第3話 腕に刻まれた烙印
「ここから、ちょっと行った先にさ、私が野営してる場所があるから」
そう言うと、レイは街道から逸れた脇道を進んでいく。
「なぁ、レイって一人で野営してんの?」
「んーっ? そうだけど。 なんで?」
整った旅装にメイスを背負った格好。
服装だけ見ると旅人のような感じではあるが、少女が一人で旅をしているのは不自然に思えた。
「いやぁ、たしかに俺は行くアテ無いけど…… このまま旅するってのは……」
レイと違い、青年は旅に適してるとは言い難い、濃い緑色の布で出来た上下の服のみ。
目覚めてから今までの状況に若干、疲労の色を隠せないでいた。
「あっ、別に旅してるって訳じゃないから大丈夫! 明日には家に帰るよー」
「ほんとに? はぁ…… 良かった…… 旅とかマジ無理……」
レイに聞こえるかどうかの小さな声で呟いていると、前を歩いていたレイが急に立ち止まった。
「大事な事、忘れてた!!」
「えっ? 何すか?」
どうせ碌な事じゃないだろうと思った青年は、少し引きつった表情をレイに向ける。
「名前よ名前! お兄さんの名前!」
「いや、だから俺は記憶が……」
無いと言いかけた青年だが、レイの言葉を聞き思わずハッとした。
(そうか…… 名前が無いって事は自分で名前決めて良いんじゃん!)
心の中でそう呟き、レイにその事を告げようとすると……
「私が決めちゃって良いよね? えーっとねぇ」
「いや、だめだろ! そこは大事だろ」
レイからの提案を食い気味に否定すると、青年は右手で顎を触りながら思案する。
「えーーっ? 私が良い名前つけてあげるのに」
「いや、待て待て! ここは自分で……」
(そうだよ。 どうせ記憶も無いんだ。 転生したと思って新たな人生を歩む為に、超格好いい名前をつけたって良いはずだよな)
少し躊躇いもあったが、青年は自分で決めた名前をレイに告げようとする。
「決めた! 俺の名前はジー…」
「ジー?」
ジークハルト、青年はそう名乗ろうとしたが既の所で思いとどまった。
(待てよ。 自分的に超絶格好いいジークハルトを名乗るのには二つ懸念材料があるな)
青年は腕を組み右手で顎を触りながら思案する。
(まず仮に今後、俺が記憶を取り戻した場合、俺の名前が極々平凡な名前だとしたら、ジークハルトと名乗っていては、かなり恥ずかしいよな。 知り合いにも痛い奴だと思われるだろうし……)
思案を重ねる青年を不思議そうに見つめるレイ。
そんなレイの視線を気にする事も無く、青年は思案を重ねていく。
(それと二つ目の懸念が最も危険だ。 それは今居るこの世界が、俺の知らない世界であった場合、仮にジークハルトという単語が、ウンコやゴミを意味する言葉だとすると、かなりヤバい奴だと思われるな……)
青年は思案を続けながら、レイの方へと視線を向け問いかける。
「ちなみにレイが決めた名前っていうのは……?」
「おっ! 私が決めて良いの? それはねぇ…… アル!」
「アルぅ? ある……」
青年はレイの提案した名前が思ったより普通の名前で、少し安心した様子を見せていた。
「それって何か意味でもあるの?」
「あるある! 意味あるよ」
「何か馬鹿にされてるみたいなんだけど……」
レイのリアクションに若干、難色を示す青年ではあったが……
「ちょっと右腕、まくってみて」
「右腕? あぁ」
レイに言われるまま、青年は右腕の袖をめくる。
すると、そこには幾何学模様の中に【Ⅱ】と刻まれた入れ墨のようなものがあった。
「うおっ、なにこれ?」
「そこに【Ⅱ】って刻まれてるでしょ? 二は古代神語でアル。 だからアルで良いかなってさ」
レイは名前に古代神語を取り入れた事を自慢するように、満足げな表情をしている。
「それにさ! アルってのは、どこの国だったか忘れたけど一応、王子様の名前でもあるんだよ! それに記憶も名前も無いんだから、名前位はアルでも良いかなーって」
