第2話 二つの案
「んぐんぐ…… ふぅ……」
【神狼】の死体が転がった街道沿いから、少し離れた場所。
レイと青年は風通しの良い木陰に転がる倒木へと腰を下ろし、一息ついていた。
「あっ、結構飲んじゃったけど。 ありがと」
「いえいぇ。 お気になさらずにぃ」
笑顔を向けるレイの姿を改めて、じっくりと眺める青年。
肩まで伸びた栗色の髪に大きな瞳。
まだあどけなさの残る少女の容姿端麗な姿に、思わず見惚れていた。
「なになに? 私の顔に何かついてる?」
「えっ? あっ、いや、わるい」
青年は手渡された革製の水筒をレイに返すと、ふぅっと深くため息をつく。
青年は目覚めてからの非現実的な体験も影響してか、何か心がモヤモヤする感覚を覚えていた。
「えーっと。 大丈夫?」
「あぁ。 何とか。 ところでさ、君にいくつか聞きたい事があるんだけど……」
「君じゃなくてレイ! 私の名前はレイって言うの!」
「レイ…… さんね。 えーっと、改めて聞いても良いかな? レイ…… さん」
「レイで良いよ! ところで聞きたい事って何かな? 何でも聞いてくださいな」
辺りをキョロキョロと見回しながら、青年は疑問に思っていた事をレイに尋ねる。
「ここってどこかな?」
小さな畑や小川が点在する見晴らしの良い街道を囲むように、見渡す限りの森が広がっている。
見覚えの無い風景が広がる現実に、青年は少し困惑している様子を見せていた。
「ここ? ここは現ハイランド帝国領の東の外れ。 旧アストリナ国領って言えば分かりやすいかな?」
青年が聞いた事も無い土地の名前。
分かりやすく補足を入れて貰っても、青年はピンときていない。
「なっ、なるほど。 じゃさっきのあの狼男みたいな化け物は?」
「エッ!?」
青年の言葉に驚いた様子を見せるレイ。
まるで先程の化け物の事を知らないはずが無い、といったリアクションを見せていたが
「えーっと…… あれは【神狼】って言って、一体で軍隊や小国も滅ぼすって言われてる、危険度マックスの超ヤバい奴なんだけど…… 知らないの?」
「しっ、知らない…… かも……」
今現在、自分が知らない土地で知らない化け物に襲われた事実、それに加え何か重要な事を見落としているような気がして、青年は更に困惑を深めている。
お互いに無言のまま、どことなく気まずい時間が十数秒。
微妙な空気が流れる雰囲気を打破するように、レイが堰を切ったように話かける。
「ところでさ! 私の方も聞きたい事があるんだけど…… 良い?」
レイは俯く青年の顔を覗き込みながら話しかけた。
「えっ? あぁ。 何?」
「えっとね、お兄さんのお名前、聞いても良いかな?」
「名前? あぁ…… 名前ね。 えーっと、名前は……」
自分の名前を尋ねられた青年はハッとした。
「分からん。 俺って…… 誰?」
「えぇぇぇ!? まさか…… 記憶が無い…… とか?」
「うん。 そうかぁぁ。 通りで場所を聞いても、化け物の事聞いても分かんない訳だ!」
困惑の原因が晴れた青年はスッキリとした表情を見せているが、何故かレイの表情も笑顔になっている。
「そっかそっかぁ。 記憶、無いんだぁ?」
レイはニヤリと口角を上げると、ポンポンと青年の肩を叩く。
「大変ですねぇ。 では、そういう事で」
レイはスッと立ち上がり、その場を去ろうとする。
「えっ? ちょ、ちょっと……」
突然、レイが立ち去ろうとするのを慌てて止める青年。
レイはその言葉を待っていたかのように、クルッと青年の方へと振り返りVサインを突きつけた。
「えっと…… 何すか?」
「お兄さん! 貴方は今記憶を失い露頭に迷っている! そうですね?」
「そう…… ですけど……」
「そこで、このレイちゃんが二つの案を提示したいと思います! いいですか?」
「ど…… どうぞ……」
レイの勢いに圧倒された青年は、言われるがままレイの案に耳を傾ける。
「まずは第一案! このまま記憶も無くお金も無く、行くアテも無く行き倒れる」
「いや、それ案じゃないだろ……」
「まぁまぁ、慌てない慌てない」
要するに、ここで死んでくださいといった提案は、青年にとっては酷すぎるだろう。
「第二案! 私がお金も記憶も行くアテも、全部提供してあげちゃおうという良案!」
「その案で!」
「ただーーし! お兄さんには私の奴隷になってもらいまーす! 世の中そんな甘くないからね!」
「第三案で……」
「無いよ!」
受け入れざるを得ない条件を突きつけるレイに、どうにか抗おうとする青年。
「無いって…… ていうか、お金とか行くアテはまだしも、記憶の方はどうにもならないだろ」
レイの提案の綻びをついて条件を緩和してもらうべく、交渉を続ける。
「それがさぁ、何とかなるかも知れないんだよねぇ」
「えっ? マジ?」
「うんうん! マジマジ」
ニカッと笑うレイの表情を見て、一筋の光明が差し込んだ気がした青年。
「って事は、俺が誰か知ってるって事?」
「それは知らない」
「知らないんかい……」
レイの言葉を聞き、青年は呆れたように呟く。
そんな青年の様子を他所にレイは右人差し指を立て、顔の付近で振りながら言葉を続ける。
「お兄さんの事は知らないけど、記憶を取り戻す方法は分かるかもって事!」
記憶も無く、行くアテも無い青年にとっては渡りに船の申し出。
断る理由は無いはずではあったが、青年には一つ気になる事もある。
「あのさ、その、奴隷ってのは何とかならない?」
「うーん。 じゃ下僕? 家来とかでも良いけど。」
「同じぢゃん……」
少し気落ちしたような表情を見せる青年を気の毒に思ったのか、レイは青年の肩をポンっと叩くと……
「まぁ奴隷とかは冗談だけどさ! ちょーっと手伝ってほしい事があるの! 良いよね?」
「手伝って欲しい事? それって?」
「まぁまぁ、そんな難しい事じゃないからさ! 良いよね」
「えっ、えーーっと……」
「良 い よ ね !?」
「……はぃ」
渋々、了承した青年を見て満足そうな表情を見せるレイであった。
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