第5話 戦乱の跡
「起きたー? 私の家までは、ここから5里位だからさ! お昼過ぎには着くかな!」
目覚めた初日に様々な事があったアルは昨夜、泥のように眠った。
ガサゴソとした物音で目を覚ましたアルをよそに、レイは旅支度を整えている。
「んっ、あぁ。 もう出発?」
「んー! もうすぐかな! 早く起きて起きて!」
レイに促されアルはポリポリと頭をかきながら身体を起こす。
「そこの小川で顔洗ってきなよ?」
「ふぁーい……」
アルは天幕を出ると、野営地の前に流れる小川に向かう。
季節の割に冷たい水温の水で顔を洗うと、スッキリと目が覚めた気がした。
「アルーー? もう天幕畳んじゃうから手伝ってー?」
「……はいよー」
アルは「んんーっ」っと言いながらグイっと背筋を伸ばす。
「何か所帯じみてきたなぁ。 まぁ行き倒れるよりマシか」
昨夜は色々と不安はあったアルだが、一晩眠った現在は妙にスッキリした気分だ。
レイのあっけらかんとした雰囲気のおかげで、深刻にならずに済んでいる気もした。
「まぁ…… なるようになるか……」
「ちょっとぉ? 早く手伝ってー」
「わかったって! 今行くー」
アルは返事をすると出発の準備を急ぐレイの元へと急いだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レイは手際良く天幕に使われていた布を畳み、紐で結び纏めると、それをアルに手渡す。
「えっ?」
「んっ? なに?」
さも当然であるかのように荷物持ちを任命されたアルは、渋々ながら荷物を背負う。
「うぅっ…… 重っ……」
天幕を畳んだ布は小さくまとめられているとはいえ、結構な重量だ。
「いやいや、軽いでしょ! さて、行こっか!」
(いや【剛】の烙印がある脳筋女と一緒にするなよ……)
と思ったアルだったが、今は最も弱い立場である事は自覚しているので、口が裂けてもそんな事は言えない。
ましてや、レイのメイスを持たされるような事態になれば、その場から一歩も動けない自信すらあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
野営地があった場所から街道へと戻ると、見通しの良い道が続いていく。
少し雲のかかった程度だが、概ね快晴と言える天候。
アルとレイ以外に街道を行き交う人の姿は無く、虫や鳥の鳴き声がするだけだ。
道中、雑談や軽い食事休憩等を挟みながらも、着々と目的地へと歩を進めていく。
日も高く上がった正午前、街道の突き当りは二手に分かれていた。
T字路の交差地点には、地名と思わしき文字が書かれた立て札が立っている。
「えっとね! 左手に少し歩くと小さいけどマリノっていう村があるんだよー! でも私達の家はこっち」
そう言うと、レイはマリノ村とは逆方向の少し寂れた道を指差した。
「んっ? 村に住んでるんじゃないんだ?」
「ちょっと事情があってね! 私達は廃村になった集落跡に住んでるんだよねぇ」
そう言うと、レイは村名が書かれた立て札とは逆の、何も書かれていない道を進んでいく。
(んっ? 今、私達って言ったよな?)
