書籍2巻発売記念SS

後宮女官の採用試験①(雪玲視点)

 雪玲しゅうれいはとびきり裕福でも、貧乏でもない商家の娘だ。

 外に働きに出なくとも、結婚するまでは家の手伝いをしていれば良かったが、雪玲自身はそれで良しと思っていなかった。

 

 だって、好きでもない人のところに嫁に行って、夫の一歩後ろを黙って歩く人生なんてつまらない。  


 自分で働いて稼いだお金で、自分らしく生きていきたい――そう話しても、周りは誰も分かってくれないが、雪玲は密かに働きに出る機会を伺っていた。

 

(女官の採用試験!? これを逃すわけにはいかない……!)

 

 十六になる歳のことだった。町で女官募集の立札を見た雪玲は、試験を受けに行くことを決意する。

 

 両親――特に父親は、家業が傾いた時代に宮仕えに出た姉が、未だに戻らないことを気に病んでいるらしい。「やめておけ」と叱られたが、そんなことで諦める雪玲ではない。


 採用試験の前夜、雪玲は家族が寝静まった頃にそっと家を出て、都の中心にある宮廷へと向かった。

 

(伯母さんはきっと私と同じで、仕事がしたくて宮中に残っているのよ)

 

 父親から話を聞くに、伯母は仕事ができて、仕事が好きな人なのだと思う。

 もしかしたら、宮廷で重要な仕事を任されているのかもしれない。

 

 

 そして迎えた試験日。


 筆記試験自体はさほど難しくなく、雪玲は自信満々に答えを埋めた。

 少しおっちょこちょいなところはあるが、勉強はできる方だ。

 

 これはもう採用確定だろう、という気持ちで面接を受けにいった雪玲は、そこで心砕かれることになる。

 

「貴女の場合、働く必要はないのでは?」

「そうですけど……でも私、新しい経験をしてみたいんです!」

「女官の仕事は貴女が思うほど甘くありませんよ」

「分かってます!」

「家族は何と言っているんです?」

「やめておけと言われましたが、必ず説得してみせます。私、本気なんです」


 雪玲は、面接官を務める年輩の女性から、質問攻めに遭っていた。

 他の試験官から女官長と呼ばれていたので、彼女は女官をまとめる偉い人なのだろう。


 数人横並びに座っての集団面接だというのに、彼女は何故か雪玲にだけあたりが強い。

 

(あ……あれ? 何で私だけ、こんなに厳しく聞かれるんだろう……)

 

 周りからも、憐みの目を向けられている気配を感じる。

 

(あーあ。試験、絶対駄目だったな……)

 

 全ての試験が終わった頃には、雪玲はすっかり自信をなくしていた。

 結果発表まで講堂で待つように言われたが、きっと待っても無駄だ。

 

 四半刻過ぎたところで我慢ならなくなり、宮中を出たら試験の結果は無効と言われているのにも拘わらず、雪玲は家に帰ろうと席を立つ。

 

「おい」

 

 講堂を出てすぐの道で、誰かが雪玲を呼び止めた。

 振り返ると、黒ずくめの男が立っている。出で立ちからして武官だろうか。

 

「落としたぞ」

 

 勝手に出歩いたことを怒られるのかと思いきや、男が差し出したのは試験番号の書かれた木札だった。

 いつの間にか落としていたらしい。


「もう、いいんです……私は本気だったのに、面接された方にはそう思っていただけなかったみたいなので」


 雪玲は俯き、つい弱音を吐いてしまう。


 それに対して、武官らしき男は慰めることなく、「本気といっても、その程度ということだな」と冷たく言い放った。


 その言葉を聞いてハッとする。


 そうだ。本気なら、試験に落ちたとしてもその場に残り、雇ってもらえないか食い下がるくらいの姿勢を見せるべきだ。


「ありがとうございます!」

「礼を言われるようなことをしたつもりはない」


 男はうっすら口元を綻ばせながら、木札を渡してくれる。


「私、弱気になっていました。落ちていたとしても、雇ってもらえないかお願いしてみます。駄目でもまた、次の機会に挑戦します。本気なので!」


 雪玲はぺこりと頭を下げ、講堂内へと戻った。

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