あるとれいと~絶対回避能力があるのに色々トラブルに巻き込まれちゃう男のお話~
上田るぅ
序章
第1話 ファーストコンタクト
「ねぇ! 起きて! 起きてってば!!」
街道沿いに無造作に放置された馬車、その車輪に背を持たれて眠る青年へ、少女が声をかけた。
「ホラっ! もうそこまで【神狼】が来ちゃってるんだってば」
青年を早く起こそうと、強めに揺すりながら焦る少女をよそに、青年は寝息をたてている。
「んーーーっ! もう私は逃げるからね!」
そう言い残すと少女は青年の方を振り返る事無く、足早にその場から走り去った。
「ウゥゥゥゥ…… グルルッ」
低い唸り声をあげた全身漆黒の狼男?のような化け物が二体、一歩ずつ青年の元へと歩み寄る。
先程、少女が【神狼】と呼んでいたその化け物の手には、血と錆で汚れた剣が握られていた。
初夏の暖かな日差しを浴びながら寝入る青年は、先程少女に起こされた事に加え、自分に当たる日差しを遮る何かに気付き、薄っすらと目を開ける。
「んんっ…… って、うぉあぁぁぁぁ」
青年の目に飛び込んできたのは、今にも斬りかからんとする二体の【神狼】の姿だった。
ドカッ!! ガスッ!!!
【神狼】が振り下ろした剣は既の所で青年に避けられ、先程まで青年がもたれかかっていた馬車の車輪を破壊する。
「なななっ…… なになに!?」
目を覚ました途端に襲いかかられた青年は、状況を飲み込めないまま這いずるように逃げ回っていた。
「グアァァァァァァ!!」
逃げる青年に、【神狼】二体は発狂しながら襲いかかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
青年は転げるように【神狼】の剣撃を既の所で避けていく。
何度も剣撃を繰り出す【神狼】は、何故か一向に剣撃がヒットしない事に苛立ちを覚えていた。
「だっ、誰かぁぁぁ!!」
青年は避ける以外に抗う術が無く、僅かな希望にかけ叫んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方その頃、青年が襲われている現場から少し離れた場所。
そこには先程、青年を起こしていた少女がハァハァと息を切らす姿があった。
「こっ、ここまで来たら、大丈夫…… だよね?」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、改めて自分が逃げてきた道のりを見つめていた。
「【神狼】が現れて思わず逃げてきちゃったけど…… あのお兄さん、大丈夫かな」
置いて逃げてきた罪悪感からか、青年の様子を気にする少女。
「でもでも、あのお兄さんの腕には【烙印】が刻まれてたし。 大丈夫なはず、うん!」
再度、自分に言い聞かせ、その場から立ち去ろうとすると……
「誰かぁぁぁ!! たっ、助けてーー!!」
少女の逃げてきた方向から、助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
「アッチャーー。 マジかぁぁ。 【烙印】持ちなのに助け呼ぶんだぁ……」
その声を聞いた少女は、青年が生きている事への安堵と助けを呼んでいる事への不満で、複雑な表情を浮かべている。
ほんの一瞬、躊躇うような素振りを見せた少女だったが
「よっ、よし! 一応、私だって【烙印】持ってるんだし…… お兄さんが逃げる時間位は稼げるはず! よし! 行くよ。 び、ビビるなレイ!」
レイと名乗る少女は、両手で頬をパンッと叩いて気合を入れると、背負っていた細身のメイスを握りしめ、青年の元へと走り出していった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
青年と【神狼】の攻防は現在も続いている。
「なっ、なぁ! ちょっと待てって! 落ち着いて話を。 なっ?」
見るからに言葉が通じなさそうな【神狼】に対し、両掌を相手に向けながら話しかける青年。
当然のように【神狼】は青年の言葉を気にかける様子は見せない。
ブォォン!! ヒュン!
