀は刀を抜いた。振りかぶり、距離を縮める。
抜かねば。真はとっさに抜刀し、攻撃を防いだ。初めてにしてはまずまずの動きだった。
「退却型は遠近の戦闘が行える」
たしかにマニュアルにはそうあった。しかしこれは刀があって、銃があるためにそう表記されていたに過ぎず、明確にそうしたデータや事実は記されていない。試作機だから実戦のデータがほとんどなく、これは開発者の思い込みといってもいい。
甲賀の斬撃を、真は鮮やかなまでに受け止めた。ただ、そこから攻撃に転じるには訓練が足りておらず、防御だけで手一杯だった。刀の交わりを数えていくうちに十を超え、十五になった時、甲賀は攻撃の軸を射撃に移した。
「離れるか。近づくか」
悩みはしたが、それは一瞬で、真は距離をおいた。支援部隊での攻撃とは、主に射撃である。それが発揮された。
牽制をして、体勢を崩させ、へそを撃つ。片手だけの射撃というものは非常な高難易度であるが、真はごく普通にやった。ただ、甲賀の分厚い装甲によって防がれている。
「これができなければ、誰も守れない」
と、真は射撃を含む全ての訓練において手枷足枷をするような厳しさで己を律していた。強制ではなく進んでこういう苦行に身を置いていた。
真の放った弾丸で戦況は傾いた、ように見えた。部長はそれをバンザイしたくなるほど喜んだが、三日が隣にいる以上控えた。
「どうも、わかってはいましたが、まだまだですな」
ぽつりと三日がこぼした。その意図を尋ねる前に、甲賀の動きが格段に良くなった。
真は甲賀の接近を許し、撃てども弾は当たらず、剣撃が肩の装甲を削った。
「まずい」
きつく口を結び、後ずさり。ふと、マニュアルにあった単語がいくつか頭に浮かんできた。
撤退時。攻勢。退却。砲。後退。
どこか逃げの一辺倒のにおいがするも、しかし根本には攻撃意欲のみが存在する不思議な教本は真の支援体質をベタ塗りに塗っていた。
普段なら絶対にしない行動をした。退避するのにもかかわらず、体重をつま先にかけて、若干の前傾姿勢である。
「刀と、銃と」
引き金を引いた。
「砲がある」
右の手のひらに埋め込まれた十センチ榴弾砲が火を吹いた。
どおんと一声、ぶっ放した衝撃は、真の記憶にはないほどの凄まじさがあった。そのことは彼の魂鎧の肩と腕が吹き飛んで、外側の景色が生で見えたということからもわかる。
甲賀へと着弾はせず、彼女の横数メートルの位置が破裂したに過ぎなかったが、その威力に技師たち見物人も呆然とした。
「火薬が多すぎるんじゃないですか」
「そのようですね」
三日はややのんきでいた。部長もそうだった。
戦闘はその後しばらく続いたが、
「そろそろいいでしょう」
と、部長はメモを取るのをやめた。真の鎧はほとんど大破し、足まで引きずっている。こんな状態で甲賀の攻めをやり過ごし、こうなるまで訓練は終わらなかった。
「訓練終了。訓練終了」
三日はそう指示した。ちょうど刀を振りかぶっての突撃を準備していた甲賀は、速度を落とし、刀を納め、ゆるゆると止まった。
演習場の端に寄せて、操縦席から降りる。汗ひとつかいていなかった。
(終わったのか)
真は鎧から降りようとする際、股が濡れていることに気がついた。席から垂れ、足元までそれは広がっている。
「早く降りろ」
怒鳴る三日に「このまま格納庫まで」と言った。反対されると思ったが、許可が出た。初めての魂鎧の操縦、戦闘はこうして終わった。
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