第15話 神狼
「おーい! こっちだこっちーー!」
家から出ると、辺りを煌々と輝く月が照らしていた。
虫と夜鳥の鳴き声が木霊し、心地良いそよ風が酒で火照った身体を優しく包む。
「ふぅ…… 何か、思ったより機嫌良さそうだな」
家から少し離れた場所にある、集落の集会場だった建物の前にある開けた場所。
そこに転がった倒木に腰掛けるバレリアは、右手を大きく揚げてアルを誘う。
「んでバレリアさん…… 何の用…… ですか?」
恐る恐る尋ねるアルに、バレリアは笑顔で答えた。
「バレリアで良いよ。 気も使わなくて良いし、遠慮は無用。 隣、座んなよ」
バレリアは自分が座る倒木を左手でポンポンと叩きながら、アルに座るよう促している。
「えっ? あぁ。 じゃ遠慮なく」
(何か様子がおかしいな。 バレリアって、こんなヤツだっけ?)
出会った時とは違うバレリアの様子に、アルは少し戸惑った様子を隠せないでいた。
時間にして十数秒、短い沈黙が続く。
お互いに、話しかけるキッカケが掴めないでいた。
「あのさっ」「えっと」
互いに向き合い堰を切ったように話し始め、更に沈黙が数秒続いた。
「えーっと。 何か用があったんじゃないのか?」
(ここで譲り合うと、何か気まずくなりそうだよな。 ここは大人の対応を…… ってバレリアも二十八歳だっけか。 もしかしたら年上かも知れんしなぁ)
自分の年齢さえ分からないアルは、そんな事を考えつつバレリアに話すよう促す。
「うん。 あのさ。 えーっとね」
少し俯きながら、気不味そうな様子を見せるバレリア。
初めて見る女の子っぽいリアクションに、不覚にもアルは少しだけドキッとしてしまう。
「何だよ。 自分で言ったんだろ? 遠慮するなって」
「えっ? あぁ。 んな事、分かってんだよ」
無理に強がる素振りを見せていたが、意を決したようにバレリアは話を続けた。
「あの。 ありがとな。 レイちゃんの事」
「えっ? レイの事?」
「あぁ。 助けてくれたんだろ? 【神狼】から」
「……?」
(んっ? 何の事だ? 助けた覚えなんて…… あっ……)
アルは集落跡に着く前にレイに言われた事を思い出していた。
(とりあえず私が上手い事、話すからさ! えーーっと、話合わせて貰って良い?)
実際、アルは話を合わせるつもりだったが、バレリアとの出会いは唐突過ぎて話す間も無かった。
アルが感じたバレリアの性格からしても、(助けた)という恩を売る事が大事なのは理解出来る。
「んっ? ちっ、違うのか?」
思案するアルの顔を、バレリアは少し困った表情で覗き込むように見つめた。
「えっ? いや。 まぁでも、俺も記憶が無くてさ。 逆に助けられたっていうか」
「そっか。 そういや、記憶無いんだったな。 レイちゃんに聞いたよ」
下手に恩着せがましくするよりは、チャラにしたと思わせておこうとアルは判断する。
「でも、ほんとにありがと。 レイちゃんだけなら…… 多分死んでた」
想像もしたくないであろう事を想像し、少し落ち込むバレリア。
その様子を見たアルは、元気付けようと軽口を叩いた。
「いや、でもレイだって【烙印】あるだろ? 怪力女なんだし、【神狼】なんて余裕だろ」
少し笑い声も交えながら話すアルに、バレリアは真顔で否定する。
「そんな事無い。 アレはそんな生易しいものじゃないんだよ」
(むむ。 何か調子狂うな。 てっきり怒ったりすると思ってたんだけど……)
予想外のリアクションにアルは少し戸惑いつつも、話を続ける。
「まぁ…… 確かにすげー化け物みたいだけどさ。 そんなヤバいのか?」
「記憶の無いアルは覚えてないかもしれないけど。 アレはさ、国も滅ぼすって言われててさ」
「あっ、あぁ。 そういや、そんな事レイが言ってたっけ」
ワンは彼女達にも【別世界から来た】という事実は告げていない。
そのため、アルも元々この世界の住人であるというスタンスを保つ事にした。
そうなると【神狼】の事も知らないより、覚えていないという体で居るのが自然だろう。
「アレは、どこの国でも滅ぼせるって訳じゃないんだよ」
「んっ? そうなのか?」
(どういう意味だ? 都市や国を滅ぼす為には、何か条件が必要って事?)
少し疑問に感じたアルは、あえて話の腰を折る事はせずバレリアの話に耳を傾けた。
「あぁ。 アレは獣じみてて、一見すると、知能の無いただの動物みたいだったろ?」
「そーだなぁ。 言葉は通じないし、唸ってるだけだったなぁ」
「でもアレは、戦勘っていうのかな? 戦う事にはすげー長けてるんだよ」
バレリアの言葉を聞いて、アルは【神狼】との邂逅を思い出す。
(そういや…… 避けまくってたら、最後は二手に分かれて追い詰められたような……)
「たしかに、そんな感じだったかもなぁ。 何か剣持ってたし……」
そんな化け物とは知らないアルは、あっけらかんとした態度で答えた。
「ははっ。 アルって変わってんな? 普通はあんなのと出会ったら逃げるだろ」
「まぁあの時は無我夢中というか……」(実際、逃げてただけだし……)
「うん。 そのおかげでレイちゃんが助かった」
そう言うと、アルの顔をチラッと見てバレリアはニコッと微笑みかける。
(黙って笑ってると、普通の可愛い少女って感じだけどなぁ。 二十八歳だけど……)
アルは少し照れながらも、その様子を気取られないように話題を振る。
「でも、【神狼】が現れた位じゃ、普通に逃げれそうな気もするけど」
まるで出会ったら最後のように言うバレリアの言葉に、少し違和感を覚えていたアル。
素直な疑問をぶつけるアルに、バレリアは少しため息まじりに返答した。
「はぁ…… アルって、ほんとーーに何も覚えてないんだな」
「それ、お前の妹にも同じ事言われたわ」
「ははっ。 そっか」
少し笑顔を見せたバレリアだったが、眉間にシワを寄せ急に真剣な表情で話し始める。
「昔さ、アタシが騎士団に居た頃の話なんだけど」
バレリアは顔を少し上にあげ、過去を思い出すように話を続けた。
「任務で、【神狼】に襲われた町を救出しに行った事があってさ」
「あぁ」
バレリアが過去に騎士団に居た事実等、聞きたい事があったアル。
しかしバレリアの真剣な表情を見て、話の腰を折るのを思いとどまった。
「すげー酷かったよ。 女子供、関係無く皆殺しで…… 特に子供達は凄惨だった」
少しだけ拳を握り、悔しそうに歯を食いしばるバレリア。
数秒の沈黙を挟み、ふぅっと息を吐くと……
「町は全滅してた。 結局、アタシらが到着した頃には、生存者も【神狼】も居なかった」
「そっか……」
相槌を打つ事以外に、かける言葉が見つからないアル。
バレリアは、襟を正しアルの方へと正対する。
「んっ? なっ、なんだよ」
「【神狼】が皆に恐れられてるのはさ」
ジッとアルの目を見つめながら、バレリアは言葉を続けた。
「絶対に勝てる相手の前にしか、現れないからなんだよ」
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