第12話 イブ

12月24日クリスマスイブ。

それは日本において恋人の日。


この日は毎年どこかに高木くんとどこかに出かけていたのだけれど、今年はお誘いがなかった。

ただLINEで「勉強が忙しくて行けない」と一言だけメッセージがきていた。


世間が完全にクリスマスムード。

お父さんとお母さんはどこかに出かけて行き、家には私と弟だけが残っている。


私は窓を開けて勉強机に向かっていた。お腹を隠すためには着ぐるみのように服を着ないといけない。だけど無意味にそんな格好をするのは明らかにおかしい。だから私は勉強するために頭を冷やして眠たくならないようにしていると言ったら、お母さんが喜んで、ご飯も部屋に持って来てくれるようになった。


きっかけは高木くんとは理由が違うけれど、高木くんの足を引っ張らないようにすると決めていた私は、いい機会だと思って今まで真面目にやってこなかった勉強をし始めた。


これが意外とはかどった。今まで勉強に集中できなかったけれど、自らの意志でやってみると意外とちゃんと集中できる。


体が少し重たいから動きたく無いと言う気持ちもあるけれど、それでも長い時間椅子に座ることができた。


「うん、いい感じ。」


教科書はわかりにくかったけれど、最近はいろんな動画があって授業をしている動画もネット上にあった。私が知らなかっただけで、世の中はちゃんと勉強できる環境が整っていたとこの時初めて知った。


朝から始めたクリスマスイブの勉強だけれど、気がつけば夕方になっていた。


「高木くん、何してるのかな。」


私は終業式が終わってから一度もあっていない忙しい高木くんを思っていた。


すると突然、電話がかかって来た。着信相手は高木くんだった。


『もしもし、優香?』

「もしもし高木くん?」

『今どこにいるの?』

「家にいるよ。」

『よかった。』

「どうしたの?」

『いや、優香がちょっと心配になって...』


明らかに心配と言う感じの声ではなかった。どちらかと言うと淋しいとか、一緒にいたいとかそう言う感じの声。何年も一緒にいるからわかる。高木くんはどうしても会いたくなったら何か言い訳をして電話をしてくる。


