第17話 別れの理由

「明日からレイちゃんの事…… 任せたからな?」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 バレリアがアルに、そう告げる少し前の事。


 倒木に腰掛ける二人を照らす月に少し雲がかかり、辺りは暗くなる。


 ふと上を見上げた二人が月へと視線を移すと、薄い雲から月が顔を出し始めた。


 辺りが再び月に照らされると、バレリアは思い出したようにアルに声をかけた。


「そうだ! 忘れてた事あったんだった」


「えっ? 何?」


(これ以上、根掘り葉掘り聞いてくんなよぉぉ。 頼むぞマジで……)


 アルは先程までのバレリアの質問攻めに、少し憔悴していた。


 その為、これ以上の質問は出来るだけ避けたいと考えていたが……


「アルと一緒に飲もうと思って買ってきたお酒。 まだ飲めるだろ?」


 バレリアはそう言うと、いたずらっぽくニヤっと歯を見せた。


 目が合うと、足元に置いていた上等そうな酒瓶を左手でヒョイを持ち上げアルに見せる。


 そして右手で懐から猪口を二つ取り出すと、ふぅっと息を吹きかけ片方をアルに手渡す。


「えっ? あっ、あぁ。 まぁさっきも結構飲んだからなぁ…… 少しくらいなら……」


「んだよ。 まぁ結構良い酒みたいだからさ。 ちょっと付き合ってよ」


「あぁ」


(家を出る時にちょっと付き合ってって言ってたのは、これの事だったのか?)


