クルナカレ

しえり

第1話 転属

「どうして男の私が」


 秋口、春川真はるかわまこと少尉は叫んだ。ある日、突然に呼び出された上司の少将に対して激昂していた。たかが少尉の態度でも、肝の据わり方でもなかった。


「検査結果を見ただろう。きみには女神因子めがみいんしがある。現場は人が足りない。それが全てだよ」


 奥保徳おくやすのり少将はごく当たり前のようにそう言った。


「しかし、あそこは私の居場所ではないはずです」

「これからは、そこがきみの居場所だ」


 決定事項である。気持ちはわかるがやってくれ。奥は慰めのようなことを言って、しかし冷酷に辞令の書類を机に滑らせる。


「署名しなさい」


 断ることはできない。それが軍を軍足らしめる上下の絶対であり、それが敵に勝つ最良の方法の一つであるから。


 真は悪筆をさらに歪め署名し、失礼しますと部屋を辞した。


「元気だなあ」


 微笑みながら奥は書類を、一枚ぺらの辞令を眺める。


「鬼と戦うのだから、あのくらいで丁度いい」


 真の悪筆に、荒れるかな、と苦笑した。




 人に似て、しかし角を生やし、目は大きく、口は耳まで裂けている。力は強く、金棒を振って悪行を良しとする。記録にある限り、太古の壁画にも描かれているような存在がある。


 名を「鬼」という。照和六十五年の現在でも、それは現れ続けている。虚空より出で、ふと気がつけばそこにいる。神出鬼没であり、群れをなし、目的も不明のまま人を襲い、田畑を、街を、国を荒らす。


「それを倒すのが皇国陸軍魂鎧たまよろい兵の仕事だ。それを請け負う手足の一つが、我ら古沢ふるさわ師団だ」


 真は任官したての者が受けるような講習を改めて耳に入れ、質問のために手を挙げた。一対一の講習室でもそうした。


「どうぞ、少尉」


 古沢大佐は、鳴り物入りで転属してきたこの若い少尉に、いくらか高圧的だった。外見からは歳はわからないが、生意気そうでもある。


「先ほどの内容に、一つ追加すべき点があるように思います」


 実に堂々と、彼の根本には叛逆が刻まれているかのように、誰に対しても分け隔てなくといえば聞こえはいいが、誰が相手でも自分というものを崩さなかった。


「鬼を倒すには魂鎧たまよろいが必要です」


 通常の兵器、鉄の弾丸や刀では、鬼に対して効果が薄かった。そのために生み出されたのが魂鎧である。


 人身を包む大型の甲冑であり、情操鋼じょうそうこうと呼ばれる特殊な金属で構成され、二、三メートル程度の身長から装着というよりは搭乗ともいえるサイズで、女神因子を持つ乗り手の感情や意思でしか動かない特性を持つ。


 古沢は満足気に頷く。真のあがきを楽しんでいりようでもある。


「そうだな。感情で動かし、鬼を倒す。奴らに対してはそれが有効で、ここには問題ないと思うが」


 魂鎧は百年ほど前に発明されたが、それ以前はどうか。

 欧州では魔女が、合衆国では超能力者が、アジアではシャーマンが高度な神がかった奇跡を用いて撃退していた。

 ここ日神ひかみ皇国でもそうであり、主に仏神の力を借り坊主や神職が活躍していた。

 今では多少のオカルトも解明され、活躍した先人には多くの女神因子があったとされている。


 偉人には女性が多かった。


「……古来より男は鬼に対して無力です」


 魔法使いではなく魔女。シャーマンは老婆か少女。超能力者にいたっては男は鬼の元まで車を走らせる運転手であった。


 皇国でも尼や巫女が強かった。そういう意識が国民に根付いている。真もそう思っていた。


「昔の巫女には女神因子が大量にあって、それを放出し鎮めた。が、僧侶も神主だって非力ながらもやった。お前だってできるさ」


 彼にはその因子があるという結果が出ている。今更すぎる質問に古沢はため息をついた。もっともこれは質問というよりも、俺は男でありそういう役目はできない、したくないという抗議だった。

 

 年々研究は進み、破竹の勢いで体内にあるこの因子を発見することができているようになってきた。男女全員の軍人を対象に調査し、因子の見つかった唯一の男性が春川真である。


「春川、何が言いたい」


 言ってしまおうか。真は正直に疑問を投げられないでいる。あまりにくだらないことであり、愚痴のようだったから。


「言いなさい。我らは同じ部隊に所属している。隠し事はためにならない」


 背の低い古沢の身長に合わせた机はなんとなくおままごとを感じさせる。

 意を決し、しかしやや声を落として真は言う。


「なぜ私に女神因子があるのでしょう」


 男として産まれ男として育った真である。その疑問は彼にとって当然だった。


「それは」


 古沢は答えに詰まることもなく、さらり。


「遺伝だろう」


 そういうこともあるらしい、とこともなく言った。

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