「ねぇ、勉強の調子はどう?」

『正直ダメダメ、みんな俺よりも上。医学部に行きたいって言ったら先生に笑われたよ。』

「そうなんだ。その先生変な人だね、高木くんは一生懸命頑張ってるのに。」

『そうなんだけれど、俺の周りはもっと努力してるんだ。それこそ中学生の頃からずっと勉強しててさ。俺、正直に言うと本当に医学部に行けるか不安になってきた。』

「高2から受験始めても医学部って難しいの?」

『うん、正直なめてた。もっと簡単に行けると思ってた。』

「そうなんだね。ならもっと頑張らないと。」

『どうだな、頑張るよ。...はぁ、優香に会いたいよ。』

「それなら会いに行こうか?」

『でももう夕方だし、これから自習しないといけないし。』

「なら一緒にご飯を食べに行こう。ケンタッキーに行きたいな。ねぇ、夕ご飯だけ?どう?」

『わかった夕ご飯だけ。一緒に食べよう。JR難波の広場で待ち合わせで。』

「はーい。」


多分高木くんは勉強が辛くなっているんだ。だから私は全力で気分転換させよう。


私はなるべくオシャレな服を探した。だけどこの前全部そう言う服は売ってしまっていた。


仕方がないので私は制服のスカートを折ってミニスカにし、少し制服のセーターと夏物のカーディガンでフワフワ感を出したコーディネートにする。


まだまだ服の上からはお腹が膨らんでいるのはわからない。


正直それほど可愛くはないけれど、それでも彼氏の前に出れない格好ではなかった。

私はシューズボックスからお母さんの厚底ブーツを借りて外に出た。


 ◇


「待った?」


私がJR難波駅前の広場に着く頃にはすでに高木くんはいた。


「大丈夫、待ってないよ。」


そう言っているけれど、高木くんが持っているコンビニのアイスコーヒーは液量が半分くらいになっていた。


駅前の広場ではダンスをやっている人たちが音楽を鳴らしてパフォーマンスをしたり、練習したりしている。


「なんかダンスってカッコいいね。」

「そう?たしかにに凄いとは思う。俺にはできないし。」

「私、ムーンウォークだけできるよ。」


私は昔動画を見て憧れて何度も練習したことがあった。ムーンウォークは意外と体重移動とつま先で支える力が有ればできる。

私は高木くんにムーンウォークを披露しようと思って頑張ったけれど、足首の可動域が必要なので今履いている厚底ブーツではうまく後ろ向きに歩いているようには見えない。


「できてないじゃん。」

「この靴だからできないだけで、スニーカーからできるから。今度ちゃんと見せるから。」

「わかった、わかった。」


完全に高木くんに馬鹿にされた。だけど居心地がいい。


「じゃ行こうか。」


高木くんはそう言ってJR難波駅から電車に乗った。


クリスマスといえばチキン、チキンといえばケンタッキー。

安直にケンタッキーに行きたいと言ったけれど、高木くんが向かった先はケンタッキーではなく、天王寺駅にあるMIOだった。


私はクリスマスでチキンを食べると言う目的を忘れて美味しそうなお店巡りをしていた。

流石にお肉系とお刺身系は前者は油っこさ、後者は生臭い匂いでNGだけれど、それ以外は案外なんでも行ける気分だった。


良さそうなお店を探していると、私は綺麗なオムライスが目に止まる。

私がしばらくそのお店の前で立ち止まっていると高木くんが「このお店にしようか。」と言ってお店に入ってしまった。


私は慌てて高木くんの後を追いかけた。

お店は明るい店内で若い人向けの印象なお店だった。

私たちのような年代の人も結構いる。


私と高木くんは同時に食べたオムライスを指差したら被った。それならと高木くんはちょっと別の私が迷っていたオムライスを指差す。


「一緒に半分ずつ食べよう。」


私は迷わず頷いた。


高木くんは今の勉強している範囲や、今どんなことに力を入れているから話した。


学校では今数Ⅱbをやっているけれど、高木くんは今数Ⅲcをやってるらしい。高木くんの受けようとしている大学は共通試験(センター試験)を受けないといけないらしく、しかも医学部だから満点を狙いに行かないとダメだそうだ。


「実は私もちょっと最近勉強してるの。私も医学部は無理でも高木くんと一緒の大学に行きたくて。」


それは私の今の目標。


「そうなんだ、優香が勉強か。俺教えようか?」

「ダメだよ。私は高木くんの邪魔だけはしたくない。」

「でも人に教えたら成績伸びるってこともあるし。」

「うーん、それならどうしてもわからなかったら、聞くかも。」


高木くんは少し嬉しそう。


「それで何で同じ大学?」

「私、高木くんと一緒の高校に行かなかったこと後悔してたから。今度は一緒の大学に行きたい。」

私が勉強する理由の全てではないけれど、これも勉強する理由。


「だけど俺が行こうとしている大学、国立大学だから結構難しいよ。」

「どこの大学?」

「広島大学。」

「なんで広島大学?」

「父さんの卒業した大学なんだ。だから一人暮らしするつもりだったんだ。絶対に俺を忘れて欲しくないし、誰にも取られたくないと思ったから、それで指輪を渡したんだ。」

「そっか、でもやっぱり一緒に行きたいな。もうあんな思いするのは嫌だから。」


私は正直に気持ちを伝えた。


「俺は優香と違う高校に行って後悔はしてないな。むしろ良かったと思ってる。」

「どうして?」

「だって多分高校も一緒だったら、あのまま中学生の時と同じようになって、結局はこんなふうにちゃんと付き合って思いを伝え合うなんて事はなかったと思うから。」


たしかに高木くんの言う通りだと思った。


「だけど俺も優香が同じ大学に入ってくれたらと嬉しいな。」

「だったら絶対に一緒に行こう、広島大学に。そして2人で大阪を離れて一緒に暮らそう。」

「それなら優香もちゃんと頑張らないとね。国立大学は結構ハードル高いよ。」

「えーー。」


私たちは将来の話や、大学に行ってどんなことをしたいか夢を語った。


夕食が終わると高木くんはまた勉強しに行った。高木くんは難波に、私はそのまま家の最寄駅へ向かう電車に乗った。


別れて電車に乗った後、高木くんからLINEが来た。

“大学受かったら一緒に部屋を見に行こうね。”


私は短い時間だったけれど久しぶりの高木くんとデートが嬉しかった。もう今年はイブも会えないと思っていただけに最高のクリスマスになった。


最高のクリスマスは夢の時間。

そして夢は覚めるもの。


家に帰った私はささやかな最高のクリスマスから一転、最悪のクリスマスを迎える事になる。

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