第11話 お姉ちゃんの蛮行
「そうそう、一つ言っておかねばならぬ事があるぞ」
ワンは自分の失態で気不味くなった空気を、自ら打破するべく真顔でアルに話しかける。
「なっ、なんだよ。 改まって」
ワンのその気迫に気圧されて、アルも姿勢を正して正対する。
「うむ。 レイ達の力に頼ってはならん…… という事じゃ」
「まぁ、女の子の力を借りるってのは、アレだけど」
ワンはレイ達の親代わりだと推測していたアルにとって、その発言は当然のように思えた。
「そういう事ではない。 もっと、根本的な話じゃ」
神々しさを放つ白く長い髭を右手で擦りながら、ワンは話を続けていく。
「先程、国々を治めるのは男が多い事は話したじゃろ?」
「あぁ。 まぁ当然と言えば当然な気もするけどなぁ」
「それには理由があっての」
ワンはそう呟くと、ふぅっと浅い息を吐き言葉を続ける。
「男女共に【烙印の者】は居るが、決定的な違いがあるんじゃよ。 それこそ男女の違いと同じようにの」
若干、回りくどく話すワンに、少しだけ苛立ちを覚えたアル。
「何だよ。 その違いってのは」
「うむ。 男の【烙印の者】は力を使えば使うほど【烙印の力】は強くなるが、おなごは逆という事じゃ」
「逆? 逆ってーと」
「おなごは使わなければ使わない程、強くなる。 つまり使う程に弱くなってしまうという事じゃな」
「……確かに逆だな」
つまり、男性が国や都市を治めているというのは、ある意味で必然という事であろうか。
そう解釈したアルは、深刻そうな表情のワンに話しかける。
「まぁ、別にレイの怪力を必要とする事は無いだろ! てかそんな事で、この顔の件。 誤魔化そうとしてねーか?」
ワンに消えない炭で描かれた顔の模様を、トントンと指差しながら問いかけるアル。
その少し意地悪い問いかけをするアルに対して、ワンはニヤリとした表情で答える。
「うむ。 してたわぃ。 それにしても…… あの子達、遅いのぅ」
バレリアとレイが食料を買いに行って、もう三時間は経つだろうか?
胡坐をかき向かい合って話していたアルとワン。
話も一段落し、互いに「ふぅーっ」と息を吐くと、組んでいた足を伸ばす。
そして、他愛も無い雑談をしながら二人の帰りを待つ事にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……およそ二時間前
今日の昼頃にレイとアルが通った街道も、日が少し傾きかけていた。
街道のT字路の交差地点を左に行った先には、人口二百人程度の小さな村マリノがある。
小さな村と言っても都市と都市を繋ぐ中継地点にある村は、旅人や商人でいつも賑いをみせる。
その村へと向かうバレリアとレイは、道中を他愛も無い会話をしながら進んでいた。
「ねぇねぇ、レイちゃん。 ほんとーーーに、アイツとは何も無いんだよね?」
もう何度目だろうか?
