第15話 親子
家に帰るとお母さんは台所で料理を作っていた。いつもなら私が帰ってきたら何か言ってくるけれど、今日ばかりは何の会話もない。
私は黙ってそのまま自分の部屋に引きこもった。
私は勝手な大人たちに嫌気が差していた。私も随分わがままだと思うけれど、周りはもっと酷い。
大人たちは私が大切にしたい命よりも世間体の方が大切みたい。
私はしばらく
私は何かして気を紛らしたかった。机にあったのは勉強道具だった。
私はこんな家、早く出て行きたいと心底思った。だからちゃんと生きて行けるように、もしもお腹の子が何かあっても支えられるように今のうちに勉強しようと思った。
勉強していると今の現実を忘れ、ちゃんと未来に繋がっているような気がした。
今のこの家では勉強している時間が一番ストレスがないくらいだ。
「...ちゃん....ぇちゃん。お姉ちゃん!!」
勉強していたら隣で弟が叫んでいた。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、呼んだからちゃんと返事してよ、お母さんが夕ご飯できたって言ってるよ。」
私は今お母さんに顔を合わせたくなかった。絶対に何か言われるに決まっている。
「今はいらないって言っといて。今勉強しているから。」
「わかった。」
弟はそのまま私の部屋を出て行く。
気がついたら結構勉強が進んでいる。
勉強したら気が紛れるって別の意味で本末転倒だなと私は思った。
しばらくして親友からのLINEを返していたらコンコンと部屋をノックされた。そして私の返事を待つことなく扉は開く。
入ってきたのはお父さんだった。
「優香、聞きたいことがある。今すぐリビングに来なさい。」
きっとお母さんが話したんだ。
静かに話すけれど、お父さんめっちゃ怒っている。
今絶対にリビングに行きたくない。
だけどこのまま行かなかったら絶対に私の部屋に入ってくる。
それはもっと嫌だ。
私は渋々カーディガンを着て、進まない足を無理矢理前に進めてリビングに向かう。
リビングに行くと、お父さんとお母さんが2人並んでテーブルに座っていた。弟はどうやら部屋に居るみたいで、ゲームの音が弟部屋の扉から漏れている。
「まずは座りなさい。」
お父さんは静かに言った。
私はお父さんの前の椅子に座る。
「お母さんから聞いた。まずは誰が相手か聞こうか。」
私は首を振った。
「なら、無理矢理されたのか?」
私は再び首を振る。
「それなら相手はわかるはずだろう?それともいろんな人とヤったのか?」
私は首を振る。
「なら相手は1人。別に無理矢理じゃない。それで合ってるか?」
私は頷いた。
「そうか。相手の名前はわかっているのか?援交したとかじゃないな?」
私は一瞬、あの梅田で掲示板の男に会ったのを思い出した。危なかったけど結局は未遂で終わっている。
「...援交じゃない。」
「それなら援交したことはあるのか?」
お父さんの鋭い質問にお母さんは息を飲んだ。
「...一回だけお金欲しさにやってみたことはある。だけど、怖くてヤられる前に途中で逃げた。」
お父さんは一瞬ものすごく嫌な顔をしたけれど、逃げたと言ったところでホッとした顔になる。お母さんも心を落ち着かせるためにか深呼吸をした。
「そうか、とりあえず犯罪に巻き込まれていなくて良かった。もう二度とするな、援交するくらいならお父さんはいくらでもお金は渡す。」
お父さんは本気で私を心配してくれていた。
「援交なんて...」
「母さん言うな、優香は分かってる。うちの娘は馬鹿な子じゃない。」
お母さんが何かヒステリックに言おうとしたところをお父さんは止めた。
「援交、いつしたか一応聞いていいか?これ以上怒る気はないけど、しっかりと状況は聞いときたい。」
「お父さんがお母さんにバックを買ってあげた次の日。」
「そんなにバックが欲しかったの?体を売ってまで!!」
「そんなわけないだろう、美香はバイトもしてる。バックのためにそんな馬鹿な事するわけないだろう。そうだろう、優香?」
私は頷いた。
「それなら何で援交なんてするのよ...。」
