第3話 無尽
「三日だ。空いている鎧はあるか。新米の分だ」
格納庫にいた警備担当の軍人は面食らい、すぐにどこかへと飛んでいった。やや待たされ、その間も三日は仰々しい門を睨んでいた。
「失礼しました。通達がなかったもので」
警備の彼は許可をもらって戻って来た。
「内部の連絡がこうでは、私らの先行きもたかが知れるな」
「そうですね。ま、それはいいとして」
甲賀は先んじて格納庫に並ぶ魂鎧を物色する。ここにあるのは全て量産されたものであるが、彼女にはそれぞれに個性を見出せた。
「どれでも一緒だろう」
三日は入り口付近であぐらをかいた。ウィンドウショッピングでもしているかのような甲賀は、もう格納庫の奥まで行って、折り返してきている。
「こいつらが鬼と戦うのですね」
真は恍惚を隠し、独り言を漏らす。支援部隊ではちょっと得られない、最前線の匂いを感じた。
「違う」
あぐらのまま三日は断じた。
「こいつらを使い、人間が戦う。私らが戦うんだ。もっとも、支援にはわからんだろうがな」
古巣を侮蔑として使われたことよりも、三日の凄みに痺れた。出会ってから極めて短時間ながらも、真は戦闘だけの連中だと嘲るような考えを捨てた。格納庫にはしっかりと、戦場が生き生きとあった。
「駄目ですね。当たり前ですけど、全部誰かの機体です」
甲賀はそう告げた。そもそもこの格納庫はいつでも出撃ができる状態の魂鎧しかない。当然、乗り手が誰であるかなど最初からわかっている。
それを理解していた甲賀だったし、三日も知らないはずがない。ただ、彼女は苛立ちと怒りをぶつける先を求めていただけに過ぎなかった。
「余りもねえのか」
出撃可能のものしかないため、予備の機体はここではなく、また別の倉庫にある。三日はこれが己の短気によって生まれた手間だったので「しょうがないな」と腰をあげる。
「はい。申請しておきましょうか」
「しておけ。だがこれでは出撃命令が出た時、困る。古沢さんに直接お伝えしよう」
おい春川。三日は後ろにある気配を呼んだ。
「何でしょうか」
「いいか。お前がお伝えしろ。初陣から戦功を挙げたく存じ申し上げ奉りますと、懇願しろ」
あの人は甘いところがある、と三日は少しだけ振り向いて、
「芝居は上手いか」
と聞いた。冗談ではなさそうだった。
「いいえ。経験はありません」
「やってみろ」
短く言って、それきり黙ったまま古沢の執務室に着く。ノックにも挨拶にも、せっかちさがあった。
「失礼します。三日ですが」
新聞を読みながらお茶をすする古沢は目を丸くしてこの珍客を迎えた。先ほど別れた真がいることにも驚いていた。
「何事だ」
「大佐。春川の魂鎧がありませんが、この不備の責任はどこにありますでしょうか」
三日は態度を全く変えない。甲賀との会話のような無骨さがあった。
「ああ、しまったな。責任ならみんなに平等にあるんじゃないか。みんながついうっかりしていたのだろう」
忘れてしまった。そう古沢が締めくくれば、その一言がどんな結末をもたらすか、甲賀にはわかった。三日の視界に自分を納めるよう立ち位置をずらし、暗に落ち着けといいきかせた。かいあって、三日は表情だけに殺しの意思を残し、立ち止まった。
だがこの場にはもう一人、誰に対しても態度を変えない者がいる。
「では罰がなくてはなりません。全員に、均等に、然るべき罰が。そして私には一刻も早く戦える準備がなくてはなりません」
態度を変えないという以前に、真のような待遇では誰しもが憤りを感じる。しかし相手は上官であり、集団での今後の境遇を考えれば、静かに引き下がるのが無難である。
言ってからそれに気がつき、彼は突如床に這いつくばり、頭を下げた。だが、謝罪をするためではなかった。
「私は魂鎧のいろはもわかりませんが、戦えという命令を頂いているのです。それをしなければなりません。その手筈だけはどうか行ってもらいたいのです」
そして三日に教わった「初陣を」の台詞を発した。涙は出なかった。
「最後のはお前の言葉じゃないな」
古沢は笑って、内線を繋いだ。
「白状しよう。奥のおやっさん、そして私も忘れちまったんだ。お前から女神因子が見つかって、大騒ぎだったからな。転属の書類を作って、あとのことは頭から抜け落ちたのさ。私もものを教えるなんて久しぶりで、舞い上がった」
受話器を耳に当て古沢は言う。
「開発部か。これからそっちに人をやるから、すぐに動かせる奴を用意しておけ」
電話を切る前に「一番上等な奴をな」と言って彼女ははにかんだ。
「ありがとうございます。お目汚しお耳汚し、大変失礼いたしました」
甲賀がこれに答えた。三日も真も、口を開く気配がないことを察していた。
「お前も大変だな。小せえガキとでかいガキのお守りだ」
背に浴びるからかいを甲賀は軽く流し、急ぎ開発部へと向かった。小隊は一言でも発せば、拳が飛びそうなほど険悪な空気だった。
「あの飄々とした態度が気に入らない」
そう思う子ども二人だったが、憎めないところが古沢にはあって、その振り上げた拳を下ろせないジレンマが無言の真相だった。
雑な扱いを受け、ついにその不満が限界まで達したのか、三日は開発部のドアを蹴破った。
「おわ! なんだ、鬼か!」
騒然となる室内、視線の集まる先は背の低い小隊長が、鬼の形相で仁王立ちしている。
「電話、ありましたよね」
地響きのような三日の敬語に人の良さそうな部長はオロオロと慌て、先ほどとは別の格納庫まで先導した。機材やらが混然としていて、実験室のようでもある。
「すぐ実戦へ投入できるのはこれくらいです」
口頭で部長が説明し、性能が表記された資料を甲賀が要約し、あぐらをかく三日に伝える。
真は見惚れた。どの声も耳に入らないほど、それに魅了されていた。ギラギラと明るい格納庫、灰色の壁に囲まれた技師たちの血色の悪い肌、その中央に鎮座するこの輝かしさは異常だった。
(この魂鎧に俺が乗るのか)
白い塗装、分厚い装甲、太い足回り。頭を下げて良かったと、心底思った。
「これの名前はなんと言うのでしょうか」
溢れた言葉に、甲賀は資料を渡した。
退却型魂鎧
それが真を震わせた魂鎧の名だった。
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