第3話 これで、よかったんだ


 B-2


 護と紗衣の距離は急激に近づいた。


「護って、やっぱり中学のときと印象違うね」


 紗衣は護のことを、下の名前で呼ぶようになっていた。護はまだ、紗衣のことを〝鹿内さん〟としか呼べていない。


「そう?」


「うん。こんな話しやすい人だと思ってなかった。もっと話しておけばよかったなー」


 驚くほどに、二人の趣味は一致していた。


 というのも、護は、紗衣の好きなものを知っていたからだ。


 合わせていた、とは少し違う。


 紗衣のことが好きだから、紗衣が好きなものは護も好きになってしまう。


 恋というものには、そういう力がある。


 音楽、漫画、テレビ番組。食べ物、映画、ファッション。


 護は紗衣に、たくさんの影響を受けていた。


 紗衣のおかげで、護の世界は広がった。




 二学期のある日のことだった。


「大橋って、紗衣と付き合ってるの?」


 紗衣と仲の良い女子からの質問だった。


 高校生という生き物はとても単純で、仲の良い男女がいると、やたらと恋愛関係にさせたがる。


「俺が鹿内さんみたいな人と付き合えるわけないじゃん」


 言葉では謙遜するが、内心では飛び跳ねたいくらい喜んでいた。


 彼女の問いかけは、護と紗衣がそういう関係であってもおかしくないと言われているようなものだからだ。


「えー? お似合いなんだから、早く付き合っちゃいなよ。紗衣も絶対待ってるって!」


 そう言われて、護はさらに舞い上がった。


  ◆   ◇   ◆   ◇

    ◇   ◆   ◇   ◆


  A-2


 護は一人で帰り支度をしていた。


 学校で誰とも話すことなく一日を終えることも珍しくない。


 紗衣は仲の良い女子数人と、放課後にどこに行くかで盛り上がっている。


 カラオケだとかパンケーキだとか、高校生らしい単語が飛び交っている。とても楽しそうだ。


 紗衣は、明るくて優しくて、誰からも好かれるような女の子だった。教師からの人望も厚く、クラスメイトからは頼られる存在。


 恋をした瞬間から、彼女をずっと見ていた護は、とっくにそれを知っていたけれど。

 

 教室の真ん中で笑顔を浮かべる紗衣は、とても楽しそうで、生き生きしていて、キラキラと輝いている。


 教室の端から見ていた護は、彼女とは住む世界が違うことを再認識させられた。


 もちろん、そんな素敵な女の子だから、男女問わず人気がある。


 紗衣が男子と仲良く話をしている姿もよく見る。


 護はそれを、どうすることもできない。


 紗衣の楽しそうな表情を見て、胸の奥がざわざわするが、必死で気づかないふりをしてやり過ごした。


 心がズキズキと痛むような後悔だけが、緩やかに、だけど着実に蓄積されていく。


 鞄を持って教室を出る。


「これで、よかったんだ」


 護の唇からこぼれた呟きが、宙に溶けて消えていった。

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