第4話 不穏なじょうかん
「大真面目に馬鹿をやったような鎧ですな」
三日の評は正しい。嬉しそうに頷く部長は軍人ではなく出向してきた研究者であり、少佐同等の地位にいるが、彼は上下関係にこだわらない人だった。
「これはですね、退却時にでも鬼を討伐できるよう考案された魂鎧なのです」
退却というものは悲惨である。無防備に背を向けてひたすらに逃げ、そして逃げの意識から戦意は落ちる。いつ死ぬかもわからない不安と焦燥がついやけっぱちの狂気をうむ。やけっぱちとは、背を向けることを拒んでの突撃である。
やけっぱちをすると、なりふり構わず敵陣に突っ込む。大半は死ぬ。鎧は壊れる。すると仲間たちも殉ずるように一太刀浴びせようと躍起になり、最後には全滅する。
「これは常に攻撃ができる。どの角度からでも、どんな体勢からでも。たとえ背を向けていても」
部長はうっとりと自ら考案した魂鎧を眺めた。
「かなり独創的ですね」
資料のページをめくる甲賀は、ある一点を注視している。部長はそれが要なのだと興奮した。
「即ち、あらゆる前面箇所に取り付けた砲塔兼推進器が役に立つのです」
真はよくわからず、資料のページをパラパラとめくり、閉じた。
「御託はよろしい。これは今すぐにでも出撃できるのかを確認しに来たのです」
三日にこくりと頷く部長。
「春川、明日の昼までに資料を頭に入れておけ」
返事をする前に三日は部屋から出て行ってしまった。嵐の後のような静けさがあった。
「噂に違わない人ですね」
部長は倒れたドアを見つめながらそう言った。
真と甲賀が部屋に戻ってくると、三日は一服しながら先ほどの資料を読んでいた。
「三日中尉、甲賀中尉、ありがとうございました」
開口一番真は頭を下げた。
「どういたしまして」
甲賀は切り捨てるような冷たさでいたが、それが冷たさだけでないことがなんとなくわかった。
「礼はいらない。資料を読んでおけ。それと昼飯は食ったか」
時計を見るともう午後の三時を回っている。初めて空腹に気がついた。
「いいえ」
「ならこれを食え」
三日が引き出しの一番下からあんぱんを投げてよこした。
「あ、ありがとうございます」
「一つで足りますか」
ポケットに手を突っ込み、直接取り出された炒り豆を、甲賀は真の前に置いた。
「甲賀ぁ、餌付けをするな」
机を叩く三日、灰皿がカタカタと揺れた。
「それは三日さんもでしょう」
真は「この人たちは変わり者だ」と内心叫ばずにはいられなかったが、喧嘩になりそうな雰囲気をどうにか収めようとして、
「し、質問があるのですが」
と資料の項目を見つめた。炒り豆は早々に胃に収めた。
「どこだ」
「どこですか」
争いの気配は霧消し、そこからは勉強会となった。とはいえ真の知識は驚くほど少なく、ほとんど無知だった。支援部隊としての知識はそれなりだが、なんといっても彼は今日付けで戦闘部隊に配属され、しかも恨みのような感情さえ抱いていたくらいである。最初は頭が受け付けなかったが、いつのまにか試験の様相となって、
「また間違えたな。次はないぞ」
などという三日の脅しに素直に怯え、勤務終了時刻まで頭をフル稼働させた。
「甲賀、お前がやれ」
この日の勤務を終え、三人は廊下に出た。三日と甲賀は寮に住んでいるが、真は軍の基地本部から近い古アパートに住んでいる。途中までは同行しましょうと提案したのは甲賀で、その上で一体何をやらせるのだと真は少しだけ身構えた。
「いいですけど、三日さんは何をするんですか」
小さな体で小さく笑い、煙草に火をつけた。これをするのだと言わんばかりに甲賀を眺めたが、通りかかった少佐に見咎められて火を消した。
「しきりのことだ。もう取ってあるんだろ」
「一応。いつものところですけど」
真は話に混ざれず、明日からの勤務についての、厳しすぎる試練の想像をしていた。
動作マニュアルを読み込み、それを動かす。それは理解しているしそれを支援という形ながら間近で見てきた彼だからこそ、困難に思えた。
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