大振りで剣を振り回す【神狼】と、それらを全て避ける青年の攻防が続いていたが、その攻防も終わりが近付いていた。
先程までは避けられる退路があった為に、ギリギリ避けられていたというような状況。
しかし二体居た【神狼】は二手に分かれ、青年の退路を断つようにジリジリと距離を縮めてくる。
「まっ、 待てって! なぁ! って……」
「ガルァァァァァァ」
完全に二体の間合いに入った青年に、二手から切りかかる【神狼】。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
絶体絶命の状態、目前に迫る剣。
もう避けられる事は無いであろうと悟った青年は、叫び声を上げながら両手で頭を抑え、しゃがみこんで目を瞑った。
ザシュッ…… ゴトンゴトン…… ガランガラン……
しゃがみこんだ青年は、死を覚悟していたが痛みも衝撃も感じず思わず呟いた。
「いっ…… 生きてる?」
恐怖で瞼が強張っていたが、ゆっくりと少しずつ目を開く。
「うぉわぁぁぁ」
目の前には【神狼】の首が二つ、転がっていた。
突然、目に飛び込んできた光景に、青年は思わず尻餅をつく。
「ななっ! ど、どーなってんだ?」
青年へ確実に当たる軌道で繰り出された【神狼】の剣撃は、青年の首を刎ねる事は出来なかった。
それどころか、しゃがみこんだ青年を目で追った【神狼】は、互いの剣撃から視線を切ってしまう。
【神狼】が繰り出す、反応出来ない程の剣速の為、お互いの首を刎ねてしまったのだ。
ようやく状況が飲み込めた青年は、その場にへたり込みながら呟く。
「はっ、はは。 ラッキー過ぎるだろ」
極度の緊張と恐怖から開放された安堵感からか、青年の表情は少し緩んでいた。
「とっとりあえず、ここから立ち去らないと……」
目の前に転がる【神狼】の死体と首、そして飛び散った血を浴びた自分の体を見て、得も言われぬ恐怖に襲われた青年は、この場から立ち去ろうとするが
「よっと、あっ、あれ? 腰が抜けてる?」
立ち上がろうする青年の腰は抜け、思うように立ち上がる事が出来ないでいた。
「きっ、気味悪いけど、仕方ねーか。 これを使って。 よっと……」
青年の手元に転がっていたのは【神狼】が持っていた剣。
血糊がべっとりとついた気味の悪い代物ではあったが、早く立ち去りたい一心の青年はその剣を握ると、杖のようにしてヨロヨロと立ち上がった。
「よっと…… ハァーー」
剣にもたれかかるように立ち上がり、深い溜息をつく青年であったが……
タッタッタッタッタッ…
青年の方へと駆け寄る足音が聞こえてくる。
その音の主は手にメイスを持った少女のような風貌で、青年から少し離れた場所で立ち止まると……
「こっ、こらぁぁー! 私が相手になるんだから! かっ、かかってきなさーい!」
両手を胸の所で握りしめ、目を瞑りながら大声で叫ぶレイ。
突然の光景に、息を切らしながらもポカーンとした表情で、レイを眺める青年。
大声を上げて挑発したにも関わらず、何のリアクションも無い事に疑問を抱いたレイは、ゆっくりと青年へと視線を向けた。
「えっ…… マジ!!?」
少女は驚きの光景を目にした。
そこには首を刎ねられた二体の【神狼】の姿。
そしてハァハァと息を切らしながら、地面に刺した剣にもたれかかる返り血を浴びた青年。
その光景だけを目にした者が居たら、百人中百人が青年の仕業だと思える光景であった。
事の真相を知らないレイは驚きと喜びでテンションが上がり、手に持ったメイスをその場に置くと青年の元へと駆け寄った。
「おわぁぁ」
「やったー! 凄いねお兄さん!」
突然抱きついてくるレイに圧倒されつつも、敵では無いという事実に安堵する青年。
「はっ、ははは。 まぁ…… 何とかね」
それがこの先、世界を揺るがす事になるレイと青年のファーストコンタクトだった。
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