第4話 レイの烙印
アルが着替えを終え天幕から出ると、焚き火の前にある倒木に腰掛けたレイがにこやかな表情で声をかけた。
「おっ! 結構似合うね! 大きさとかは大丈夫?」
「んっ? あぁ」
そう返事をしたアルは、焚き火を挟んで向かい側の倒木へと腰掛ける。
向かいに座るアルを笑顔で見つめながら、レイは椀を差し出した。
「はい! まぁ簡単な料理だけど食べて食べて」
レイが差し出した椀には、塩漬けした魚や肉片が浮いたスープの中に雑穀が沈んでいる。
「ありがと」
「いやぁ、見た目は悪いかもだけど結構イケるからさ!」
どうやら携帯食で作った雑炊のような食べ物だ。
アルは恐る恐る椀に口を付けると、香草や干物の匂いが鼻腔をくすぐる。
ズズズッ……
「んっ! んんー」
「えっ? なになに? もしかして不味かった?」
「いや、予想より大分美味しかった」
「でしょでしょ!」
疲労もあってか、絶妙な塩加減のスープがアルの身体に染み渡る。
「ふぅ……」
レイは両手の指を合わせた上に顎を乗せ、若干はにかみながら一息ついたアルを眺めている。
「んっ? なに?」
「いやぁ。 今日は色々あったねぇ」
「……かなりな」
アルはそう言うと、椀に残った雑炊を一気に喉に流し込み、改めてレイに話しかける。
「ていうかさ、山程聞きたい事があるんだけど…… とりあえず、これ何? 何か知ってるぽいけど」
アルは右袖をまくりあげ、腕に刻まれた【Ⅱ】の烙印をレイに見せつける。
レイはその烙印を見つめると、「はぁ……」と深く溜息をつきながら呆れた表情に変わった。
「ほんとーーに何も覚えてないんだねぇ」
「だから何度も言ってるだろ! 本当に記憶が無いんだって。 まだ疑ってんのか?」
野営地に向かう道中、レイは確かめるように何度もアルに記憶が無い事を訪ねていた。
今回は若干呆れ気味に言われたせいか、アルは少しムッとした表情で答える。
「そういう訳じゃないけどさ! まぁこっちとしては、記憶が無い方が都合良いけど……」
若干顔を伏せながら小声で呟くレイ。
「えっ? 今なんか言った?」
「いやいや何でも無いよぉ! んで、その烙印について知りたいんだよね?」
話を反らすようにアルの言葉を遮ると、レイは目線を上げ人差し指で顎を触りながら話し始める。
「この大陸には、大きく分けて三つの大国があってさ! その他に中小の国や都市が点在してるの」
烙印について訪ねたはずがレイは全く関係無い話を始め、アルは少し困惑した表情を見せている。
「いやあの…… この烙印についてですね……」
「まぁまぁ慌てない慌てない! あんまり慌てるとモテないよぉ?」
「ほっとけ!」
ちょっとムスッとした表情を見せるアルを横目に、レイは話を続ける。
「その国々や都市を治める人には共通点があってさ! その共通点の一つは男である事」
歴史的に見ても国や都市を治める人物は、男性である事が多い。
この世界がアルの知らない世界だとしても、その事実が同じである事に大した驚きはなかった。
「んでね! もう一つの共通点が烙印。 私が知る範囲の殆ど全員が、烙印持ちの男って感じかな!」
レイは、アルの烙印に視線を向けつつ話を続ける。
「烙印を持ってる人は常人とは違って、それぞれが特能を持つ存在なの。 その力のおかげで皆、国や都市を治めてるって感じなんだよね! つまり烙印は、特能持ちの証って訳!」
人差し指をビッとアルに向け、レイははっきりと答えた。
「えっ? それって凄い事なんじゃないの?」
アルは自分の右腕にある烙印を眺めながら、少し驚いた様子を見せている。
「でしょ? 凄いでしょ! ふふーん」
レイは両腕を組むと、何故かドヤ顔でアルの方を見つめている。
「いや、凄いのは俺って事なんじゃないの?」
「のんのん! これを見てよ!」
そう言うとレイは旅装の右肩の紐を解き袖を下ろすと、二の腕を顕にしてアルに見せつけた。
「ジャジャーン! どう!? 凄いでしょ?」
レイの二の腕にはデカデカと【剛】と刻まれている。
それを見たアルは呆れた表情で言葉をかけた。
「お前なぁ…… つよし? たけしかな? まだ若いのに彼氏の名前を堂々と彫るとか…… 何考えてんだ? 親が泣くぞ」
「はぁ? かっ、彼氏? そんなの居ないし!」
レイは頬と耳を赤らめながら、少し怒りながら話を続ける。
「というか、たけしって何? これ見て分かんないの? 私も持ってんのっ! 烙印!」
「えっ? ……マジ? それ烙印?」
「まじまじ!」
アルは自分に刻まれた烙印が【Ⅱ】である事から、勝手に烙印は数字であると勘違いしていた。
「さてここで問題です! 私の烙印には何の能力があるでしょーーかっ?」
「いや、【剛】って書いてるし…… 怪力とかそんなのだろ?」
烙印に関してアルは若干、半信半疑ではあったがレイに【剛】が刻まれている事に加え、あの重いメイスの件もあり、レイの能力を推測する事は簡単に思えた。
アルは質問に対して、さも当然のように答えるが、その答えにレイは驚いた表情を見せる。
「えっ? なんで分かるの? というか…… まさかコレが読めるの?」
「えっ?」
アルは予想外のレイの言葉を聞いて、かなり動揺していた。
(そうか…… てっきり言葉が通じるし、文字も同じだと高をくくってたけど……)
「なっ、なぁ! 何か文字の書いた物って持ってないか?」
「えっ? 文字? なんで?」
「何でも良いから! 持ってないの?」
「まぁあると言えばあるけど」
「何でも良いから早く!」
「んー! そんな怖い顔してどうしたの? まぁ今持ってくるけど……」
レイは少し不満そうな表情で天幕の中へ行き、ゴソゴソと荷物を漁っている。
「何でもっていうから持ってきたけど。 こんなので良いのかな?」
天幕から出てきたレイは、紐で結ばれた竹簡をアルに投げ渡した。
シュッ…… カラカラカラ……
投げ渡された竹簡を少し慌てながら開き、そこに書かれた文字を見たアルは少し驚きながら呟いた。
「なにこの文字。 見た事無い」
竹簡を開くとアルが見た事の無い、象形文字のような物が書き並んでいる。
「……まじかよ」
アルが竹簡に目を通し、そう呟いてから時間にして十数秒。
短い沈黙の中で焚き火の薪が焼ける音だけが、パチパチとなっていた。
「もしもーし! 大丈夫ー?」
「えっ? あっ、あぁ。 まぁ何とか」
「まぁ文字まで忘れてるんじゃショックだろうけどさ! 大丈夫大丈夫!」
ニコっと笑いかけるレイの顔を見て、少しだけ落ち着いたアル。
「そっ、そうだよな! 記憶が戻れば…… 大丈夫だよな?」
自分に言い聞かせるように呟くアルであったが、少し不安が残った。
文字を見た時に感じた感覚は名前を思い出せないといった感覚ではなく、レイが教えてくれた国名や烙印と同じ、知らないという感覚だったから。
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