第2話 遅刻
少し生臭い牛乳の味に、私は慌てて消費期限を確認した。特段古い牛乳というわけでもなく、むしろ新めの牛乳だった。
私はそんな日もあるのかなと思ってそのまま牛乳を飲んだ。
お父さんは今日は出張でいないので、母さんは寝室から出てこなかった。
私は自分の部屋に戻って軽く髪の毛を溶かし、髪が痛まないように低温でゆっくり髪を伸ばす。
私は元々癖毛があまりないストレートなので、髪にアイロンをあてなくてもそれなりに格好はつくのだけれど、アイロンを当てた方が髪の毛のツヤが2割増しくらいようなる気がするので、しっかりと当てている。
そして先生にわからない程度のファンデを薄く塗って唇には紅ではなくリップクリームを塗る。
本当は少し締め付けが強いのであまり好きではないのだけれど、高木くんが心配症なので、私は肌が見えない黒色のストックに足を通す。スカートは折らずに長め、冬服に衣替えになっているのでブレザーを着る。
手にしっかりとハンドクリームを塗り込み、忘れずに鞄にしまった後、思い出したかのようにUVカットクリームを塗った。
そして首元と手首に軽く柑橘系の自然な香りがする香水を振る。高木くんのお気に入りの匂いだ。
これでパーフェクト優香の出来上がりだ。
これが私の朝の日課、そして学校にいく。そしていつもの路地で高木くんと手を繋ぎ、電車の中では高木くんにラッシュの人混みから守ってもらう。
高木くんにひっつくと、真っ赤な顔の高木が遠慮がちに手を回してくれるけれど、恥ずかしいのか抱きしめてくれることはない。だから私はいつも電車が必ず揺れるところでわざと高木くんに抱きつく。
スーッと高木くんの匂いが鼻の中に入ってくる。多分いつも使っているという少し高めの柔軟剤の匂いと汗臭い匂い。
なんとなくその匂いに安心感を覚えたら大阪駅で別れる。
ここからは乗る電車が違うので1人。
さっきとは違う少し年取ったサラリーマンとおばさん独特のきつい香水の刺激臭が漂ってくる。
隣の車両には同じ制服の子がたくさんいるけれど、そちらに行くと色々と話しかけられるので嫌、女性専用車に行くと、女子高生ではなく香水が濃いめのおばさんが多いからダメ。
きつい香水の匂いが苦手な私はこの時間帯は女性専用車は使えない。
特に今日は少し寝不足か、あの香水の匂いを感じると吐きそうになりそうなので絶対に近づきたくなかった。
扉が開き、新たなお客さんが満員電車さらに入ってくる。
その時、私の横にきつい匂いの香水をつけたお姉さんが近づく。
私は途端に吐き気がして、瞬間的にその場から離れたくなって電車から飛び出した。
私は込み上げる吐き気を我慢しながら自動販売機まで歩き、どうにか胃に優しそうなスポーツドリンクを買ってベンチに座った。
「学校どうしよう。」
このまままたあの満員電車に乗れる気がしなかった。私はベンチで途方に暮れた。
電車の中は満員でも、駅のホームはそれほど人は多くない。通過する電車は突風を起こすけれど、同時に匂いがついていない新鮮な空気をもってきてくれる。
2時間もすると、満員の電車は段々と乗せる人数が減り、席に座れるくらいの人しか乗っていなかった。
私は電車に乗って、誰も歩いていない通学路を歩いて学校に向かった。
校門に入ると、先生が私を睨みつけた。
遅刻防止強化週間という謎のイベント中らしく、私は後で呼び出しを受けるらしい。そんな無意味なイベントやめればいいのに。
昼休み、呼び出されて職員室に行くと担任が待っていた。少し年季の入った女性のベテラン先生で、あまり生徒からは人気がない。それどころか厳しいので敬遠されている。
私は体調不良で遅刻したと言ったけれど、あまり信じてくれなかった。多分私でも信じないだろう。担任が呆れて事務的に反省文の用紙を渡してくれるが、その時に私の苦手な香水の匂いが漂ってきた。
私は反射的に顔を背けた。
担任は「どうしたの?」と言ってくれるが、私はそれどころかではなかった。
「匂いがダメ」と思わず正直に言ってしまったのがダメだったのだろう。
担任はそこらへんに敏感だったようで大変興奮してしまった。
「そんな失礼なことを言ってはいけません」と
職員室に響く大きな声で叫ぶが、その度に漂う香水の匂いに私は顔を背けた。
