第4話 それを失恋と呼ぶには


 B-3


 高校二年生の夏。


 ついに、護は紗衣と付き合うことになった。


 気持ちを伝えて交際を申し込んだ護は、紗衣の返事を待っていた。


 珍しく顔を赤くしてうつ向いている紗衣を、護はじっと見つめる。


 その時間が、十秒にも二十秒にも感じられた。


「はい、よろしくお願いします」


 蚊の鳴くような声で、紗衣が答えた。


 奇跡的でも劇的でもない、掃いて捨てるほどあるような、ただの高校生の青春の一ページ。


 それが、護にとっては宝物のような瞬間だった。


「実は私も、護のこと、いいなって思ってたんだ」


 その日の放課後。並んで歩いた帰り道、紗衣に別れ際に告げられた言葉。


 一生、忘れられない日になった。


 それからは、二人で色々な場所に出かけた。


 人気のテーマパーク、映画館、ケーキの美味しい喫茶店、イルカショーのクオリティに定評がある水族館。ちょっと背伸びをして、美術館にも行った。


 幸せな日々だった。


 青春が、こんなに鮮やかな色をしていることを知った。


 隣に好きな人がいる青春。


 以前だったら、絶対に考えられないことだ。


 自分の選択は、間違っていなかったのだと思えた。


  ◆   ◇   ◆   ◇

    ◇   ◆   ◇   ◆


 A-3


 紗衣が仲の良い男子に呼び出された。


 どうやら昼休みに、教室の窓から見える中庭で告白が行われるらしい。


 クラスの輪からは外れている護にも噂が届くほど、話題になっている。


 その男子は、護みたいに地味ではなく、爽やかで格好良いと評判の男子だった。紗衣にとてもお似合いの。


 教室の窓からたくさんの人が成り行きを見守っている。


 一年生だけではなく、上級生の教室からもちらほら人が顔を出しているようで、上の方から口笛や浮ついた楽しげな声が聞こえてくる。


 紗衣と、紗衣に告白をする男子が、お互いに向き合っている。


 表情は見えない。告白をしている最中なのか、した後なのかもよくわからない。


 護は窓から視線を逸らし、教室を出た。


 逃げ出したところで、何かが変わるわけでもないのに。


 失恋が、こんなに苦しいなんて思っていなかった。


 今の護にとって紗衣は、仲の良い女子でもなければ、友達ですらなく、ただの好きな人で。


 それを失恋と呼ぶには、現状はあまりに情けないけれど。

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