バレリアは同じ質問をレイに浴びせ、レイはその度に否定している。
「もぉ。 何度も言ってるでしょ? 信じてくれないの?」
「信じる! 信じてるんだけどさぁ。 うーん……」
バレリアはどことなく不満げな表情で、レイに返答していた。
「そんな事よりお姉ちゃん! アルとはぜっったいに喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「何で?」
「何でって……」
食い気味に返答するバレリアに呆れた表情を見せつつ、レイは両手の指を広げバレリアに向ける。
「んっ? おっ、いえぇーーい」
目前に両掌を出されたバレリアは、にこやかな表情でパンっとハイタッチをした。
「そうじゃないでしょ?」
「えっ? なになに? 違うの?」
「違うよ! これが何か分からないの?」
「えぇー。 何だろ。 全然分かんないよぉ」
バレリアはレイの広げた両手の意味が分からず、頬を膨らませ不満そうな顔を見せている。
「十人。 私が見つけてきた【烙印】持ちの男の人の数!」
「あぁぁ。 そういう事かぁ。 てっきり、ハイタッチかと思ってた」
レイの問いかけの意味が分かり、先程とは打って変わってパーッと明るい表情になるバレリア。
一方のレイは、未だに呆れた表情を崩さない。
「そ し て! お姉ちゃんが脅して追い出した【烙印】持ちの男の人の数だよね?」
「うん。 そうだね!」
悪びれも無く答えるバレリアに、レイは右掌を額に当てて呆れた表情を深めていく。
「せっかく頑張って見つけてきたのに…… 何で追い出しちゃうかなぁ」
「だってさ! アイツ等って弱っちいくせに、あわよくばレイちゃんとゴニョゴニョしようとしてるんだもん」
「何言ってるのぉ、もぉぉ…… そんな訳無いじゃん……」
少し頬を赤らめながら、今度はレイが頬を膨らませて不満げな顔をしていた。
そんなレイの様子を見て、バレリアは断言する。
「そんな訳あるの!」
「何で?」
「だってこんな可愛いレイちゃんだよ? サラサラの髪に、クリクリとした大きな目。 それにぷにぷにとした胸とお尻! 男だったら、ぜーーーったいゴニョゴニョするもん」
「ぷにぷにはしてないでしょ! ぷにぷには!」
バレリアのぷにぷに発言に、レイは頬を膨らませて抗議する。
そんなレイの様子を気にする素振りも見せず、バレリアは言葉を続けた。
「それにさ! 最後にレイちゃんが連れてきた男なんて、何かナルシストっぽい奴だったし」
「あっ、あぁ…… たしかに。 何か芸術家の人?とか言ってたような」
「そうそうソイツ! レイちゃんの腰に手を回して、口説こうとしてたから、めっちゃムカついたよ」
「めっちゃムカついたって……。 あれは何か、私をモデルに彫刻をとか言ってただけだよ」
レイはそう言って、過去に連れてきた【烙印】持ちの男の肩を持とうとすると……
「いーや! 上手い事言って、絶対裸とかにするつもりだよ! だから追い出したのっ!」
「そんな訳無いでしょ! まぁ……確かにお姉ちゃん、物凄い形相で追い回してたけど…」
「うん! でも道を壊さないように、ちゃんと気を使って追い払ったから良いじゃん!」
アルがレイ達の住む集落跡までに見た戦乱の跡。
クレーターと思わしき穴が空いていたのは、バレリアが追い回していた結果のようだ。
「もぉ! お姉ちゃん、全然反省してないでしょ」
「まぁまぁ怒らないでよ」
悪びれもなく答えるバレリアを、どうやって説得すべきかレイは思案をしていた。
(困ったぁ……。 どう言ったらお姉ちゃんは納得するんだろ…… あっ、そうだ!)
レイは言い忘れていた事実を伝える。
「言い忘れたけど、アルは【数字の烙印】を持ってるんだよ?」
「マジ?」
「うんうん! マジマジ」
バレリアは少し驚いた表情を見せつつ、ブツブツと何かを呟いている。
「……そうかぁ。 まぁアタシの剣が全然当たらなかったから、そうだとは思ってたけど……」
俯きながら呟くバレリアは、アルが【数字の烙印】を持っている事には納得していたが……
「いや…… でもなぁ…… うーん」
アルの存在自体は、未だに認めようとはしていないようだ。
そんなバレリアの様子を見て、レイはトドメの一言を放った。
「それにさ! アルは【神狼】に襲われてた私を助けてくれたんだよぉ? 一瞬のうちに二体も剣で倒しちゃったんだから!」
(まぁ…… 結構、話盛っちゃったけど…… 倒したのは、間違いじゃないよね?)
事の真相は、偶然【神狼】が同士討ちしただけで、アルは何もしていない。
だが、レイが見たのはアルが剣で倒したという光景だけ。
「マジ? それって本当に?」
歩きながら話していた二人だったが、バレリアはその言葉にピタリと歩を止める。
「えーーっと、まぁ。 本当の事だけど」
レイは振り返ってそう答えると、バレリアは大きな声で叫んだ。
「何で黙ってたの!? そんな大事な事!!」
鳥や虫の鳴き声が響いていた空間は静まり、そよ風による葉擦れの音だけが聞こえていた。
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