第6話 赤い髪の少女

「お姉ちゃんの件は分かったんだけどさ! ちょっと確認しておきたいんだけど」


 街道から逸れた廃村跡へと続く少し寂れた道。


 進むにつれて戦乱の跡は多くなるが一直線に続く道の先には、まだ集落跡が見える様子は無い。


「んー? なになにー?」


 両手を後頭部に組みながら鼻歌交じりに歩くレイが、アルの言葉に耳を傾ける。


「あのさ、記憶の事なんだけど…… 方法あるって言ってたよな?」


 アルはハッキリと覚えていた。


 レイが提示した二つの案の事を。


「んっ? 多分だけどね! 聞けば分かるかなぁって」


 思いっきり他人任せのレイの言葉は、アルを少し不安にさせた。


「多分って…… 俺的にはそれが一番重要なんだけど…… ていうか聞くって誰に!?」


「んー? ワンちゃん」


(ほほぅ…… そうきたか)


 アルはレイの言葉を聞いて、心の中で呟いた。


(まぁ確かにぃ? 【神狼】とか【烙印】とか訳の分からん世界観に身を投じているのは受け入れた。 とは言え、俺の今後を左右する問題をまさか犬に委ねろと?)


 そう思ったアルは、あえて否定せずレイの話に乗っかってみようと思っていた。


「ふーん。 そのワンちゃんは記憶を取り戻す手段が分かるんかい?」


 少し馬鹿にしたようにレイに問いかけたが、レイは気にする素振りもない。


 むしろ、ワンちゃんの凄さを証明するように言葉を重ねてきた。


「凄いんだよー! うちのワンちゃんは! 誰も知らないような事、いっぱい知ってるんだから!」


「ほぅ。 例えば?」


 ここは最大限、掘り下げてやろうと思うアルは、否定する事無く問いかける。


「例えばねぇ。 よく育つ野菜の育て方とかぁ、食べれるキノコの見分け方とかぁ……」


「…………」


「後は狩りの仕方とか、罠の作り方なんかも知ってるんだから」


「確かに凄いな」


(犬にしては確かに凄い。 それは認める。 というか、そんな事、犬に習う?)


 アルは驚いた素振りを見せず棒読みで答えると、少しムッとした表情でレイは話を続ける。


「あとね! 鉄の作り方! 凄いでしょ!」


「うんうん」


「もぉ…… ひょっとして信じてない? んー。 何か凄い事…  あっ!」


 レイはハッとした表情で荷物をゴソゴソと漁りだす。


 そして二つの竹簡を取り出すと、開いてアルに提示する。


「なに?」


「これは本当に凄い発明だよ! 見ててね」


 そう言うと、レイは布切れに腰から下げた革製の水筒の水を少しつけ、竹簡を擦りだす。


「普通の炭だと、こうなるでしょ?」


 竹簡に書かれた文字は、水の含んだ布で擦ると当然のように文字が滲んでいく。


「まぁ…… そりゃぁそうだろ!」


「だけどこっち! これはどう?」


 レイはもう一つの竹簡に書かれた文字を同じように擦っていく。


 しかし、先程とは違い擦られた竹簡の文字は全く滲む事はなかった。


「ねっ? 凄くない? ワンちゃんが開発した炭は水に濡れても消えないんだよー」


 レイは得意満面の笑顔でアルに自慢する。


「まっ、まぁ凄いな…… でも記憶まではさすがに……」


「もぉ…… だから大丈夫だってば! ……多分」


「多分かよ! まぁ他に手段も無いし、良いけどさ」


「うんうん」


(まぁこの世界観だ。 喋ったりする犬が居てもおかしくはない…… のかな?)


