第16話 家出
気がついたら朝になっていた。
部屋を見ると扉の前に本棚が横たわっている。
私はそれを見て昨日の出来事が夢じゃなかったのだと思った。
左手の薬指を見ると大切な指輪はちゃんと残っている。ベランダに通じる窓を見るけれど、流石に窓ガラスは割れていなかった。もしかしたら弟の部屋を通じてベランダから窓ガラスを割って入ってくるかと思ったけれどそこまではお父さんもしなかったみたい。
荒れた部屋をみて、私はどうしようか迷った。
それと同時に、ここにいるといつお母さんやお父さんに何をされるかわからない恐怖が私の心を蝕んだ。
家から出て行った方がいい。
確かなのはそれだけで、それ以外はなかった。
ベランダを開けて弟の部屋から脱出しようと思った。だけど弟は部屋にはいなかった。ベランダには鍵か掛けられて入ることはできない。
一瞬私は弟に電話しようと思ったけれど、もしかしたらお母さんと一緒にいたらと思ったら手が止まった。
私の目の前には倒された本棚。
これを片付けると、バリケードがなくなるけれど、ここから出るにはそれしかなかった。
本はたしかに集まれば重たいけれど、一冊一冊は軽い。むしろ重たい本棚を元位置に戻すのが大変だった。
無理しすぎて腰が痛くなった。
なんとか本を片付け、私は部屋からリビングをそっと覗き込む。電気が消されていて多分誰もいない。
私はゆっくりと扉を開けて自分の部屋をでた。
昨日の夜、結局何も食べてなかったので、お腹が減った。
キッチンに行って冷蔵庫を開ける。
恐らく昨日の残り物ものらしい料理がラップされて置かれている。多分昨日私が食べなかった分。
私は料理を適当に電子レンジに入れて温める。
そして温まった料理を持って自分の部屋に戻って、部屋の鍵を閉めた。
電子レンジで温め直しているとはいえ、お母さんの料理は相変わらず美味しい。
ご飯を食べていると、ガタンと玄関から音がする。
私は誰がお母さんが帰ってきたと思って体を強ばらせる。
「ただいま〜。あれ?誰もいない?」
弟の声だった。
これほど心臓に悪い音もそう沢山はない。
家中の扉を開けて誰かいないか確かめているようで、パッタンパッタンと扉の開け閉めする音が響く。
そして私の部屋もついでに開けようとしたのか、ガチャと私の部屋の扉も音がした。
「あ、お姉ちゃん居た。まだ鍵閉めてるの?もう父さんも母さんも家にいないのに。」
「ちょっと着替えてるの。」
別に着替えてるわけではない。それに普段着替える時に鍵も閉めていない。
私は思わず息をするように、どうでも良い嘘をついた。
「ふーん、あっそ。」
私と弟は別に仲が良いわけでなく、だからと言って仲が悪いわけでもない。
弟は私の返事に興味を失ったみたいで、そのまま部屋に帰ったみたいだ。壁を伝って弟がするゲーム音が聞こえてくる。
私はほっと一息を吐いて、家出の準備をする。
とにかくキャリーバックに詰め込めるだけの着替えを詰め込む。モバイルバッテリーだけは忘れたら不味いと思ってしっかりと先に入れた。
お母さんが帰ってきたらもう逃げれない、そう思うと私はとにかく逃げないとという危機感で頭がいっぱいになった。
もう守ると決めたお腹の中の子を見捨てる気はないし、高木くんから貰った指輪を手放す気もない。
私の大切なものを守るには、そうするしかない。
弱い私はもう選択肢は無かった。
私は家を出た。
最初は恐々しながらマンションのエレベーターを降り、お母さんと鉢合わせしないことを願ってマンションから出て行く。
どこに行くか決めていない。そもそもどこへ行くべきか、どうすればいいか分からない。
ただ思い付くままに、だけど明らかな危機的なものを感じて出てきた。
出てきたことに間違いはなかったけれど、どうすればいいか、出て行く前に考えるべきだったと私は後悔した。
私はどこに行っていいか決めもせず、駅に向かった。
そして乗った電車はいつも乗っていた大阪駅に向かう電車だった。
私は電車に乗ってから何故大阪駅に向かったのだろうかと自分自身の行動に疑問を持ちつつも、何故かいつも通りに大阪駅に着くと癖的に電車を降りた。
流石にこのままいつも通りにマーブル色の電車が出発する梅田駅へと行くと、本能的に全てを任せているような気がして嫌だった。私はいつもならホーム端の階段を降りて御堂筋口に向かうところをホームからエスカレーターで上がる連絡橋へと向かった。
連絡橋にある改札口を出てすぐに右に曲がる。人に流れに乗ってしまったところもあるけれど、なんとなく更にエスカレーターで上がったところにある、時の広場に行きたいと思ったから。
高木くんに会いたい....