「一応聞くけど、その時には妊娠してるって知っていたんだな。」
私は頷いた。
「ならきっと中絶するためにお金が欲しかったんだろう。だけど逃げた結果、お金が手に入らずに中絶できなかった。違うか?」
「違う。お金はなんとかなった。」
「...やっぱり援交をやったのか?」
「やってない、病院の先生が後でお金は払えばいいって。ちゃんと綺麗なお金を持ってきなさいって言ってくれた。」
「そうか、良いお医者さんに当たったな。」
「....うん。」
お父さんは席を立つ。そして冷蔵庫から麦茶の入ったボトルとガラスコップを3つ持ってくる。
お父さんは持ってきた3つのガラスコップに麦茶を注ぎ、私とお母さんの前に一つずつ置くと、お父さんはゴクゴクと自分のグラスを空にした。
誰も喋らない無言の時間が過ぎていく。
聞こえるのは弟がやっているゲームの音と壁に掛けている時計のカチカチと鳴る秒針の音。
この無音の嫌な空気を破ったのはやっぱりお父さんだった。
「優香、中絶手術を受けたんだろう?ならなんで今も妊娠しているんだ。」
「...同意書がなかったからよ。保護者の同意書がないと中絶はできないわ。」
お母さんが横からそう言った。
「そうなのか?」
お父さんの
「まぁいい。同意書なんて適当に書いて判子を押せばできるからな。」
「私の判子、優香に貸してないわよ。」
「そんなの優香が持ってる銀行口座の判子を使えばいいし、それこそ珍しくない苗字なんだから百均で判子なんていくらでも売っている。医者に母さんの判子だって見分ける方法なんてない。」
私は表情に出さなかったけれど、そんな方法があったのかと思った。
「お金の問題は何とかなった。同意書もある。なら何故まだ妊娠してる? ....期限に間に合わなかったからか。」
「どういうこと?」
お母さんはお父さんに尋ねる。
「12周目を境に中絶費用が一気に高くなるからな。優香、安心しろ。中絶費用は父さん達が払う。そのかわりもう二度とこんなことがないようにしろ。そしてそんな無責任な奴とは今すぐ別れろ、いいな。」
「嫌だ。」
私は即座に答えた。高木くんと別れるなんてありえない。それに中絶する気もない。
「ダメだ、娘を孕ませておいて謝りにも来ない奴が娘の交際相手なんて絶対に許さん。」
「知らないのよ、私が妊娠していること。」
「なおさら別れろ。やることだけやって、そのまま何事もなく放置するなんて、ふざけるな。娘の体で遊んだ分、きっちり落とし前をつけてやる。」
「私の彼氏はそんな人じゃない!」
「そんなことあるか、その指輪もその彼氏からもらったものか?」
私はすぐに高木くんから貰った指輪隠した。
「貰ったものかと聞いてる!」
「そうです。」
お父さんの剣幕に私は思わず本当の事を言ってしまう。
お父さんが私から指輪を取り上げようとする。私は必死に逃げた。
「そんなものをもらうから騙されるんだ。いいか、優香はその指輪で体を買われたんだ。その指輪を渡しなさい。」
お父さんは立ち上がって、私を追いかける。私は絶対に捕まらないように逃げた。
捕まったら大切な指輪を絶対捨てられる。
私はなんとか自分の部屋に入って鍵を閉める。
「開けなさい、優香。その指輪を渡しなさい。」
「嫌っ。」
何度もガシャガシャとノブが回される。私はそれを必死に抑える。
「いい加減にしろ。今すぐ指輪を渡して、そんな彼氏とは別れなさい!」
「絶対にいや!!」
バンバンと何度も扉を叩かれる。何かガチャガチャ音がすると思ったら部屋の外から鍵を開けようとしていた。
私は扉の横に置いてあった本棚を力一杯手前に引き、そのまま扉の前に本棚を倒そうとした。本棚はゆっくりと私に向かって倒れてくる。私は慌ててその場を離れるけれど何冊かの本が頭に降ってきた。
本が頭や体に当たって激痛が走るが本棚の下敷きにはならなかった。
倒れた本棚は扉の前に無数の本の山を築き、そしてその本棚自身で完全に扉を封鎖した。
私はベットでずっと泣き続けた。
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