そう言うとレイは、ニカッと口角を上げて青年に笑いかける。
「やっぱ、ちょっと馬鹿にしてんじゃん」
「もぉ、してないってば!」
(でもまぁ、自分で痛い名前を付けるより、人に付けられたと言い訳出来る名前なのは良いかも。 王子様って柄じゃないけど…… 一応意味もあるようだし、記憶を取り戻すまでと思えば……)
若干の葛藤はあったが、最終的にはレイの提案を受け入れる事にした青年。
「わかったよ。 じゃ…… アルで……」
「うんうん! 絶対に良い名前だからさ! 安心してよ」
「安心…… ねぇ」
「さて! 無事に名前も決まった事だし、早く行こっ!」
自分の提案が受け入れられてご満悦のレイと、渋々ながら納得したアルは野営地へと歩を進めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
野営地に向かい歩を進める事、数時間。
初夏とは言え、辺りは少しだけ薄暗く日も傾きかける。
小川が流れる少し開けた場所に、レイの野営地はあった。
布で出来た簡易的な天幕の前には、僅かな荷物と乾いた薪、焚き火の跡が見える。
「ふぅ。 ついたついた! まずは着替えないとね」
レイは背負っていた荷物をその場に置き、天幕の中に潜り込むとガサゴソと荷物を漁る音を立てている。
アルは覗く訳にも行かず天幕に背を向け、目の間に流れる小川を見てボーッとしていた。
「うーん。 ちょっと片付けだけでもしておくか……」
アルは無造作に置かれたレイの荷物を天幕の近くに運ぶと、レイが背負っていたメイスに目を向ける。
「これも立て掛けておくかな」
そう呟き、レイのメイスを持ち上げようとすると……
「ぐっ…… 重っ…… なにこれ……」
長さ三尺程度のメイスだが、それは見た目以上に重い。
アルは持ち上げるのを早々に諦め呟いた。
「くそ重すぎるだろコレ…… こんなの持ってるとか、どんな怪力だよ……」
アル自身、並の筋力である事は自覚していたつもりだが、自分より小さなレイがこのような重いメイスを軽々しく扱う事に驚きを隠せないでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あらかた片付け終えたアルは、焚き火の前に置かれた倒木に腰かける。
すると、天幕から出てきたレイが……
「おっ、片付けてくれたんだ? ご苦労ご苦労」
満足げな表情でそう言いながらレイは、アルの元へと向かい……
バサッ……
「おうわっ!」
突然、頭から布が被せられ、アルの視界が暗くなる。
「着替え! その格好のままじゃ不味いでしょ。 一応大きさは合うはずだけど」
「あっ、ありがと」
手渡された服はレイと同じような旅装。
アルが今着ている物とは違い、帯でサイズを調整するような形の為に、大きさの違うレイの物でも着れるといった具合だ。
「中で着替えてきてー! 着替え終わったらちょっと早いけど、ご飯にしよ」
「そう言えば腹減ったなぁ……」
「でしょ! とりあえず準備しとくから早めにね」
レイは手慣れた手付きで焚き火の跡に薪を積み重ねると、手際良く火種から火を起こしていく。
その様子を横目に、アルは天幕へと潜り込んだ。
「意外と広いなぁ」
天井からぶら下がるランプの明かりに照らされた幕内で、いそいそと着替えを始める。
「やっぱ…… 絶対知らん世界だよなぁ、ここ」
右腕に刻まれた【Ⅱ】の烙印に目をやり、自分に起こってる現実を噛みしめるアル。
「着替え終わったー? ご飯もう出来るけど」
「えっ? 早すぎない?」
若干落ち込みかけたアルだったが、あっけらかんとしたレイの言葉に少し救われるような思いがしていた。
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