第7話 親友

幸せだった日曜日。

次の日の月曜日の朝、私を正気にさせたのは今の現実だった。


後1週間ちょっとで9万円を集め切らないといけない。今月のバイトの給料は4万円だった。


明らかに足りてない。残り5万円なんてどうすればいいんだろう。


今指にはめられている指輪を売ったら絶対足りるだろう。だけどその選択肢だけはないと最初に切った。


最終手段で高木くんにお願いしようと思ったけれど、こんな指輪を買った高木くんがお金を持っているはずがない。お父さんに借りたと言っても、多分全額借りたわけではない。


それならむしろ気を使わせるだけ無駄。勉強の邪魔だけは絶対にしたくない。


学校に着くと、私は寝るべく指輪が見えないようにした。寒いフリをして袖の中に手を入れる。それだけで指輪は見えない。


別にアクセサリーに五月蝿い学校ではないけれど、こんな指輪を左薬指にしていて、意味のわからない高校生なんていない。


クラスにはカップルが何人かいるけれど、こんな立派な指輪を左薬指につけている女子なんていない。


しかも私は高木くんのことをたった1人の親友以外に話していないので誰も私に彼氏がいるなんて知らない。むしろフリーだと思われている。


たしかにこれほど強力な男避けはないと思った。


だけど高木くん、ちょっと強力すぎるよぅ。


私の親友はめざとく私の指輪に気付いた。

目を丸くしていたけれど私が右の人差し指を立てて唇に当てたら何も言わずにいてくれた。


ただお昼休みになった瞬間、そのまま何も言わずに手首を掴まれ、校舎裏に連れてこられた。


「ちょっと、それどうしたん?」

「彼氏にもらった。」

「それ、婚約指輪よね。しかもピンクダイヤモンドが2つ。一体これいくらするか知ってる?まさか本当は彼氏とかじゃなくて、援交とかで貰ったわけじゃないわよね?」

「ないない、絶対ない。ありえないでしょ?」

「たしかに...そうね。一回ヤッただけであれだけ慌てる人がそんなことするわけないわよね。」

「...そうだよ、普通に考えてありえないよ。」


親友はマジマジと私の左薬指はめられて指輪を見る。


「これすごいわね。ピンクダイヤモンドまで入ってるわ。」

「私も初めて見た時、びっくりした。これって高いんでしょ?」

「まぁたしかに高いわね。でも多分あなたの彼氏さん、ただ値段が高いからそれを選んだわけじゃないと思うわよ。」

「え?」

「ただ値段が高くて見栄えが良いものが良いなら、もっと大きなダイヤモンドとかそういうのを選べば良いから。多分あなたの彼氏さんは石の意味をわかって選んでるわ。


真ん中のダイヤモンド。その石の意味はその高度から“何よりも強い”と言う意味を持っているわ。恋愛にいては“強い絆”と言う意味ね。


そして両側のピンクダイヤモンドは“最終的”と言う意味があって、恋愛に於いては“あなた以外にはいない”ってところね。それが2つあると言うことは多分その彼氏さんがこの指輪に込めた思いは“2人一緒に永遠に強い絆で結ばれましょう”ってところね。


あなたの彼氏ってなかなかロマンチックな人だけど、とても愛が重いわね。」


私は親友の言葉に何を返したらいいのかわからなかった。


私は親友と食堂に行った。いろんな匂いが混じっていたけれど、体調が悪くて朝ご飯を食べていなかったことが幸いして素うどんくらいは食べれるような気がした。


親友は私が買ってきた格安の品を見て、ため息をついた。

「そんな凄いものを身に付けている人がそんな安いものを食べてるのを見ると、私が物凄い贅沢をしている気分になるわね。」


これしか食べれなかったのだけれども、その事情を知らない親友は少し不機嫌そうだった。

親友とは裏腹に、私はちゃんと食べられる喜びを味わっていた。


 ◇


どうにかお昼ご飯は食べれたけれど、そのあとの体調は最悪だった。


こんな時に限ってお昼終わりの5時間が体育。そして今日に限ってやることは男女混合のランニングだった。私は何も迷わずに担当の女性体育教師に見学を申しでたのだけれど「そんな毎回毎回生理なわけないでしょう?ちゃんとサボらず走りなさい。」と言われてしまった。