 少し納得のいかないアルではあったが、受け入れざるを得ない現状に甘んじる事にした。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 他愛の無い会話を続けながら歩いていると、集落跡と思わしき場所が見えてきた。


「おっ! あそこかな?」


「うんうん!」


 やっと帰ってきたからか、少し笑顔を見せるレイだったが……


「あっ、お姉ちゃんの事は、ちゃーんと話合わせてね!」


 念を押すようにかけられた言葉に対し、アルは軽く返事をする。


 集落跡は少しボロボロになった木の塀で覆われていた。


 塀に囲まれたそこにはいくつかの建物が現存しているが、大半は戦乱の跡といった感じで廃墟と化しているようだ。


 集落の中程まで進むとレイは、スゥーっと息を吸い込み大きな声で……


「ただいまー! やっと見つけてきたよーーー!!」


 姉と二人で住んでいると言っていたが、他に誰か居るのだろうか?


 それに、「見つけた」というのは。 そんな疑問をアルは抱いていた。


 レイが大声で叫ぶと、集落の奥の方からタタタタッと駆ける音が聞こえてくる。


「………んんれぇぇぇぃぃぃいちゅわぁぁぁぁぁん」


 掛けながら段々と大きくなる声。


 その声の主は一直線にレイの元へと駆け寄り、そのままレイの胸に抱きついた。


「レイちゃぁぁぁん! もう、三日も家を空けて、どこまで行ってたの? もぉマジで心配したんだから! 無事? 怪我とかない? お腹空いてない?」


「あっ、あははぁぁ…… 心配しなくても大丈夫だってば」


 レイのふくよかな胸に顔を押し当てスリスリしながら、話しかける少女。


 その少女はレイと似た旅装を纏い、赤く腰まで伸びた髪に鋼で出来た剣を背負っている。


 レイは抱きつく少女の頭を撫でつつも、少し苦笑いをしながら対応している。


 抱きつかれているレイとは、似ても似つかない少女の様子を見たアルは……


(レイより一回り小さいし、お姉ちゃんといった感じでは…… 無いよな? そうか。 集落跡に住んでるとは言ってたけど、他の家族が住んでないとは言ってなかったか。 どこかの家の子供かな?)


 アルはそう解釈し、少し困り顔のレイへと話しかける。


「えーっと、この子は?」


 アルの言葉を聞いた少女は、スリスリしている頭をピタリと止め、ゆっくりとアルへと視線を向ける。


「あぁぁぁ!? 誰だテメーは? ていうか何見てんだコラ」


(えぇぇ……)


 先程までレイに見せていた態度とはまるで違う、鬼のような形相の少女にアルは少し引いていた。


「えっーーーと。 あの…… お姉ちゃん……」


「えっ? このちびっ子が?」


 アルは、レイとは似ても似つかぬ少女が姉だと告げられ、驚いた様子を見せていた。


「あぁぁ!? 誰がちびっ子だコラ! アタシは二十八だボケが!」


 どう見ても、子供のような外見の少女がレイの姉で二十八歳。


 さらに口が激悪。


 少女?は大分引いているアルから視線をレイへと向けると……


「あっ、主様が呼んでたよ! 報告聞きたいって」


「ワンちゃんが? そかそか。 じゃちょっと行ってくるからさ! あの…… 喧嘩しちゃ駄目だよ?」


 少し困ったような表情で少女?にそう告げると、アルの方へと視線を移し……


「ごめん! 悪いけど…… アルもちょっとここで待ってて! あの…… 仲良くしてあげてね」


 苦笑いを浮かべながらレイは、トタトタと集落の中にある建物へと小走りで向かっていった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 レイの姿が建物の中へと消えてから十数秒。


 この場を離れてからの時間も含めると一分は経っただろうか。


 無言のまま佇むアルと少女?。


 アルは背負っていた天幕等の荷物をその場に置くと、一つ疑問に思う事を考えていた。


(さっき、このちびっ子は主様って言ってたよな? でもレイはワンちゃんって。 このちびっ子はワンちゃんの家来って事なのか? 色々複雑過ぎるだろ……)


 そう思いつつ意を決して話しかけてみようとするアルに対して、少女?が先に声をかけた。


「とりあえず、死んでもらえるかな?」

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