第10話 烙印の者
「この烙印に因んだ、この世界でのワシの名前。 それがワンじゃ」
ワンの腕に刻まれた烙印は数字こそ違えど、見た目は殆どアルのそれと同じように見えた。
「やっぱり、俺のと……」
突然、提示された証拠にアルは戸惑いの表情を浮かべる。
「まぁ時期こそ違えどお主と同じで、ワシもこの世界に来た人間、という訳じゃな」
そう告げるとワンはめくっていた袖を戻し、両腕を組みながら話を続ける。
「ワシも元の世界に戻る為に長年、あれこれと調べてきて分かった事じゃが……」
ワンは組んでいた手を膝にパンっと当てると、改めてアルの目を直視した。
「恐らく方法はある。 先程も言った通り、確かめねばいかん事もあるがのぅ」
「確かめる事ってのは?」
「まぁ色々じゃ。 とてもじゃないが一人では時間が掛かり過ぎるからのぅ」
記憶を取り戻す事は叶わなかったが、それを飛び越えた【元の世界へ帰る】事への提案。
アルが断る理由も無く、その言葉に従う決心をした。
「んで、何したら良いんだ? 俺に出来る事だったら何だって」
食い気味に返答するアルを制するように、ワンは右掌をアルに向けると
「まぁ急くな。 具体的な方法は後で教える。 その前に……」
ワンは「よっ」と呟き立ち上がると、戸棚から一枚の布を取り出した。
それをアルの目の前に広げると、ワンは囲炉裏に刺さった火箸を一本、手にとった。
広げられた布には大陸や国境が描かれており、アルには読めないが地名のような字も見える。
「これは、今ワシらが居る大陸の地図じゃな。 ワシらが居るのはここ」
火箸で大きな国の端を指し、説明を続ける。
「ところでレイには、この世界の事は、何か聞いておるかのぉ?」
地図を火箸で指しながら、覗き込むようにチラリとアルの目を見て尋ねるワン。
「えっ? あぁ。 まぁあんまり詳しくは聞いてないけど……」
アルはレイに聞いた事をワンに説明した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
・大国三つと中小の国や都市、小国が存在する事
・それらの国の殆どが、【烙印の者】が治めている事
・その【烙印の者】は大抵が男である事
・そして【神狼】と呼ばれる化け物の存在
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まぁ、大体がそんなもんじゃな。 はぁ……」
「なっ、なんだよ。 溜息なんて吐いて」
ワンはため息混じりに返答する。
「いやぁ…… もうちょっと詳しく説明しといて欲しかったんじゃがのぅ」
「それを俺に言われても……」
「まぁよい」
呆れつつもワンは、烙印のある右腕の袖を擦りながら話を続ける。
「基本的に、【烙印】はレイの腕にあるように、漢字が刻まれておる」
「そういや、俺と爺さんのは数字みたいだったよな」
「ふむ。 この大陸での文字は我々が知っている形を成しておらんから、彼らに漢字を読む事は出来んようじゃがの」
(確かにレイは俺が剛をつよしとかたけしって言った時、理解してなかったな。 俺もこっちの字はさっぱり分からんし)
「これは調べてみて分かった事じゃが…… ちょっとした例外もあるのじゃ」
改めて火箸で地図の中にある、一際大きな国の場所を二つ、トントンと叩いた。
「大体の国や都市は【烙印の者】が一人で治めておる。 じゃが、この二つの国は少し違う」
「違うとは?」
「まぁ簡単に言うと、支配者の下に何人もの【烙印の者】が居るという事じゃな」
一人でも国を治められるような存在なのに、それが何人も居る。
そうなると、自然と大国の形を成すのは自然な事と思えた。
「まぁ大国っていうんだから、そんなもんだろ」
「うむ。 普通に考えればのぅ。 じゃが少し違う点は別にある」
いつになく真剣な表情になったワンは、ジッとアルの目を見つめる。
「この二つの国の一番の権力者は、ワシらと同じ【数字の烙印の者】という点じゃ」
「えっ? それってまさか」
「そのまさかじゃ。 彼らはワシらと同じ世界から来た者、という事じゃな」
「おい、それって俺達みたいな奴らが、何人も居るって事なのか?」
「いや、ワシを含め、知ってる限り三人だけじゃ。 まぁ今日四人目が現れたがのぅ」
チラリとアルの方を見つめ、目が合うとニヤリと笑いかけるワン。
「何かすげー期待されてるけど…… こっちは記憶喪失だっての」
「そういえば、そうじゃったのぅ…… ちっ」
「おい! 舌打ちすんな」
少しガッカリした様子を見せるワンに、アルは言葉を続ける。
「この事は、レイとかバレリアは知ってんの?」
「あの子らは。 いや、この世界の者達は【数字の烙印の者】が特別なのは知っておるじゃろ」
ワンは目を細め髭を触りながら話を続けた。
「じゃが、ワシ等が【別世界】から来たという事は、知らんはずじゃ」
「知らんって…… まぁ、言っても信じられないか……」
二つの世界を知っているアルやワンであれば、信じる事も出来るだろう。
しかし、この世界しか知らない者に言っても、絵空事と捉えられると推測される。
「じゃな。 まぁ無用な混乱は避けるべきじゃろ」
少し気難しそうな表情で、そう告げるワン。
そんなワンへ、アルは自身の右袖をめくりあげ【Ⅱ】の烙印を見せる。
「んで。 話を聞く限り、大国を治める程の力がコレにあるって事だよな?」
(この爺さんの話を聞く限り、記憶を失った自分が知らない異世界に来た、という事は残念ながら確定した。 それなら、異世界転生的な要素を満喫するしかねーな)
アルは似たような境遇の老人の出現のおかげか、少し楽観的な考えになっていた。
「んむ。 あるぞ! 唯一無二の能力が」
「して…… その力とは?」
大国すら治める【数字の烙印】の力。
その能力は如何程のものか、アルの期待感はマックスまで高まっていた。
「絶対回避能力じゃ。 つまり避けるだけの能力って事じゃな」
「……思ってたのとちがーう」
てっきり、世界を席巻する程の強力な力を期待していたアルは、そのガッカリする能力に落胆の色を隠せないでいた。
現にその力のおかげで、【神狼】からの攻撃を逃れ、バレリアの剣撃も避けられたというのに。
「何を言っておる。 攻撃が当たらんというのは、ええことじゃろ」
「……いや、そうだけどさぁ。 躱すだけでレイのような力は無いって事だろ?」
「まぁ…… そうじゃな」
「……うーん」
アルはこの力の使い道を熟考していた。
(避けるだけって事は、仮に襲われても倒す事は出来ないんだろ? ハッタリ位しか使い道ないよなぁ)
等と考えていたアルは、急にハッとさせられた。
仮に命を狙われたとしても、攻撃が当たらなければ安全であるからだ。
アルは顔に描かれた模様を指差しながら問いかける。
「って事はだ…… この顔の落書き。 マジで意味無かったんだな?」
青筋をピクピクさせながら、ワンを睨みつけるアル。
「うむ。 何ていうか…… すまん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます