第8話 値札

期限が迫っていた。女医さんが言っていたタイムリミットの12周目まで、もうほとんど時間がない。


どう考えても5万円という金額は絶対に届かない。


高木くんとのデートで買った服を私は涙をんで中古ショップに売った。

お気に入りだったバッグも、高木くんと一緒に選んだ財布も、プレゼントに貰ったイヤリングも売った。


それこそ、指輪以外のいろんなものを私はとにかく中古ショップに持っていた。

ちょっとでも価値がありそうなもの全て。


これだけ売れば5万円くらいは確実にできるだろう。価値がありそうなものはみんな思い出のものばかり。だけど背に腹は変えられない。

私にとって無くしたくない物だったけれど、私は割り切った。


指輪さえ有ればいいと...。

まさにこれが考えていた最終手段だった。


中古ショップの定員は私の思い出の品を鼻歌交じりに物色する。ひとつひとつの思い出に値札がついていく。

そのうちの一つには、今の状況になった原因になった運命の日に来た服もあった。ついた値段は500円。

お気に入りのバックは270円。

高木くんに貰ったイヤリングに関しては30円だった。


私にとって最高の思い出に値札が付けたれたみたいでとても嫌だった。


最後に店員が紙に買取金額を書いて買取合計額を知る。これだけ思い出をお金に変えても1万円がやっとだった。


「その指輪はどうされますか?」

店員は私の付けている指輪を指差したけれど、この指輪だけは絶対に出さなかった。

この指輪だけは値札なんて絶対に着けたくなかった。


家に帰り、なんとか自分の部屋まで辿り着くけれど部屋を一歩入った瞬間膝から力が抜けて座り込んで閉まった。


頼りにしていた思い出は5万円の価値さえなかった。これがあったから、今日までなんとかなると思ていた。


なんとかなるはずだった残り4万円が私に重くのしかかる。もうクローゼットの中にも、アクセサリー置き場にも、ベットの収納にも、私が持っているもので売れるものはなかった。


残ったのは高木くんと撮ったプリクラくらいだった。


“お金 急ぎ 女子高生”

スマホで検索して出てくるのは、バイトの紹介ばかり。どれも4万円には程遠い。

友達にお金を借りるという内容もあったけれど、それも無理。そんな迷惑はかけられない。


いろんな言葉で稼げる手段調べていると、指輪を見た親友が言っていた“援交”という言葉が頭の中に浮かんだ。


女子高生はエッチして3万円。ゴム無しで5万円。


私はもう妊娠しているからこれ以上妊娠することはない。あれだけ必要なお金がすぐそこにある。


私はいろんなブログを見た。どこを見ても5万円を下回ることはなかった。


スマホのフィルターリングに何度も引っかかるけれど、それでも調べたら調べるだけ情報は出てきた。


確実な手段、自分を捨てればなんとかなるかもしれない。

そう思った瞬間、喜んでいる私がいた。


スマホで調べていると、左薬指につけていた指輪のダイヤモンドが光った。私は高木くんを裏切ろうとしている。


私はこんなことを調べている自分に嫌気が刺した。

親友が教えてくれた指輪の意味を思い出す。


もしも援交に手を出したら、私が大切にしてきたものが全て崩れるような気がした。


幸せな思い出も、女としてのプライドも、高木くんへの想いも全てがぐずれて2度と立ち上がれないような気がした。


リビングに行くと、お母さんが新しいバックを買っていた。お父さんからのプレゼントだと言って喜んでいた。


対して高木くんとの思い出を売った私。

家族の親子でこれほど差があるのかと思った。


「ねぇ、お父さん。私にもバック買って。4万円くらいの。」

お父さんは少し悩むがお母さんが

「ダメよ。こういうバックは大人になって、好きな人と一緒に買いに行きなさい。優香にも好きな彼がいるのでしょう?」

お母さんはちらりと指輪を見た。私は慌て指輪を隠した。


ふふふと笑うお母さん、私に彼氏がいると知って感情昂かんじょうたかぶるお父さん。


私に相手は誰だと何度も聞くしつこいお父さんに少し嫌気がさした。


もしも今、私が今妊娠しているって知ったらお父さんは発狂するだろうな。


私は騒くお父さんを見てそう思った。


朝起きてスマホの日付を見る。

期限まであと今日を入れて2日しかない。


朝の電車は唯一高木くんと一緒にいられる時間。電車が揺れる度に私は高木くんに支えられる。もうバイトも、帰りに大阪駅で待ち合わせもしていない。土日のデートも何もない。今高木くんと一緒にいれる時間はこのラッシュの混み合った電車の中だけだった。


高木くんは最近ずっと重そうな手提げ鞄を持っている。高木くんが鞄を持つ肩を変える時に手提げ鞄の中をチラリと見た。

入っていたのは付箋だらけの分厚い本、それが受験のための参考書であることは明らかだった。


いつも別れる大阪駅。私は乗り換え先の電車がやってくる梅田駅へと向かう。


無数に並ぶ自動改札機、その奥には綺麗に塗装されたマーブル色の複数の電車。


私は上りエスカレーターの横にあるベンチに腰かげる。


私はスマホを出した。

そして昨日調べていたサイトを開き、誰でも書きこめる掲示板サイトを開いた。


今までないくらい手が震えている。指輪が目に入る度に心に鋭い棘が何本も何本も刺さっていく。


目から涙が出てきそうになるのを必死に我慢する。


たった数十文字、それだけのこと。

何を書けばいいのか、それは十分にわかっていた。


昨日の夜に何度も調べたこと、これをすればこの先どうなるかも全部知っている。

私がどのようになるか、どんな汚され方をするのか、今の私は知っている。


わかってやっている。

そして高木くんに対して最悪の裏切りであることも。


一回切り、一回だけ。絶対にバレない。本当に最初で最後の私の大きな大きな裏切り。


だけど私にはそれ以外の手段がもう思いつかなかった。唯一の救いは私は処女ではないこと、1番最初を1番大好きな人に渡せたこと。


今日、私は知らない人に汚される。2回目のエッチできっと私は知らない男の白いもので体の中と外、両方が汚される。


体の外は体を洗えば流れる。体の中に入ったものも、今の私には本来の意味はさない。


私は本当の意味で汚されない、私は必死にそう思い込むように、何度も何度も何度も何度も自分に言い聞かせた。


ただ最後にどうしても心残りがあった。


私は左薬指の指輪を外した。そしてそれを力いっぱい握った。

そしてそのままポケットに入れよう、そう思った時、私は高木くんが絶対に外さないでと言ったのを思い出す。


私はポケットに手を入れるけれど指輪は離せなかった。

結局私は指輪を元の左薬指にはめる。


私は指輪謝った。

「ごめんね。私高木くんを一回だけ裏切る。だけど一回だけでもう二度としない。だから許して。」


私は覚悟を決めた。


そしてその覚悟が鈍らないうちに掲示板へと書き込みをした。


“JK 梅田希望5万 ゴムなし”


早く知らない人から気持ちが悪いくらい早くメッセージが私宛に届いた。


私は私自身に値札をつけ、私という女は5万円という値段で売れた。それが私の今ある価値だった。

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