第10話 中絶
運命の日になった。今日私は病院に行かないといけない。
結局私はお金を集めることはできなかった。
お母さんにお小遣いを前借りしようと思ったけれど、「どうせバッグを買うんでしょ?」と言われ却下された。
高木くんにお金を借りようと思ったけれど、絶対に事情を聞かれる。高木くんに迷惑をかけることはできない。
どうしようもない。何ヶ月かバイトをすれば貯められる金額。それなのにそのお金が私の口座には入っていない。バイトでもらったお金は全部毎月使い切っていた。
私はそれを今とても後悔している。
それでも私は病院に行こうと思った。
私は夜にこっそり母の
朝、私はいつも通りに制服を着て家を出る。違うのは鞄の中に私服が入っていること。
昨日おろした大金5万円は売った財布の代わりのガマ口に入れた。
いつも通りに高木くんと一緒に電車に乗る。これから高木くんとの子供を殺しに行くことを高木くんは知らない。
いつも通りに大阪駅で高木くんと別れると、私はトイレに向かって制服から私服に着替えた。
保健室の先生に電話して、病院に行くために休むことを伝える。保健室の先生はそれだけで私がどうする気なのか察したのだろう。「これからはちゃんと考えなさい」と一言お小言を貰った。
晴れた冬の青空、地味な服で私は梅田の街中を歩く。目的地は病院、私のお腹の子供を殺す場所。ただ問題は5万円でちゃんと中絶手術が受けれるか。
病院に着くと、まだ待合室には誰もいなかった。
私はすぐに診察室に呼ばれる。
「おはようございます。」
「おはよう、待ってたわ。もしかしたらもう来ないかと思っていたのだけれど、ちゃんと来たわね。」
「はい。」
「それも本当にギリギリね。今日手術を受けないと。」
「分かっています。」
「そう、自分で決めてきたのね。」
「はい。」
女医さんは私の提出する書類を確認する。一瞬同意書を見て少し顔を
「じゃ、とりあえず手術の説明をするわね。」
「すいません、その前に私、お金まだ足りてません。」
「そう、でも手術受けるんでしょう?」
「はい、受けたいです。」
「なら後でちゃんと返しに来なさい。私の友人の教え子だからなってあげるから。ちゃんと真っ当なところでバイトして、真っ白なお金を頂戴ね。私、真っ黒なお金は受け取りたくないわよ。」
先生は淡々と中絶手術の説明をする。
ほとんどネットで調べてあった通りだった。
ただ女医さんの質問で喘息のことについて質問があった。
私は昔小さい時は喘息持ちだった。
それを女医さんに伝えると、女医さんは険しい表情をする。
「不味いわね、静脈麻酔が使えないわね。」
「静脈麻酔?」
「痛くないように意識を飛ばすための麻酔よ。でも喘息持ちの患者には使えないの。」
「でも私、喘息はもう治って。」
「ダメ。」
これで手術ができなかったら不味い。他の病院に行ってできるとこなんてない。それに同意書の判子をまた家に帰って押すなんて、そんな時間は無い上に、お母さんに見つかるかもしれない。
女医さんは少し考えごとをしたり、資料を確認したりする。
「正直痛いと思うけれど、局所麻酔だけで手術する?できるだけ痛み止めの薬とか入れるから。」
「...お願いします。」
「わかったわ。」
手術は今日の11時に決まった。ちょうど午前診療が終わった後だそうだ。手術は急にできるものではなくて、準備が必要な物らしい。
私は診察台に上り、中絶手術の前処置を受けた。赤ちゃんを取り出すために子宮口を開くために必要らしい。今から11時の間に膨らんで手術ができるようになるそうだ。
私は下腹部に痛みに耐えながら手術の時間である11時まで静かに待った。
お腹の子が最後の足掻きとばかりに暴れて私に吐き気が襲ってくる。何も食べていないので胃液ばかりが口から出てきた。
まるでお腹の子が必死に存在をアピールするように私を苦しめる。
私の様子を見ていた看護師さんがかなり心配そうにしていた。
黄色い胃酸が喉の奥から出てくる。
だけどこの苦しみも今日で終わり。
私が今日この病院を出る頃には私はもうこの苦しみからは解放される。
私にとってこの苦しみは逆に幸いだったかもしれない。トイレで悪阻と格闘している間、いろんなことを考えずに済んだ。
ただ耐える、それだけで時間は過ぎていく。
下腹の痛みはだんだんと強くなっていく。
それが着実と中絶の準備が行われている証拠だった。
ある程度落ち着いたところで私は一口お水を飲んだ。
どうやらお腹の子は諦めたみたいで大人しくなった。
気がつくと11時になっていた。私は名前を呼ばれて手術着に着替える。
そしていつもとは違う診察台とは別の場所に案内された場所は手術室。
私は手術台の上に乗るように言われて横になる。
足がガッチリと固定されて体も数箇所バンドで手術台に止められる。そしてお腹の上にカーテンみたいな仕切りが付けられて完全に私の下腹部よりも下は見えなくなった。
生理食塩水と書かれた輸液パックが吊るされて、私の腕の中に透明な輸液が流れていく。
「いい?一応体が動かないように固定したけれど、なるべく動かないようにしてね。もしも痛かったら必ず言うこと。痛み止めは沢山あるから。」
先生は私にエコーを当てていく。私が見れそうな位置のモニターは切られていて見えことができない。
「あの、私にも見せてください。」
「本気?絶対にやめた方がいいわよ。これから手術する人にいう言葉じゃ無いけど、まだ動いているところを見ることになるわよ。」
「大丈夫です。」
女医さんは看護師さんに合図をすると私の前のモニターを映してくれる。
これから刈り取られる命は、もうすでに頭から足までわかるようになっていた。そしてその命は私の中で動いている。
私はこれからこの子の命を奪う。
私は逃げずにこれから死んでいく小さな命に敬意を持ち、そしてこの子が死んだ後もずっと忘れずに居よう。
「ごめんね、また天国で会いましょう。」
私は手を縛られているので心に中で手を合わせた。
「ありがとうございました。もう大丈夫です。」
女医さんはなんとも言えない顔で私を見ていた。
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