「こっちを向きなさい。」
そう言って担任が私の顔を手のひらで押さえた時の袖から匂いが留めだった。
私はその場でしゃがみ込み、胃の内容物を床にぶち撒けた。
私はすぐに保健室に運ばれた。
落ち着くと保険の先生が温かいお茶をくれた。
しばらくすると担任が謝りにきた。担任は悪くはないのだけれど、体調不良だと言ったのに配慮がなかったのがダメだったと反省の念を言っていた。
遅刻したのは私が悪いので、なんとも言えなくなった。ただ担任は匂いを気にしていたようで何が悪かったのか聞いてきた。私は素直に香水の匂いがダメだと言った。人工的な強い香りのおしゃれな香水の匂いが苦手で、柑橘系くらいしかダメなのだと。
担任が帰ったところで保険の先生が突然こんなことを聞いてきた。
「あなた今月生理きた?」
「いいえ、今月はまだです。私結構ずれるので。」
「そう、ならもしも2週間の間に来なかったら、保健室に来なさい。」
別に1ヶ月くらいなら来ないことはよくある話。それにあの後ちゃんと生理もきた。多分先生は妊娠を心配してくれているのだけれど、あれから一度も高木くんと交わることはなかったので、それはないと思った。
しばらくしたら体調も回復したので、私はそのままクラブ活動をして帰った。
それから2週間私は高木くんと一緒に電車に乗り、学校に行って友達と適当に話してクラブに勤しんだ。ただ満員電車が苦手なことは変わらず、二日に一回は遅刻した。
そんな普通の生活をしていると、急に先生から保健室に行くように言われる。なんでも提出書類に訂正箇所が見つかったので、なるべく早く訂正してほしいらしい。
そんなことで貴重な休み時間を削らないでほしいと思おつつも、私は保健室に向かった。
保健室に入ると先生が一人で待っていた。先生は対応中の看板を外にかけると、そのまま保健室の鍵を閉めた。
「ねぇ、真剣に答えて。あれから生理きた?」
「....いいえ、来てないです。」
先生は奥の部屋に行って鍵付きの引き出しから一つの細長いパッケージを出してきた。
「いい?私がこれをあなたに渡したことは絶対に内緒よ。このまま休み時間保健室にいて、廊下に誰もいなくなってからそれを持ってトイレに行きなさい。」
パッケージを見ると妊娠検査薬と書かれていた。
「あの、先生。私誰とも...。」
「別にそこらへんの事情は聞かないわ。プライバシーもあるからね。使ってみてそれで何もなければいいの、ただ後からわかったのでは遅いから。私はあなたが心配なの。」
そう言われると何もいえなかった。
ただ先生の杞憂だということはわかっていたから、ただ頷いた。
「使ったことはある?」
私は素直に首を振る。
「パッケージを開けて、一本体温計みたいなのが出てくるから。その体温計みたいなやつにカバーがついているのだけれど、そのカバーを外してそこに尿をかければ終わり。あとはそのまま待つだけ。...大丈夫?」
「多分。」
チャイムがなりみんなが授業受ける中、私は保健室の前にある女子トイレに駆け込んだ。
何もないはず何だけれど、私は何故か緊張した。
あまりトイレに行かないように水を控えていたのもあり、緊張もあってかなかなか検査ができずにいた。
トイレの中は落ち着く。本当は家のトイレの方がいいのだけれど、それでも自分だけしかいない、誰も自分を見ていないと確信できる場所は落ち着く。
なんで学校でこんなことをしているのだろうと、少し放心状態になっていると自然に尿意を感じて無事に検査キットを使うことができた。
私はさっさとトイレを出て保健室に戻る。
「どうだった?」
「まだわかりません。」
まだ何も表示が出ていない妊娠検査薬を見せる。ちょっと恥ずかしいけれど、女の先生で保健の先生だったので、割り切れる。
「ちょっと時間がかかってる見たいね。」
そう言っていたら、スーッと検査完了のところだけに薄く赤い線が入った。
やっぱり先生の杞憂だったみたいだった。
「先生大丈夫でした。」
「そう、よかったわ。」
そう言って先生はチラリと妊娠検査薬を見たら、一気に目を丸くした。
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