第9話 援交

私の目の前に現れた男は少し老けた大人なお兄さんだった。恐らく30代半ばから40代前半くらい、少し髪の生え際が後退し始めているけれど、別にモテないような人では無さそうだった。


「こんにちは、お待たせ。待った?」

「いえ、大丈夫です。」


私は指輪を袖口に隠す。男はベンチから立とうとする私に手を差し出したけれど、私はその手を掴まずにたった。


これからの私がする出来事がわかっていたけれど、私はできるだけその男に触れたくなかった。

ただ話がなかった事にならないようにしっかりと顔に笑顔を貼り付ける。


男が何の前触れもなく、黒のストッキングの上から太腿ふとももを触ってきた。私は全身に鳥肌が立って半歩思わず逃げた。


男はそれだけで私が拒否している事がわかったのだろう。それ以上体触れてくることはなかった。


「ねぇ、今高校生?」

「はい。」

「その制服かわいいね。」

「ありがとうございます。」


なるべくちゃんとした会話をした方がいいとわかってはいたけれど、わたしには出来なかった。


「今までこうやって男の人にあったことはあるの?」

「いいえ、無いです。」

「もしかして初めてなの。」

「そうです。」

「嬉しいなぁ。もっと慣れてる子は手を握ってくれたりとかするからそうかもしれないと思っていたんだ。」


男は暗に手を握れと言っている。私は絶対に男の手を取りたくはなかったので無視した。


「ガード硬いね。もしかして彼氏とか居ちゃったりするの?」


いきなり突っ込んだ話に私は何も答えなかった。

だけれど男は私の表情から答えを読んでいる。


「そうか、ちなみにその彼氏とは長いの?」


一瞬高木くんの事が頭に浮かんだけれど、私はそれを急いて頭の中から消し去った。


「そっか、ならきっと初めては彼氏にあげちゃったんだね。処女じゃないのか。少し残念だな。」


隠すこともなくそういう事をいう男。完全に私の体だけが目的の男。多分何人も女の子を抱いてきたのだろう。それも私みたいなお金が目的な女の子を。


ヤってヤり捨てて、ヤってヤり捨てて。きっとそんなことをやり続けた人だ。


「ねえ、今まで彼氏とは何回したことあるの?」

「....1回。」

「いいねぇ、さては彼氏とエッチがうまく出来ずにムラムラしちゃった系かな。」


男は勝手に無いことで妄想を企てて、勝手に興奮していた。


なんて地獄な時間。


せめて黙ってホテルに連れてってくれればいいのに、一言一言男が声を出す度にその男がどれだけ最低なのかわかってしまう。


「彼氏の代わりに僕が満足するエッチをしてあげるよ。僕こう見えても女の子を喜ばせるのは得意なんだよ。」

「そうなんですね。.....楽しみです。」


もう嫌だ。帰りたい。ヤるならさっさとヤッてほしい。そして永遠にこの時間を記憶から抹消したい。


「ねぇ、今日お小遣い追加するからさ、動画撮ってもいい?僕、可愛い女の子が股を広げて僕の子種を垂らすのを見るのが1番好きなんだ。もしかしたら僕が孕ませたかもしれないって、そう思うとゾクゾクするんだ。」

「いやぁ....。」


私は思わず逃げようとした。そしたら男が大きな手で私の二の腕をガッチリと掴んだ。


ヤバい、犯される

そう思った。だけどよくよく考えると、今から犯されに行くことを私は思い出す。


「ごめんごめん。嘘だよ、撮らないか。軽い冗談だよ。」


嘘だ、絶対冗談では無い。この男は本気で撮ろうと思っていた。


「でも僕も高いお小遣いを出すんだから、ちゃんと僕からのプレゼント、体の奥で受け取ってね。それだけは絶対だよ。」

「...はい。」


私はガクガクと触れる手を必死に押さえて、にっこりと笑った。


男は明らかに手慣れていた。

言葉は全然違うけれど、多分見た目や振る舞いは娘に何かを買ってあげようとする若い父親のようだった。


すれ違う警備員も男を不審な人だとは思っていない。2人組の警察官だって全く男を警戒していない。


きっと男はホテルに向かっている。どこのホテルに行こうとしているのかはわからない。


いつ終わるかわからないカウントダウン、まるでその時間を引き伸ばそうとしているかのように男は私をカフェに誘う。


一刻も早く地獄を抜けたい私はそれを断る。


「ねぇ、一刻も早くエッチしたいの?僕積極的な子って好きだよ。いっぱいベットの上で愛を出してあげるからね。」


私は男が“好き”とか“愛”っていう度に物凄い気持ち悪さを感じた。


地下にある泉の広場を通り過ぎ、私と男は地上に上がった。そしてまたしばらく歩くと路地に入り“休憩3000円から”と書かれた看板が見えてきた。


一歩、また一歩と私はホテルに近づいていく。


心臓の音が五月蝿うるさい。

前回と違って今回は嫌な感じがする。


また一歩、私は前に進む。

男は今にもスキップしそうなテンションでホテルに向かっている。


また一歩、私は前に進む。

私は悪く無い。悪いのは世の中だ。


また一歩、私は前に進む。

本当は高木くんと来たかった。


また一歩、私は前に進む。

私は次の一歩で完全に心を閉ざそうと思った。


そして一歩....