 受け取った猪口をバレリアへと差し出すと、そこにトクトクと黄金色の酒が注がれていく。


「おっと……」


 猪口から溢れ出しそうになった酒を、アルは顔を近づけて口に含む。


 少し酒精の濃い蒸留酒のようで、果物のような味わいが口いっぱいに広がっていく。


「んっ…… んまい」


「だろ?」


 アルの言葉を聞いたバレリアは、少し得意げな表情で答えた。


「良いのかよ? こんな高そうな酒」


「お礼だよお礼。 まぁこんなもんじゃ、足りないかもしれないけどさ」


 バレリアは酒の影響なのか、少し頬を赤らめながら顔を上に向けていた。


「いや。 充分だよ。 ありがとな」


 アルは礼を言いながら、猪口を口へと運んでいく。


 少しだけ沈黙が続く中、意を決したようにバレリアが冒頭の言葉をアルへとかけた。


「明日からレイちゃんの事…… 任せたからな?」


「レイを任せる?」


 アルの返答を聞いたバレリアは、少しだけムッとした表情に変わる。


「先に言っておくけど! レイちゃんをあげるって意味じゃないからなっ?」


「んな事、分かってるわ……」


 呆れた表情のアルを他所に、バレリアは空に浮かぶ月を眺めながら笑顔を浮かべ話し始める。


「いずれ…… レイちゃんと、レイちゃんの子供と、アタシの三人で生活するのが夢だから! それまで絶対にレイちゃんは…… 誰にも渡さない!」


「はぁ…… 子供ねぇ……」


「レイちゃんの子供だったら、きっと可愛いだろうなぁ。 バレリアお姉ちゃんとか呼ばれたりして……」


 呆れるアルを他所に、バレリアは妄想に近い独り言をブツブツと喋っている。


 そのバレリアの様子を見ていたアルは、呆れながら言葉をかけた。


「誰にも渡さないって割に…… レイが子供作るのは良いのかよ?」


 何気なく言ったアルの一言に、バレリアはハッとした表情に変わる。


「そっ…… そうか…… アァァァ!! 考えたくない……」


 先程までの笑顔から一変し、両手で頭を抱え足をバタバタさせるバレリア。


 その様子を見ていたアルは、呆れた表情で言葉をかける。


「いや…… そこまで落ち込まなくても……」


「落ち込むだろ? ハッ!! まさかアル! レイちゃんを狙って……」


 ハッとした表情に変わった途端、次は怒ったような表情に変わりアルを睨みつけるバレリア。


 アルは少し引いた表情で、呆れたように言葉をかけた。


「んな訳無いだろ…… ったく。 子供ならお前が作れば良いだろ? 一応、女なんだし……」


 少し失礼とは思いつつも、アルは話題を反らすように言葉をかける。


 その言葉を聞いたバレリアは、少し苦笑いを浮かべながら返答した。


「あぁ…… アタシはそういうの苦手っていうか…… 無理っていうか」


 気不味そうにそう言うと、酒を煽り右手で腹部を擦っていた。


「何だよそれ…… まぁ…… 確かにそういうの向いてなさそうだよな」


 アルの言葉を聞き少し怒ったような態度をとっていたが、急に真剣な表情に変わり……


「うっさい! っていうか真面目な話。 本当に明日からレイちゃんの事、頼んだからな?」


「いや…… だから明日からって…… どういう事?」


 唐突なバレリアの言葉に、アルは疑問の表情で答えた。


「なんだよ。 主様に何も聞いてないのか?」


「いや。 色々と聞いたけど。 それとレイと何の関係が?」


(んっ? ワンとは俺達が【この世界の住人じゃない】って話しかしてないけど……)


 アルはあくまで【記憶を失った、この世界の住人】というスタンスを取っている。


 今後、ワンと共に元の世界へと帰るという点は、伏せていた方が良いと判断していた。


「これからどうするか、主様に聞いてない?」


「えっ? あっ、あぁ。 何か手伝いを……」


 アルはどちらとも取れるように、少し言葉を選びながら返答する。


「あぁ。 今後はさ。 アタシと主様でニノカミ神聖国に。 レイちゃんとアルは……」


「にのかみ?」


 初めて聞く今後の方針に、アルは思わず言葉を発してしまう。


「覚えてない……んだったな。 ふぅ。 アルって何か面倒くさいな……」


「悪かったな。 俺も面倒は嫌いだけど、こればっかは仕方ないだろ」


 呆れるバレリアにアルは、少し不貞腐れたように答えた。


「ははっ。 ごめんって。 まぁ簡単に言うとさ」


 少しだけ落ち込んだような表情で、バレリアは言葉を続ける。


「アタシと主様は旅に出て、アル達は【烙印】持ちの人を集めるって事」


「へっ? そうなの?」


「うん。 残念ながら、そうなの」


 ワンに【元の世界に戻る方法】について、手伝いをする事は了承していた。


 詳しい事は後ほど、という事ではあったが、その内容は初めて聞く事実だ。


「何で…… 【烙印】持ちを?」


(バレリアは、ワンと俺が別世界の人間って事は…… 知らないんだよな?)


 アルはバレリアの様子から、そう判断し、あくまでも真実を告げずに問う。


「さぁ。 何でだろな? 旅に行く理由も知らないし」


「へぇ…… 聞かないのか?」


「うん」


 即答するバレリアの様子を、アルは疑問に満ちた表情で尋ねる。


「えっ? 何で聞かないの?」


「まぁそんなもんだろ? 主従関係って」


 ワンの事を主様と呼ぶバレリアは、あくまで主従関係を優先しているような様子だ。


「いや、そうだけど…… それで良いのか? レイとだって……」


「全然良くない! でも、決まってた事だったし」


「決まってた事? 何が?」


 バレリアの渋々納得しているといった表情を、アルは疑問に感じていた。


「何がって。 ニノカミ神聖国に行く事と、【烙印】持ちを集める事」


 バレリアは少し不満げな顔で上を向きながら、思い出すように話を続ける。


「元々さ、レイちゃんと二人で住んでたんだけどさ。 お金も無いし結構大変でさ」


(二人でって…… あんまり深く聞かない方が良いのか…… な?)