アルはレイの言葉が引っかかり、何気なく質問をしてみた。
「私達って事は、家族で住んでるって事?」
アルとしても、見た感じ推定15~6歳のレイが一人で住んでるとは、想像してはいなかった。
だがアルには、
若い娘が見ず知らずの記憶を無くした男を連れて帰る
というのは些か問題があるのではと感じていた。
「そうそう! お姉ちゃんとワンちゃんと暮らしてるよぉ」
「そうなんだ? お姉ちゃんと二人暮らしね!」
「いや、だからワンちゃんも居るってば」
「あっ、ごめんごめん。 ワンちゃんも家族って事ね!」
「うんうん! 当然でしょ」
ペットの犬を家族から除外した事が気に食わなかったのか、訂正を求めるレイ。
今後、しばらくはお世話になる予定のアルからすると、レイの機嫌を損ねるのは得策ではない。
(まぁ、両親が居ないってのは事情がありそうだし、突っ込まない方がいいよな? とは言え、お姉さんだけなら、まぁそこまで邪険にはされないだろうし…… 気まずい思いはしなくて済みそうだな)
そんな事を考えつつ、アル達は集落跡へと進んでいく。
分岐点からレイ達の家までの道のりは、それまで通ってきた街道とは少し違って見えた。
道は少し崩れている所もあり、道沿いにはクレーターのような穴、錆びた剣の残骸が転がっている。
「この辺って戦争でもあったのか? さっき廃村に住んでるって言ってたけど」
廃村に住んでいるというのは、何かしらの事情がある事は容易に理解できる。
両親も居らず姉妹で暮らしているという事は、戦争孤児だが故郷の村にそのまま住んでいるといった可能性が高い。
アルは、そういったナイーブな部分に触れて良いか悩んだ末、恐る恐るレイに訪ねてみると……
「んー? あぁ、こないだ言ったけど、ここは現ハイランド帝国領って言ったよね?」
「あぁ」
「その前はアストリナって国の領地だったんだけど、結構前にちょっとした事件があって帝国領に変わったらしいよー」
レイは躊躇う様子もなく、状況を説明していく。
その様子を見たアルは、どうやら踏み込んで聞いても良さそうだと判断し、話を進める。
「事件ってのは?」
「私も聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、アストリナ城って所に現れたのよ! 【神狼】が」
「【神狼】ってアレだよな?」
「そうそう、あれあれ! んでね! その【神狼】がアストリナ城の兵士を皆殺しにした上に、その国を治めてた女王陛下を殺しちゃったって話なの」
その【神狼】に襲われた経験のあるアルは、その話を聞いて背筋が凍る思いをした。
「んでね! その機に乗じて他国が侵攻したりしたのを、ハイランド帝国軍が平定して、今はハイランド領になったって話だよー!」
つまり戦乱の影響で廃村になってしまった場所に、後から移住してきたといった感じだろうか?
「なるほどなぁ」
「まぁ結構前の話だから、私達にはあんまり関係無いけどねぇ」
結構な出来事の話をしてくれたレイだが、当事者じゃないせいか、どこか他人事のような感じだ。
その後は他愛もない話をしつつ、道中を進んでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
集落までは一本道が続くが、レイが先導するようにアルより少し前を進む。
「もうちょっとで着くからねー」
「やっ、やっとか…… 正直、かなり疲れた……」
目が覚めてからの出来事に加え、重い天幕を背負っての行程にアルは疲弊していた。
レイの住む集落跡が近づくにつれて、剣の残骸やクレーターのような穴が増えていく。
見た感じ、最近出来たような穴もチラホラ見え、激戦の跡を物語っているようだった。
「結構前って言ってたけど、この辺は激戦だったみたいだなぁ」
何気なくレイにそう話しかけると、スタスタと歩を進めていたレイがピタッと立ち止まる。
「んっ? どしたんだ?」
急に立ち止まったのを不思議に思ったアルが話しかけると、レイはクルッとアルの方へと振り返り……
「あっ、あのさ! 私のお姉ちゃんってちょぉーーーっとだけ、変わった人なんだけど……」
「だろうな」
正直、レイも変わってるなと思っていたアルは、特に驚く様子も無くその言葉を受け入れる。
「だろうなって何よ! いや、でもさ。 うーん」
少し困ったような表情を見せたレイだったが、意を決したようにアルに告げる。
「とりあえず私が上手い事、話すからさ! えーーっと、話合わせて貰って良い?」
「んっ? まぁそれくらいは良いけど」
「うんうん! それならオッケー! とりあえず余計な事は絶対言わないように! 良い?」
レイは念を押すように人差し指をビッとアルに向けると、少し不安そうな表情でブツブツ言いながら家路を急いだ。
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