私は心を無にした。


無にした心、何も感じない。

看板が迫る。

そして...


.

.

.


私の左薬指の指輪の小さなダイヤモンドが、看板を照らす光を反射して華麗に光った。


.

.

.


私はホテルの入り口、看板の前で足が止まった。

私の目の前には私を遠ざけるものは一つもない。


あるのは部屋の内装を紹介する無人の受付機とそれを選ぶ男の姿だけ。

黒い目隠しされた自動ドアは私反応して開いたままだった。


私はそのホテルの入り口で一歩も前に進めなくなった。


「どうしたの?早くおいでよ。一緒に部屋を決めよう。どこでも好きなところを選んでいいよ。」


男は嬉しそうにそう言った。


「私は....やっぱり無理です。」

「ちょっと、ここまで来ておいてなんだよ。」

「やっぱりダメなんです。」

「なんだよビッチ。いいから早くしろ。せっかく優しくしてあげようと思ったのに。」


男は私の手首ガッチリを掴む。

掴まれた手首がとても痛い。絶対に逃げられない。


「いやぁーー....」

「大人しくしてよ。無理矢理ヤろうとしているみたいに見えるじゃんか。」


私は掴まれた手首を振って必死に抵抗した。

だけど男は力が強い。私は引きずられるように無人の受付機の前に引っ張られる。


「ほらどの部屋もいいでしょ?大丈夫だよ、みんな最初は怖いんだよ。でもなれたら最高な気持ちになれるって言ってる子多いよ。」


そんな気持ちにはなりたく無い、絶対に嫌だ。

こんなことをするんじゃなかった。


「ほら5万円あげるよ、ちょっと1時間くらい我慢したらこれがもらえるんだよ。時給5万円だよ、これほど儲かる仕事なんて絶対にないよ。ただ僕と一緒に繋がればいいだけだよ。」


冗談じゃない、誰が一緒になるものか。

私の何一つ、あげるつもりはないし、売るつもりもない。


私は....


私は....


.

.

.


私は全部高木くんのものなんだから!!


「絶対に嫌だ、離して!!」


男が私の手首を掴んだまま、受付機のボタンを押す。押した部屋のライトが消えてカードが一枚出てくる。


「さて、301号室に行こう。エレベーターは直ぐそこだよ。こういう時便利だね。」


私は死に物狂いで暴れるけれど、男は手首を掴んだまま離さない。


「今まで何十人も相手してきたけれど君のような子は久しぶりだ。たっぷり可愛がってあげる。そして一生彼氏とできないくらい無茶苦茶にしてあげるよ。JK相手にこんなことできるなんて最高だね。」

「いやぁ...」

「君だってそのつもりだったんでしょう?だからゴム無し5万円なんて条件を吹っかけたんだから。

一回ヤればもう何も考える必要無くなるよ。一回覚悟決めたんでしょう?もう諦めなよ。」


チーンとエレベーターが一階にやってくる音がした。

私にはそれは正しく地獄行きのエレベーターがくる音だった。


扉がガラガラと開く。

するとエレベーターの中から凄く体格の良いダンディなお兄さんと、ミニスカートを履いたお姉さんがいかにも愛を確かめ合ったあとのような感じでエレベーターの中に立っていた。


私は叫んだ。


「お願い、助けて!!」


エレベーターに乗っていたお兄さんは床に引きられる私とその私の手首を力一杯掴む男を見て一瞬で状況を判断したのだろう。


ミニスカートのお姉さんの横にいたお兄さんは一瞬で顔が強張ったと思ったらそのまま拳が伸びていき、そのまま私の手首を掴む男の顔面を殴った。


「おい、すぐにその汚い手を離せ。」


殴られた男は既に私の手首を離していた。それほど強力なパンチだった。殴られた男はその少し見た目持てそうな顔が完全に潰され、鼻が曲がり大量の鼻血がでていた。


殴られた男は一瞬ドンと後ろに尻餅をついた後、さっきまでとは違った情けない声と共にホテルの外へと逃げていった。


「大丈夫?」

お姉さんは膝を折って私を立たせてくれた。


「ありがとうございます...。」

「お礼はあの人に言って、私は何もしてないわ。」


私は助けてくれたお兄さんに深々と頭を下げた。

お兄さんは少し照れながら「間に合ってよかった。」と言った。


2人は私を人が沢山いる繁華街まで送ってくれた。

別れ際、お姉さんが私の指輪を見て、耳元で「彼氏に諌めてもらいなさい」と言った。


2人は手を組み合いながらその場を離れていった。


私は高木くんとのことを思い出して、顔から煙が出そうになっていた。

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