第16話 嘘つき

「絶対に勝てる相手の前にしか、現れないからなんだよ」


 バレリアは真剣な表情で、アルにそう告げる。


 その事実を突きつけられたアルは、素朴な疑問をバレリアにぶつけた。


「絶対って…… 出会ったら終わりってんなら、誰も姿とか知らないだろ」


「何かアルの着眼点って、変わってんな。 変なの……」


「悪かったな」


 冗談っぽくフンッと鼻を鳴らすアルの表情を見て、先程まで深刻そうだったバレリアの表情も和らいだ。


「もちろん遠くから見たりとかで、その姿かたちは知られてるけどさ」


「あっ、そういう事ね。 それなら納得かも」


「うん。 だけど戦闘になったら終わり。 だから助けてくれて、ありがとなの」


 そう言い微笑みかけるバレリアは、どこからどう見ても少女のように見えた。


「まぁ、気にすんなよ。 ってかさ、ちょっと聞いても良いか?」


「んっ? 改まって何だよ」


「バレリアって、本当に二十八か? どう見ても年上には見えないけど……」


 その言葉に、少しムッとした表情を見せるバレリア。


 しかし、すぐに少し意地悪そうな表情に変わり、アルへと言葉をかけた。


「いや、アルは自分の年齢わかんねーんだろ? アタシから見たらアルだって、そんな若くねーぞ」


「むむ。 そういう事言っちゃう?」


「あぁ。 案外アタシより全然年上かも知れないじゃん。 だろ?」


「まぁ…… 否定はしないでおく……」


 今度は、少しムッとした表情になったアル。


 その表情を目にし、バレリアは満足そうな様子を見せていた。


「しっかし、アルって全然わかんねーなぁ」


 頭の後ろで両手を組み、少しだけ上に視線を向けながらアルへと話しかけるバレリア。


「何がだよ!」


「んーっ? よっと……」


 バレリアはおもむろに、座っている倒木に立てかけていた黒い剣を右手で握る。


「おっ、おい。 何するつもりだ?」


 少し焦るアルをよそに、その剣をアルと自分の間に立てかける。


 その剣はバレリアの背丈程もあり、黒く禍々しい雰囲気を醸し出していた。


 所々に見える彫刻や文様は赤く染められ、その形様はアルの厨二心を擽る。


「ちょっとこれ、持ってみてよ」


「えっ? じゃ遠慮無くっ……  って……」


 アルはスッと立ち上がり、両手で剣の柄を握りしめた。


 見るからに重そうな剣ではあるが、レイのメイスと同様に見た目以上に重く感じる。


 いや、レイのメイスより何倍も重く、少しも動きそうにない事が理解できた。


「やっぱ持てないよね? はぁ…… やっぱアルって変わってるね」


「ハァハァ…… どっ、どゆ事?」


 ハァハァと息を切らしながら、剣を持つのを諦めたアル。


 改めてアルが隣に座る様子を確認し、話を続けるバレリア。


「さっきも言ったけどさ。 【神狼】って出会ったら終わりなんだよね」


「あぁ。 らしいな」


「うん。 つまり、倒せないって事。 出会った人は」


「……だな」


「だから、倒せた事自体が、そもそもおかしいんだよな」


「……言われてみれば」


 不思議そうな表情のバレリアは、問い詰めるように言葉を続ける。


「それにさ。 アルって全然強そうじゃないし、その気配も感じられない」


「……うん」


「正直、その辺の子供の方が強いと思えるくらい、強さの片鱗が見えない」


「……そこまで弱そう?」


 子供より弱いという言われ方をして、少し傷ついたアル。


 しかし、バレリアは訂正する事無く、言葉を続けた。


「うん。 だから、どうやって【神狼】に勝ったのかなぁって思って」


「……なるほど」


(そんな事言われてもなぁ。 ただの偶然とハッキリ言っちゃ……)


