第17.5話 高木 (主人公視点ではありません。)
高木くんside
◇
俺は高木家の次男として産まれた。
父が働く高木病院は有名ではないけれど、広島では一番大きな病院だった。
父は医者ではなかった。ただ祖父の跡を継いで経営をしているだけ。だから医者ではない父は病院の経営にとても苦労していた。
歳の離れた兄は父に後継を期待されていて、毎日勉強を強制されていた。父のような苦労がないように、兄は強制的に医者を目指す事になった。
俺も兄ほどではないけれど、ずっと勉強をやらされていた。
兄は凄かった。多分俺が兄だったら潰れている。
小さいことから外で自由に遊ぶことはできなかった。常に何か予定を入れられる。父に付き添い、小さいながらに製薬会社の人や大学の先生に挨拶をする。父は決まって「私の次男です。長男よりは少し怠け者ですが、自慢の息子です。」と言う。
俺はそう紹介されたら名前を名乗って、一礼をする。そして父が話している間、ずっとその隣でじっとしないといけない。それがとても苦痛だった。
ある日突然父から呼び出しされた。
呼び出された部屋に行くと父と母、そして少し歳の食った夫婦が対面に座っていた。
夫婦の間には俺と同じくらいの女の子が座っていた。俺は格好や状況から多分病院にとって大事な人なんだと一瞬で理解した。
俺はいつも通り名前をにこやかに名乗って一礼をした。別に感情はない、ただそう教育されているだけ。
「とても優秀そうなお子さんですね。」
「はい、私の自慢の息子です。」
何故か父はその日、俺のことを怠け者だとは言わなかった。
いつもなら何も言わずに大人たちの話を横で聞く。だけど、その日は何故か隣の部屋でその女の子と遊ぶように言われた。
俺は言われたままに従って、隣の部屋に行った。
「お前、名前は?」
その女の子が俺に最初に言った言葉はそれだった。
俺はなるべく失礼にならないように丁寧に名乗った。絶対に女の子の機嫌を損ねるわけにはいかない。俺に今求められるのはそれだけだった。
我儘な女の子だった、本当に何も考えていない。俺は歳の割に出来すぎていていると言われる。だけど女の子は逆に出来なさすぎた。さっきまで大人しくしていたのが嘘のようだった。
仕方なく持ってきた玩具は投げる。気が向いたように外に行ったと思ったら、父が大事にしている木にぶら下がる。
そして俺はそれを見ることしかできない。
無茶苦茶だった。
その女の子が帰る頃には色々と精神的に限界だった。そして女の子は言う「また遊びにくるね。」と。
俺は最悪な気分になった。
たった1ヶ月の間にその女の子は何度もやってきた。その度に俺は振り回された。
父に相談したら「女の子はお転婆なほど可愛い。」と言われた。初めて俺は“父は馬鹿なのか”と思った。
今から考えるとそれは父とその女の子の両親の策略だったのだろう。いわゆる幼馴染、そして彼女こそ将来の俺の嫌いな許嫁だ。
俺は長い歴史を持つ有名な私立の小学校に通う事になった。これが最悪の始まりだった。
まず知り合いがクラスに3人いた。許嫁と父の知り合いの子供。俺の小学校生活は3人のご機嫌取りの生活だった。何か有れば間に挟まり、不機嫌になれば適切な言葉をかける。
思いやりがあるといえば簡単かもしれない。だけど裏には苦労が沢山あった。
5年生の時、俺はついに我慢の限界を超えた。
俺は家に帰って父に初めて
もう小学校に行きたくないと。
父は俺の話を初めてちゃんと聴いてくれた。俺は今までの不満が爆発した。
父は好きなようにしたらいいと言ってくれた。ただ小学校はそのままちゃんと行くように言われた。
俺は高校生の兄に相談した。そしたら広島を離れてごく普通の公立中学校に行けばいいと言われた。兄は何度もそうしようと思ったけれど、そのまま高校まで行ったらしい。
家の事情に振り回されない、ただの一人の人間として生きたい。
それが叶う唯一の方法だと兄に言われた。
俺は大阪に移り住み、保護者の代わりになるお手伝いさんと2人暮らしになった。
周りは誰も知らない人だった。俺以外全員どこか同じ小学校の同級生。一緒に入学した中学校だったけど、まるで転校生にでもなった気分だった。
だけど俺は最高の気分だった、誰にも気を使う必要はない。好きなように自由にできる生活。父の挨拶に付き合う必要もなく、面倒な幼馴染に気を使う必要はない。
ただみんなと自由に遊んで、ゲームをして、喧嘩をして、先生に怒られる。
世の中はこんなにも自由だった。何も考えない事がこんなにも素晴らしいものだとは思わなかった。
そして俺は初めて気になる女の子に出会った、それが優香だった。
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優香はあまり何かを言うタイブではなく、とても静かな女の子だった。
初めは幼馴染と正反対な性格だから気になったのだと思った。だけど、話してみるとそうではないと気付く。
優香は最初こそ静かな女の子だったけれど、話して行くとそうじゃなかった。優香はただ真っ直ぐな人だった。
何故かわからない。
だけど、声を聞くと可愛いと思えた。顔を見ると可愛いと思えた。一緒にいると心臓の音がうるさかった。少し手が触れると何か伝わってくるように感じた。
お手伝いさんに相談した。そしたらそれは恋だと教えてくれた。
