第3話 現実
保険の先生に妊娠検査薬の結果を見せると、先生は驚いた表情をした。
「全然大丈夫じゃない、ちゃんと見なさい。」
先生に言われてもう一度妊娠検査薬を見ると、濃い赤い線が2本出てきていた。
「先生、これは?」
「妊娠してるってことよ。あなたが女子高生じゃなければおめでとうっていうのだけれど。」
私は全身の毛が逆立った。そして背中に嫌な汗が、そして全身が強張る。
ちゃんとあの後生理はあった。たしかに今回はちょっと遅いと思うけれど、1か月ちょっとくらい無いことはよくあったこと。
突然お腹の中に新しい命がいると知った時、私はどうすればいいか全くわからなかった。
「いい?今から聞くことに正直に答えるのよ。今から聞くことはとても大切なことで、あなたの命に関わることなの。聞いたこちはあなたのお母さんにも、学校にも誰にも言わないことを誓うわ。」
保健室の先生は静かに椅子に座る。私もそれに合わせて椅子に座った。強張って力が抜けそうになっていた足が今度は震えている。
「まず、覚えている範囲でいいから最後の生理が始まったのはいつ?」
それははっきりと覚えている。高木くんの誕生日の2週間後。心配していた高木くんにいち早く電話した日。
「その前は?」
はっきりと覚えてはいないけれど、高木くんの誕生日の4日前に終わった。ただあの時は長く続いてちゃんと間に合うかドキドキしていた。結局1週間くらい続いた。つまり高木くんの誕生日の11日前。
先生は私の答えをメモする。
「次に、心当たりがある日は?」
それは忘れるはずがない、高木くんの誕生日。
私が答えると先生はカレンダーを見て日数を数える。
「ドンピシャね。多分6週目か7週目くらいかな。」
先生はカレンダーを見せてくれる。
「今更ちゃんと教えても遅いのだけれど、生理が始まって大体2週間前後、高校生だともっとずれるけれど、大体それくらいで排卵日があるの。それがどんは日かはわかるよね。」
私は頷く。
「精子はわかるわよね。大体精子は3日くらいは子宮の中で生き残る。それが排卵日と重なると、後は大体わかるわね。」
「でも私、あの後ちゃんと生理きました。」
「聞いたわ。でもその生理、短かったんじゃない?それにいつもよりも量が少なかったり。」
そういえば、憂鬱な1週間が始まると思っていたけれど、思ったよりも早く終わってよかったと思っていた。
「着床してしばらくしたら出血することがあるのよ。ちょうど次の生理くらいに。」
「そんなの妊娠したかしてないかわからないじゃないですか。」
「だからちゃんと保健の授業でコンドームの使い方とか、もしも避妊が失敗した時の話とか、わざわざ授業で話すのよ。...あの時全員に配ったコンドーム、全部私持ちだったんだから。」
先生は「はぁ...」とため息を吐いた。
「いい?今あなたは命を賭けていることを自覚しなさい。日本で妊婦さんが死ぬことはほとんどないけれど、それは日本の医療が進歩しているだけで、妊娠は女の戦争と言われるくらい危険なことなの。人間の体は今も昔も同じだから、その危険度は変わらないわ。今からあなたを適当に理由をつけて早退させるから絶対に今日中に病院に行きなさい。この際、お腹の子については後回しでいいわ。6週目なら正常妊娠かどうかはわかるから、ちゃんと見てもらうのよ。」
私は頷くが、正直気持ちはそれどころではなかった。
「いい?はっきり言うわよ。もしも危険な妊娠だったら、あなた死ぬわよ。産むか産まないかなんて関係ない、お腹で大量出血を起こしてそのまま気がついたらお墓の下。今は何も考えなくてもいいわ、この際だから今は両親のことも考えなくていい。お金が足りないなら私の携帯に電話すれば行く。だから絶対に行きなさい。どうしても行かないって言うなら、今から私が車で連れて行くわよ。」
滅多に怒らない保健室の先生が怖い顔でそう言った。私は何も言わずに素直に頷いた。
私は早退した。理由を担任に聞かれたが、体調不良だといわば何も言わずに返してくれた。
私は電車に乗った。電車の中は人があまり乗っていないので、普通に座ることができた。
電車に乗るまでは歩いたりしていたので何も考えずに済んだ。だけど電車に乗ると止めていた思考が一気に息を吹き返した。
なんで今妊娠したのか、どうすればいいのか。お母さんは妊娠してるってきたらどうなるだろうか、お父さんは...。
何よりも....
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高木くんにはなんていえばいいんだろう。
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私は何度も高木くんのLINEのトーク画面で“妊娠した”と書いては消した。
◇
いつもなら高木くんと一緒に待ち合わせする大阪駅。
思わず高木くんを探してキョロキョロしたけれど、それらしい人影はいない。私は久しぶりに一人でJRに乗る。何駅か通過して最寄りの駅に着くと、いつも高木くんと別れる路地を通り過ぎて、私の家に着く。
鍵を開けてゆっくり家に入る。誰も家にいなかった。私はそのまま急いで自分の部屋に戻って制服を脱ぎ私服に着替えた。
そしてスマホと財布だけ鞄に詰めてそのまま鍵を閉めて家を出る。
私はそのまま先生に言われる通りに産婦人科に行こうとした。だけどお母さんもよく行っていた近所の産婦人科だ。
もしもお母さんに私のことが伝わったらどうしよう。そう思うと一気に足が遠のいた。私はどうしたらいいのかわからなくなった。
私は途方に暮れて近くの公園に行った。
まだ昼も過ぎていないからか、近所の小さな子供たちが遊んでいる。
お母さんたちも楽しそうにおしゃべりをして、その横にはベビーカーに入れられた小さな赤ちゃんがいた。
私は思わずおへその下を触った。
もしかしたら、私の中にあの子みたいな子がいるかもしれない。
もしかしたら、この子は高木くんとの子供かもしれない。
もしかしたら、私はこの子を殺すかもしれない。
妊娠って何だろう....
気がつくと私の視界は涙で歪んでいた。
「ねぇ、なんでお姉ちゃん泣いてるの?」
多分3歳くらいの男の子が私の服を引っ張って聞いてくる。
私は何を考えているにだろう。
私は男の子に何も言わずベンチを立ち、公園を離れた。
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