どこかで思っていたのかな、私の奥底の気持ちがそこに向かわせたのかもしれない。
私は時の広場まで上がっていく長いエスカレーターに乗りながら考えていた。
時の広場、中学生の時告白のキスをしたところ。
私はゆっくりとキャリーバックを引っ張り、その思い出の場所にいく。
思い出の場所、見える景色もあの時のまま。
遠く果てまで続く線路、途中で2方向に分かれている。私は今高木くんと一緒に同じ線路に立てているのかな。
時の広場はあの時と同じように寒かった。
だけど私は何時間もそこにいた。
この先どうすればいいかわからない。
私はネットで“家出 女子高生”と調べた。
一つも良い情報はなかった。それどころか危なそうなニュースばかり。更に調べると意外と止めてくれると言う書き込みは多い。だけど全部結局は体目的の援交。
あの男に犯されかけた恐怖体験をした私にとって、それら全てがただの恐怖への入り口でしかなかった。
ただ空を見る。何も行動を起こせず、どうすれば一晩安全に過ごせるかわからない。
ガラスの天井の向こうに夜が見える。明るい場所から見るくらい景色。
今はこの駅の明るさが私を守っている。
だけどこの光が消えたなら、私に待っているのは闇だと言っているように感じた。
さらに時間が過ぎて行く。
もう時計針が何周したかわからない。
時計を見ると、ただ後20分足らずで家に帰れる電車が大阪駅を出て行く時間。
時計の針を見るたびに私の心に恐怖が満ちてくる。
家出するつもりで出てきた、だけどもう家に帰れないと言う恐怖。
心では既にもう帰りたいと思っている。だけど私の意識は帰ってはいけないと言っている。
周りを見渡す、私が知っている人は一人もいない。そう思っていたら...高木くんがいた。
私は慌てて高木くんに近づいた。だけど高木くんの横に私以外の女の子がいた。女の子は有名な女子校の制服を着ていた。
私は指輪を見る。
高木くんは私だけを見てくれてはなかった。
高木くんと女子校の女の子が手を繋いでいる後ろ姿を見るしかない私。
やっぱりお父さんのいい通り、私は指輪で買われただけなの?
気づいたら手が震えている。それが寒さから震えているのかどうかは最早わからなかった。
ただ私は目の前の光景に釘付けだった。
あの時の私とキスしたのは一体何だったの?
一緒に買い物した思い出も、スタバで同じカップを分け合った思い出も、一緒に夜景を見た思い出も。
何もかも全部崩れて行く。
手を繋いでるように見せかけて指を絡めあっている。まるでそう、お互いを愛するカップルのように。
そして肩を寄せ合って女子校制服をきた女の子が何かを高木くん語りかけている。
そして高木くんの肩に頭を乗せた。
高木くんは何一つ嫌がる様子がない。それどころか彼女の頭に身を寄せる。
そして高木くんはさらに手を女子校の女の子の肩に乗せて引き寄せた。
私は終電のことを忘れてただ私は二人の一つ一つの動きを見ていた。
二人が他人の目を
私は少し膨らんできたお腹に触った。
高木くんとの間にできたお腹の子は私の気持ちなんでどうでも良いかのように元気に私のお腹を蹴った。
私は何もできない。ただ幸せそうな2人の後ろで涙を流すだけ。
その時、私の持っているスマホのバイブ音が聞こえた。見ると高木くんからだった。
“元気?”
と一言だけ書かれていた。
私の目の前で他の女の子とイチャイチャしながら高木くんはそんなメッセージを私にLINEで送ってきた。
私は持っているスマホを地面に投げ付けたくなった。
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