 アルはチラリとバレリアへ視線を向ける。


 ワクワクとした、興味津々といった視線をジーッと浴びせるバレリア。


 その期待を裏切るのは、少し酷なようにも感じたアルは……


(うん。 ここは事実と嘘を交え、軽快に乗り切るか。 バレたら謝ろう)


 アルはそう決心し、事実を織り交ぜつつ、話の辻褄を合わせる事にした。


「まぁ…… あの時は、俺も手ぶらで武器も無くてさ」


「そうなの? でも剣で二体倒したって、レイちゃんが言ってた」


(くぅぅ…… 余計な事言うなよ…… レイのバカ……)


 実際にレイが見た光景は、アルが剣を持って倒していた場面なので無理もない。


 少しだけレイの発言を恨みつつも、アルは辻褄を合わせるべく尋ねる。


「レイは他に何か言ってたか?」


「んーん。 一瞬で倒したとしか、聞いてない」


 バレリアはなおも、興味津々といった視線をアルに浴びせ続けた。


(そうか。 一瞬ね。 それなら、何とか誤魔化せるか)


 アルは、「んんっ」と咳払いをすると、バレリアへ視線を向けながら


「あの時、俺はまずレイの身を守る事を考えた」


「うん! さすがだね」


「その方法って何か分かるか?」


「んーー。 何だろ……」


 バレリアは少し考えるような仕草を見せている。


 その間、アルは今まで聞いたレイやバレリアの発言を思い出していた。


(もう…… アレしか無いよな……)


「それはな。 俺が【神狼】の標的になる事だよ」


「んーー? どうやって?」


「戦いの中で察したんだけど、アレは一番弱い奴を標的にする特徴があるよな?」


「そうだね。 アタシが聞いた話でも、そうだった」


(やっぱりかぁ! 一か八かに賭けて良かったぁぁぁぁ)


 アルは、バレリアに聞いた【神狼】の特徴である


 【子供が凄惨にやられていた】


 という点に着目した。


「あの場で俺は、自分の闘気を抑え、自らが一番弱いと思わせたって訳だ」


(闘気ってあるのか知らんけど…… バレリアが強さを感じるとか言ってたし……)


 アルの嘘っぽい話を聞いて、バレリアは関心したように呟く。


「おぉ…… 確かにそれなら標的がアルに移るかも……」


「だろ? 標的が俺に移ったら、簡単だよ」


 アルはキリッとした表情で、バレリアへと告げる。


「アイツ等の攻撃を避けつつ、挟み撃ちの形に持ってって……」


「最後は同士討ち…… ってこと?」


「だな。 そして、剣を奪ってトドメを刺す。 って感じ……」


(どうだろうか? 上手く誤魔化せたと思うけど……)


 アルはチラッとバレリアへと視線を向ける。


 その表情は驚きに満ちており、上手く信用させる事に成功したと思えた。


「なるほどなぁ。 そっか! 確かにその方法なら倒す事も可能かも…」


「まぁ…… あの時は俺も必死だったからな。 それしか手立てが無かったけど」


「いや、本当ありがと。 レイちゃんを助けてくれて、凄い感謝してる」


 完全に信じ切るバレリアを騙すのは、少し気が引けた。


 しかし、もう後には引けないアルは「うんうん」と頷いていた。


「じゃぁさ。 ちょっと見せてみてよ。 アルの闘気ってやつ」


(えぇぇぇ…… 本当は嘘ってバレてんじゃないの?)


 少し懐疑的なアルだったが、バレリアの表情には懐疑的な様子は見られない。


 何とか誤魔化そうと、あれこれ思案したアルが思いついたのは一つだけ。


 アルは顔の左側をトントンと指差しながら、静かに答えた。


「これのせいでさ。 今は力を蓄えてるから…… 無理」


 少し投げやりなアルの言葉を、バレリアは鵜呑みにする。


「そっか! じゃ仕方ないか。 ごめんな」


「あぁ。 気にすんなよ」


 ワンが描いた顔の模様が、こんな所で役に立って少しだけ複雑な思いをしたアルだった。

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