第6話 告白

私は何をしているのだろう。


電車に乗る、学校に行く、バイトをする、家に帰る。

土日に高木くんと一緒に道頓堀に行くけれど、楽しくはなかった。ただ高木くんの前で幸せだという演技をする。

体を動かすのが辛い、デートが辛い、できればじーっとしときたい。同じ動くなら少しでも働きたい。


高木くんは私が元気がないことに気付いている。気を使ってか、私の大好きなお店のクレープを買ってきてくれた。

私はお礼を言ってクレープを食べたけれど、クレープのクリームがダメだった。


何も顔色を変えずにトイレに行く。


便器に吐いた高木くんが奢ってくれたクレープ。

私は自分が吐き出したクレープの残骸を見て虚しくなった。


月曜日、お花屋さんは休み。高木くんと一緒に思い出の時の広場に行った。


「俺、医学部に行こうと思う。だからバイトを辞めようと思う。」


大きな透明な屋根の下。高木くんはそう言った。


「俺、優香とずっと一緒にいたいんだ。昨日優香何か不安そうな顔をしてた。今の俺は情けないし、優香を幸せにできる何かを持っているわけじゃない。だから俺は優香を幸せにできるように、将来優香が不安にならないように、俺は医者になりたい。」


私は別に将来が不安というわけではなかった。別にお金持ちじゃなくていい。ただずっと高木くんと一緒にいたい、それだけだった。

だけど高木くんは違った。将来を考えてくれていた。

私の不安は今にあった。果たして9万円を集められるのか、それだけだった。


私は妊娠していることを高木くんに伝えようかと思った。実は不安なのは今であって、未来ではない。


3回くらい口に出かかって結局言った言葉は

「頑張って高木くん、応援しているから。私も高木くんき見合うような人になるから。」

だった。


私は医学部に行こうとする高木くんの足を引っ張ることは出来なかった。



火曜日から金曜日、また同じ日々が続いた。高木くんがやめると聞いたオーナーは少しホッとした顔をしていた。高木くんはオーナーと相談して今週で辞めることになった。


土日、いつも通りデートをする。いつもなら私は何か服やアクセサリーを見たりするのだけれど、とてもそんな気分なれなかった。

ただ今度は高木くんに絶対に気を使わせないように頑張った。来週から塾に行くからデートに行けないと言われたからだ。


私は2人だけの場所に行きたいと言った。それが1番お金が掛からなくて、1番の思い出になる。そう思った。


高木くんはバイクを走らせる。ついた場所は天保山だった。

まず最初向かったのは海遊館。急に走り出したかと思ったら、チケットを買っていてくれた。


嬉しそうにチケットを一枚くれた。私は慌てて財布を開こうとしたら止められた。


「今日は俺が出す。別にお金を出したって男らしいってわけじゃないけど、今はちょっとでカッコつけたいから。」


私はお金を出さずに済んでホッとした。

そしてそう考えてしまった私の心にチクリと何かが刺さった。


ジンベイザメは大きかった。

高木くんが色々と豆知識を教えてくれた。私は退屈しなかった。気がつくと悪阻のことも忘れるくらい夢中になった。


「楽しかった?」

水族館を出ると高木くんは私に微笑みかける。


「楽しかった、またここに来たい。」

「よかった、喜んでくれて。実は海遊館には一回一緒に行こうと思っていたんだ。」

「そうなの?」

「そうだよ。実は優香に絶対楽しんでほしくて、水族館こと、色々勉強したんだ。」


 ◇


日が暮れると高木くんと大観覧車に向かった。

ここも高木くんは出してくれた。


私たちはゆっくりと進む観覧車の籠に乗り込む。


高木くんは最初は対面に座っていたけれど、ある程度高いところになると私の横に座った。


「実は話したことがあるんだ。先週、俺医学部にいくって話したの覚えている?」

「....うん。」

「俺、明日からから一緒に居れないって話したのは?」

「覚えてる。」


高木くんはスーッと大きく息を吸い込んで、は〜、と長く息を吐いた。


「俺はずっと一緒にいたい、大人になってもずっと一緒にいたい。結婚して大きな家を買って一生一緒に幸せになりたい。だけど、俺は不安なんだ。

俺が一緒に居られなくなったら優香がどこかに行ってしまうかもしれないって。」


高木は胸ポケットから一つの高級そうな紫色の小さなケースを取り出した。

ゆっくりと高木くんはケースを開くと、小さなダイヤモンドが埋められた指輪が入っていた。


「正直に言う。お金は親父に借りて買った。どうしても繋ぎ止めたい人がいるって言って親父に頭を下げた。

多分こんな指輪なんて重たいと思う。だけど、それくらい優香を離したくないんだ。

...もしも将来俺と結婚してくれるなら、男避けにこの指輪を受け取ってほしい。」


それは明らかに私にとって分不相応な婚約指輪だった。3つのダイヤモンド、そのうち2つは薄らとピンク色をしている。


一体この指輪いくらするのだろうか、明らかにそれは高校生、いや学生がつけるものではなく、それこそ社会人の大人が覚悟をして買うような指輪。


「...やっぱりダメか。」

「いや、違うの。ただあまりにも高そうな指輪だったから。」

「それじゃ...」

「もらうよ。返してって言っても絶対に返さないからね。」

「...よかった。」


高木くんはそっと指輪を取り出し、私の左薬指につけてくれた。


「絶対この指輪外さないでね。お風呂入る時も寝てる時も、もちろん高校に行く時も。」

「でも壊れたら...」

「別に壊れてもいい。だから外さないで。」

「...わかったずっと付けることにする。」

「約束だよ。」


高木くんがずっと肩を寄せてくれる。ただ優しく、そして私を守るように。

これほど幸せなことがあっただろうか。素直にそう思えた。


観覧車が天辺に登り、私は高木くんととても濃厚なキスをした。今までで1番エッチなキスだった。


だけど幸せはずっとはずっとは続かなかった。急に観覧車が揺れて籠がグイグイと揺さぶられる。さらに観覧車が止まった。突風でしばらく運転を中断すると放送があった。


体がシェイクされてただでさえ酔いやすい体なのに気分が悪くなる。私のお腹の子がまるで私たちだけ幸せなのを妬むように私を苦しめる。


「ごめん、高木くん。私酔った。」


高木くんは慌てて観覧車に乗る前に買ったドリンクをコンビニの袋から出して私にくれた。


こんなロマンチックな時にコンビニ袋にゲロを吐く私。私は吐きながら、必死に心の中で高木くんに謝った。


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