「まあ色々あって、主様と住むようになって、生活は結構楽になってさ」


「そっか。 まぁ色々便利そうな爺さんだよな、ワンって」


 先程まで不満げな表情だったバレリアも、アルの言葉にフッと笑みを浮かべる。


 実際、色々な知恵を持つワンが居れば、生活が豊かになる事は想像に難しくない。


「うん。 まぁその時の条件が、さっきの事って訳」


 再び少し不満げな表情に戻るバレリアに、アルが言葉をかけた。


「主従関係? とかだと、断るのは難しいよなぁ……」


 アルがそう言うと、バレリアは静かに頷いていた。


「てかあの爺さん、何でも条件とかつけすぎだろ。 逆に条件つけてやれば?」


(あの爺。 俺も記憶が無いという弱みにつけこんで、色々と条件つけてたし)


 何気なく言ったアルの言葉を聞いたバレリアは、アルをキッと睨みつけた。


「えっ? 何スカ? 何か不味い事……」


「つけたんだよ!」


「つけた? つけたって何を?」


 先程まで怒りの表情で睨んでいたバレリアは、少し泣きそうな表情へと変化していた。


 そして、静かにアルの問いかけに対し返答を始めた。


「条件。 アタシだって、このまま三人で暮らしてければって、思ってたし」


 そうアルヘ告げると、はぁーっと深く溜息を吐くバレリア。


「絶対に達成出来ない条件だったのにぃ」


 悔しさを滲ませながらそう言うと、再び少し怒ったような表情を見せていた。


「おっ、落ち着けよ。 条件って何だよ?」


(怒ったり、落ち込んだり何か色々忙しい奴だな。 酔ってんのか?)


 アルは少し戸惑いながらも、バレリアを落ち着かせるように声をかけていた。


「最初はさ! 【烙印】持ちを何人か集めたらって条件出したんだよ」


「ほほぅ」


「でも、何も聞かされてないレイちゃんが何人も見つけて来ちゃってさ」


「えっ? そうなの?」


 レイは集落跡を拠点に、【烙印】持ちの人を探している事実を初めて聞いたアル。


(そういや、俺が初めて来た時に「見つけた」って言ってたよな……)


 アルは顎に右拳を当て、思い出すように考えていた。


「だから、全員追い出した」


「誰が?」


「もちろん、アタシが! 当然だろ?」


 先程の怒っていた表情から、得意げな表情へと変わるバレリア。


 その起伏に富んだ表情に、アルは若干呆れていた。


「当然って……」


「だって、旅をするならレイちゃんは危険だから、連れてけないだろ?」


「まぁ……」


 アルはレイだったら大丈夫だと少し思っていたが、話の腰を折らずに相槌を打つ。


「そうなると、必然的にアタシと主様が旅担当。 レイちゃんが留守番になるだろ?」


「まぁ…… そうだな」


「だったら、レイちゃんを守れるくらい、強い奴じゃないと駄目だろ」


「……だな」


 バレリアの勢いに圧倒されたアルは、納得したような態度を渋々ながら見せた。


「それで追い出したら、レイちゃん怒っちゃってさ。 主様も少し呆れてた」


「そりゃそうだろ。 主従関係とか言ってたけど、結構逆らってんだな」


「主様には逆らってないよ。 一応アタシの言い分にも納得してたし」


 意地悪なアルの質問に、少し困ったように返答するバレリア。


「だから、どれか一つでも満たせばって事で、アタシから更に条件を二つ出したんだよ」


「へぇ。 どんな?」


「それはなぁ……」


 そう言うと、バレリアは再びアルを睨みつける。


「一個目は、この世界に三人しか居ないはずの【数字の烙印】持ち」


 睨んだままのバレリアの顔が、ズイッとアルの顔へと少し近づく。


「…………」


「二個目は【神狼】を倒せる位、強い奴」


 バレリアの顔が、アルの目前へと迫る。


「その条件を二つとも達成した奴がさ。 ムカつく事に、現れたんだよね」


「…………えっと。 何か…… すまん……」


 バレリアのあまりの剣幕に、アルは少し引きつった表情で謝罪を述べた。


 アルのその様子に、バレリアはプッと息を吹き出し破顔する。


「ははっ。 冗談だって! まぁ冗談じゃないけど」


「どっちだよ!」


 少し怒った様子を見せ、食い気味に返答するアルの肩をバレリアはポンポンと叩く。


「まぁ、そういう訳で、レイちゃんを頼むよ。 くれぐれもレイちゃんに【烙印】を使わせるような事は止めてよ?」


 そうアルに告げたバレリアは笑いながらも、少しだけ寂しそうな表情をしていた。

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