第2話 三日
日神皇国奥軍古沢師団というのが、真の配属先である。軍団、師団、旅団と所属兵士の数が大きい順に並び、古沢の下には
それらをまとめて旅団と呼称し、この戦闘集団単位の下に大隊、中隊、小隊と続くが、真はそのとある小隊の一員となる。魂鎧兵の
「三日中尉、か」
古沢の狭い執務室を出ると、教えられた名前を呟いた。これからは彼女を頭として動くのだ。
「はい。私が
向こうから歩いてきた女がそう言った。低く冷たい響があった。真の階級章を見つけ、
「三日は私だ。なんだ」
と、言い直した。
軍服のジャケットに袖を通さず肩にかけ、シャツのボタンも上二つを開け袖もまくり、ズボンのベルトも緩く甘い。軍規違反だらけのその面は、真のこれまでの人生で、もっとも印象的な面だった。
不機嫌に反る眉、目尻はやや上を向く。赤みがかった髪色はその心中の怒りの象徴のようである。
「用も無いのに呼んだのか」
ようやく真は口を開く。圧倒されていた体に喝を入れ、敬礼した。
「春川少尉です。この度三日中尉の小隊へと配属されました」
三日はまじまじと真の顔を眺め、そうかとだけ言った。
「来い。部屋まで案内する」
背を向け歩き出す小さな背中を、真は少しだけ恨めしく思った。
(戦うことしかできんくせに、何を威張っているのだ)
そう心で罵った。彼は支援部隊からの転属である。この部隊では攻撃の手伝いも撤退の経路確保もするし荷の運搬もする、要は何でも屋だった。通常の兵器は効果が薄いとはいえ、怯ませたり、当たりどころによっては致命傷も与えられる。その上で、様々な戦闘継続処理を行わなくてはならない部署の一人であったから、戦いだけをする魂鎧乗りに対して、俺は支援であるというプライドがあった。
「ここだ」
三日はドアの前で振り返る。
「入れ。隊員に挨拶をしろ」
緊張もせず、失礼しますと真は入った。
長机が二つ、長辺がくっついて並び、そこに対面するようにパイプ椅子が二脚、上座に一脚。両の壁際には書棚があってファイルや辞書が詰め込まれている。奥の窓からは十分なほどに陽が差し込んでいた。
向かって右側に座る女が、事務作業から顔を上げた。
「お帰りなさい。その方は」
鋭い声音、不機嫌そうな顔つき。しかし初対面であるし、怒らせたという心当たりもない。おそらくはそれが素であり、そのせいで余計な怒りを買っていそうだと真は思う。
三日に肘で小突かれて、真は姿勢を正した。
「春川真少尉です。本日付けで三日小隊へと転属になりました」
三日は空いている席に座った。陽光を背中いっぱいに浴びている。
引き出しから煙草を取り出し吸い始めた。吸ってから窓を開け、書棚の本の隙間から灰皿を取り出した。
「甲賀、お前も挨拶をしろ」
「あの、一応禁煙なんですけど」
「何度も同じことを言わせるな。私がいる限り禁煙など糞食らえだ」
甲賀と呼ばれた女は眉を下げ、若干ながら申し訳なさそうに名乗った。
「甲賀
すかさず三日は口を挟む。
「そいつの親父が狸でな。千畳敷きのキンタマの俺より、もっとすごい奴になれと命名したそうだ」
煙草の火種で宙に二千と漢字を書いた。
「ちょっと三日さん」
二人とも笑いもしない。真も冗談なのか嘘なのかわからないまま空いている席に着いた。
「私の小隊はこれで全て。鬼が十匹前後だったら小隊に出撃命令が出る。それ以上ならよそとつるむ」
唐突に三日は言ったが、真はすぐに切り出した。
「私は魂鎧を拝領していませんが」
「なんだと」
三日が机を叩くと、灰皿に張られた水が溢れた。
「馬鹿かぁ、こういうもんはあらかじめ用意しておくもんだろうが」
人事部や整備部といった各部署、そして奥や古沢のどこかがやってくれているだろうという適当さが、今回に限り重なった結果である。女神因子があるという検査結果から今日まで迅速であったために全員がうっかりしていたともいえる。
あれほど真に魂鎧や因子を説明した古沢からも、三日へは音沙汰がなかった。
「今から倉庫に行って見繕う。甲賀も来い」
三日は背が低い。甲賀の胸元ほどに頭があって、真の顎に甲賀の頭がくる。
「突然お邪魔しても大丈夫でしょうか。ただでさえ中尉は唐突なのに」
「これがのんびりしていられるか」
怒鳴り散らす三日の後ろを歩く真に甲賀はそっと耳打ちした。
「短気でせっかちですけど、腕は良いので」
と、三日の性格を言い渡した。
「そうですか。私も似たようなものです」
真も誇れるような性格ではないし、他者を曲げようとも思わなかった。それに支援であるという自負もある。これに甲賀は気を良くしたのか、
「あなたはもっと笑顔を勉強したほうがいい」
と言う。彼女自身、無愛想の塊ではあったが、そうは思っていないらしい。
真も根は真面目だったので精一杯の笑顔を作ったが、彼女は無表情に「変ですね」と言った。
「何をコソコソしている。堂々としろ」
「はい中尉。甲賀、堂々と参ります」
女二人は肩で風を切り、格納庫へと向かい、健気な犬のように真はそれを追った。はたから見れば、これから説教でもされるかのような様子だった。
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