私は何も言えずに列に戻った。


ただでさえ冷えるのに、長袖を脱ぐように言われる。ピッピと先生が笛を吹き、それに合わせて走る。だけれど最悪の体調がそれを許してはくれない。


50mくらいで走れなくなり、どんどん後ろから抜かされていく。

みんなはそのまま裏門を出て学校の外周へとむかっていった。

私は体に鞭を打って走ろうとするけれど、準備運動に加えて50m走ったせいで息が上がって気分が悪くなり、歩くのが精一杯になった。


なんとか裏門まで行くと、さっきまでグラウンドを走っていた男子たちが裏門に向かって走ってくる。トップを走る男子担当の体育教師が「おい、運動部だろ。しっかりと走れ。」とすれ違い様に言うけれど、もはやそんな言葉でどうにかできる状態を超えていた。


外回りを一瞬して先生が周回をやめたのだろう。後ろから運動部の女子が私を抜き、男子がそれを追う。そして男女バラバラにどんどん抜かされて、私は完全に周回遅れになった。


さっき運動前にうどんを食べたのがまずかった。まだ胃の中に何もないなら、この最悪の吐き気にも耐えれた。だけど胃の中に何か入った状態でこうなると、もう我慢が限界に近づいていた。


「大丈夫か?」

一瞬回って私に追いついた親友が、容姿がおかしい私に気づいた。


私は心配させまいと「大丈夫」と返そうとした瞬間、強烈な吐き気が襲ってきて路地の溝にさっき食べたうどんを戻してしまった。


頭の中がぐるぐる周りような、地球の重力が狂ったような感覚が私を襲い、その吐く体制すらできずに私は倒れた。


意識ははっきりしているのに周りが暗い。

親友の叫び声が耳に残り、周りの人が騒ぎ立てる声がする。

「大丈夫か!!」

耳元で男の人の大きな声がする。多分男子担当の体育教師だと思う。体をポンポンと叩かれて、揺さぶられる。

そしたらすぐにあれだけ重い体がスッと持ち上げられた。

私はなんとか薄らとまぶたを持ち上げる。


「先生...」

「大丈夫だ。今すぐ保健室に連れて行ってやる。とりあえず保険の先生に診てもらおう。」


先生は必死の形相だった。

40代の先生が私を抱えて必死に保健室に向かって走っている。


私はその腕に体を預けることしか出来なかった。


.

.

.


気がつくと、私はネットに寝かされていた。

カーテンで区切られて、保険の先生が他の生徒と何か話をしている。


保険の先生の話し相手は女子生徒だと言うのはわかるのだけれど、会話の内容まではわからない。


ベットサイドを見ると、たたまれた制服と鞄、そして制服の上に小さな置き手紙。


手紙はハートマークが所々に散りばめられた可愛らしい便箋で、便箋の中央に丸文字で“貸し一つ”とだけ書かれていた。


それだけで私はこの手紙の主が親友であったわかった。私の知り合いで、こんなことをする人なんて1人しかいない。


とりあえず制服があるのでそれに着替えようとしたら、ガラガラと保健室の扉が開く音がし、そしてすぐに扉が閉まるドンという音が聞こえる。


私は思わずその音に身構えると、シャッと音がして私を隠していたカーテンが開けられた。


「あなた起きてたのね。」

「はい。」

「まずはそうね...」


保健の先生は思いっきり私の左頬をビンタした。

まるで洋映画のようなパーン物凄いいい音が響き、そしてしばらくすると左頬が熱を持つ。


「あなた今の自分の身体のことちゃんと分かってる?もう2度とあんな真似はしないこと。断れないなら私を頼りなさい。絶対になんとかするわ。


それから、守ってあげれなくてごめんね。ちゃんと体育は見学させるように体育の先生に私から告げるべきだったわ。」


先生は私の顔を抱え込むように抱きしめてくれた。


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