俺は初めて優香が好きだと自覚した。それは初めての恋だった。他の女子も別に嫌いというわけではない。だけど自然と目線が優香に向いていた。
クラスのとある男女がカップルだと自慢した。その日からその二人はクラス全員に
それから誰も誰かに告白しなくなった。
絶対に優香の事が好きだと知られてはいけない。
だけどなるべく長く一緒に居たかった。
俺は優香が好きだったけれど勇気がなかった。
カップルだと疑われたけれど、俺も優香も「付き合っていない」と言った。
俺は少しそれを言うのが嫌だった。
もう行く高校が決まって卒業間際の日、俺が選んだ高校は優香が行く高校とは違うことを知った。このままでは中学卒業でお別れになることを悟った。
俺は中学校では何もいえなかった。
中学校を卒業した日、俺は遂に優香に告白をした。そして初めてキスをした。それから毎日優香と一緒にいるだけで幸せだった。
父には面倒を起こすなと言われていた。流石にもう家の立場も知っていたし、性的なそういう知識もあった。
友達の中には体目的に女の子と付き合う人もいた。
だけど俺は優香が本当に好きだった。だからこそ絶対に手を出さなかった。本当に優香を大事にしたいからだ。
俺はそんなある日、あの幼馴染が俺の許嫁である事を知らされた。俺は父に「好きな人がいる」と言えなかった。
俺は父が面倒を起こすなと言うもう一つの理由を知ってしまった。人生の中で一番嫌な理由だった。
俺は父の率を知った後も優香には手を出さなかった。だけど付き合って2年目のある日、優香から誘ってきた。
俺は好きな人からのアプローチに耐えられなかった。俺は大好きな人からの求めに興奮してしまった。我慢をしていただけに、そこからは俺から優香を求めた。だけど俺は敏感だったのか、ゴムが着けれずそのまま出してしまった。
俺は情けなかった。せっかく勇気を出してくれた優香に何も出来なかった。
だけど俺は優香の裸を知ってしまった。
その日の夜、俺の脳裏には優香の綺麗な肌が映って消えなかった。高校生になってからは一人暮らしだった。俺は耐えられず優香を想像して自慰行為をした。それがまた
俺は耐えれなかった。
俺はもうすぐやってくる自分の誕生日に
罪悪感が俺を襲った。
俺には許嫁がいるのに優香と付き合っている。
明らかな優香への裏切り。そしてそれを隠しての約束。明らかな体目的。優香には嫌われたくはない、だから俺は全部秘密にした。
優香と初めてが終わった時、俺はあまりの気持ち良さに優香の中に欲望を置いてきてしまった事に気付いた。
俺は慌てて優香に謝った。だけど優香はキスと愛を求めてきた。
その時俺は誓った。絶対に優香を不幸にはしないと。
俺は初めて自ら勉強した。バイトもあって忙しかったけれど、優香を不幸にはしたくない。
俺にとって優香を不幸にしない一番身近な方法は医者になることだった。
俺は父に言った「好きな人ができた」と。
父は最初は怒ったけれど、最後は納得してくれた。そして一つ条件を出された。
広島大学医学部に合格すること。
広島大学、それは父の出身校で兄の志望校でもあった。そこで俺はあれだけ努力してた兄が医学部に行けずに別の大学へ進学したことを知った。
兄は兄で俺に目指した大学に行けなかった事を言えなかったらしい。
俺は父からお金を借りて指輪を買った。本当はバイトで貯めたお金で買いたかったけれど、買える金額じゃなかった。
優香を繋ぎとめる指輪に
優香は不安そうにしていた。
もしかしたら俺が本気かどうかを見定めているのかもしれない。そう思うと俺も不安になった。
俺はあの思い出の時の広場で優香に医学部に行くと伝えた。優香はあまり元気がなさそうだったけれど俺の気持ちに応えてくれた。
そして俺は優香に絶対に手放さない約束をするためのデートプランを考え実行した。そして俺が知る最高に綺麗な場所で、指輪を渡して将来を約束した。
優香は俺との将来を受け入れてくれた。
広島大学医学部合格、絶対に失敗は許されない。
俺の一生と優香の一生を賭けた大勝負。
俺は朝の優香との時間以外全てを勉強に費やした。時々挫けそうになったけれど優香の声を聞くと絶対に成し遂げる気持ちが再び湧いた。
もうすぐ高校2年生が終わる、時間がない。そんなある日、父から電話がかかってきた。
許嫁問題が解決できなかったらしい、幼馴染が俺のこと好きだったと。
冗談ではない、絶対に嫌だ。そもそも何故俺の同意なく事が進んでいるんだ。
俺は直接断りの電話をした。幼馴染の親も俺に好きな人がいると聞くと仕方がないと言った。だけど俺が医学部を目指しているとわかると意見が一変した。
家とは関係なく、ただ一人の人間として見てくれた優香。それに対して嫌いな幼馴染と下心丸出しのその親。
そして幼馴染の親こそ、父の経営する病院の院長先生。
経営側と病院長が
医師免許も何もない俺はそれ以上強くは言えなかった。これほど悔しい事もなかった。
クリスマスイブ、優香に会うことになった時、俺は全てを話すつもりでいた。だけど何も話せなかった。
ただ叶わないかも知れない未来を語っただけ。
楽しかったけれど、家に帰ると後悔が残った。
そして今、目の前には家出をしてきた優香がいる。
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