第14話 医師
産婦人科の待合室。
まるで喧嘩をした後のような顔になった私はなにも言えずにソファーに座るだけのお人形になっていた。
この騒ぎの原因になった妊婦さんは今度は噂はせず、じっとしている。だが目線は私。今度は母もターゲットになって目線が注がれている。
私はこの先で起きることが憂鬱で、これならあの女医さんの病院に素直に連れて行ったらよかった。
私は大きくため息を吐くと名前を呼ばれた。
「こんにちわ、今日はどうされたんで?」
診察室の椅子に座っていた医者はお年寄りのお爺ちゃん先生だった。
「実は娘の優香が妊娠しているみたいなので見てほしいです。」
「はい、わかりました...えとー何ヶ月くらいかな?お腹とか膨らんでる?」
「はい、ちょとだけですけど。」
「んー、なるほどね。ちょっとベットに寝転んで見せてくれる?」
一言も話していないのに物事が勝手に進んでいく。
私はお母さんに睨まれて渋々ベットの上に寝転んだ。
「うーん、これは結構経ってるね。お腹にエコー当ててみようか。」
そう言って医者は私のお腹にゼリー状の液体を塗る。そして超音波の機械を私の下腹部に当てた。
モニターにはもうちゃんと人間の形をした赤ちゃんがいる。女医さんの所で見たのとおんなじだ。
一緒にモニターを見ているお母さんは息を呑む。
「先生、大体どれくらいですか?」
「そうだね、多分4ヶ月半から5ヶ月半くらいかね」
お母さんは深呼吸してから医者に聞いた言った。
私の聞きたくなかった事を。
「中絶できますか?」
ああ、やっぱり。
そう言うよね
「まだ中絶できますよ。だけどするならなるべく早くした方が良いですね。年末年始が過ぎてからでどうでしょう?」
「お願いします。」
どんどん私の意思ではないところで決められていく。
お腹のゼリー状の液体を看護師さんが拭いてくれた。私はベットから起き上がる。
「私、中絶なんて絶対しない。このまま育てる。」
「優香、何を言ってるのよ。あなたまだ高校生でしょ、相手はあのこの前着てた男の子よね?今妊娠が高校にバレたらあなたもその子も高校を辞めることになるわよ。」
「なるわけない、それに私は誰にも言ってないから。別に私が高校辞めないといけないならやめる。だけどそれ以上は絶対に邪魔をさせない。」
「優香、今なら何もなかった事にして普通の高校生として卒業できるのよ、しかも今は冬休みだし。今処置すれば3学期から誰にもバレないで普通に高校に行けるのよ。」
「それでもダメ。私は絶対に中絶なんてしない。」
私とお母さんの言い合いに病院のお爺ちゃん先生はため息を吐いた。
「まだ22周まで時間がありますから、お二人で相談してきてください。」
私たち親娘は看護師さんに診察室を追い出された。
私はいち早く病院から出た。
お母さんはお金を払って病院から出てくる。
帰りのタクシーは私もお母さんも何も話さずに、まるで電車の中でたまたま隣同士だった人のような感じで何も話さなかった。
◇
お母さんは怒っていた。
気が付いたら誰の子かもわからない子供を娘が妊娠しているのだから当然だろう。
私はそれを分かっていて、それでもあの中絶を途中でやめた日から子供を守るとそう決めている。
だけどこのままだとお母さんに強制的に中絶されそうだ。私はどうにかしてそれを止めないといけない。
私は弱い、どうにかするにはどうしたらいいのだろう。このままではその内寝てる間に病院に連れていかれ、気がついたらお腹の子が居ませんでしたっていう事態になりかねない。
どうすればいいかわからなかった。だけど私はそう言うのに詳しそうな人を1人知っている。
私はリビングで頭を抱えているお母さんを横目に家を出ようとする。
「...どこへ行くの。待ちなさい。」
私はお母さんが止めるのを無視して家を出た。
私は電車に乗って大阪駅へ、そして何回も歩いた道を歩き、女医さんがいる病院に行った。病院はちょうど午前診療が終わって休憩中の時間だった。
一瞬入るのを
「どうしたの?」
「すいません、今日は別に診療とかじゃないのですけど。」
「いいわよ、お昼食べながらでもいい?」
...
私は今まさに堕胎されそうな状況にある事を説明する。
「なるほど、そう言うことね。大丈夫よ安心して。」
「え?」
「中絶は本人の同意が絶対に必要だから、手術に同意さえしなければ絶対に行われないわ。
それよりもそのお母さんと一緒に行った病院の方が問題だわ。もちろん法的には問題ないのだけれど、他の病院で受けちゃうと後で助成金を請求するのが面倒くさい事になるのよ。
...今こうやって色々お金がなくてもやってあげれるのは、端的に言うとあなたがその助成金を受けれるってわかってるからって所もあるの。
あなたの場合、私が気に入ってるからってこともあるんだけれどね。
私の病院ってね、型式だけ揃っていたらグレーでも中絶手術するから。だから両親にバレない間に中絶してしまおうって来る子が多いのよ。
本当は良くないのだけど、その女の子がそれ以上の不幸になる事を考えたらね。
私ね、あなたはそんな女の子の1人だと思っていたの。何があって妊娠したか分からないけど、自分の子供に責任が持てないから中絶する。今の日本では当たり前のこと。
特に10代の妊娠で中絶する機会があったら皆んな中絶。そしてそんな子に限って3年後か5年後くらいに不妊治療に来るのよ、しかも相手の男は同じ人。
私、命を救う仕事がしたくて医者になったのよ。それなのに今は命を奪う仕事をしてるの。もちろんそれで救われる命もあるけどね。
だから中絶手術中に中絶やめるってあなたが言った時、私はこのクリニックを開業してから今までで一番驚いたし、嬉しかったわ。
愛されながら死んでいく子ほど嫌なことはないからね。
医者も人間だから好き嫌いはあるのよ。仕事の中に感情を持ち込むことは絶対にないけれどね。
私はあなたみたいな人、結構好きよ。今いる患者の中で一番のお気に入りね。
ただ何が本当の優しさかはわからないけれど....」
女医さんは黄色いコーンスープをズズズと飲む。
「あー、ごめん。思わず愚痴を言ってしまったわ、長話に付き合わせてごめんね。えーっと確か中絶されそうって話よね?
さっきも言ったけど拒否してたら絶対に中絶手術なんてされないわ。本人の意思を尊重する、それが医師だから。
心配なら私がその病院に電話してあなたの意思をちゃんと伝えるわよ?その病院の名前とかってわかる?」
私には味方になってくれる人がいる。それを知るだけで私は嬉しくて涙が出た。
女医さんはすぐに電話をしてくれた。
女医さんは電話の途中で言葉を荒げていたけれど、なんとか伝えてくれたみたいだ。
「あなたの心配は当たったわね。30分くらい前に、あなたのお母さんから中絶手術の予約が入っていたみたいよ。親の意向が有れば何でもして良いと思ってるみたいだったから、もしも中絶したら保健局に訴えてやるって言ってやったわ。」
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