後宮女官の採用試験②(雪玲視点)

 思い直した雪玲が講堂に戻ってから、半刻が過ぎた頃。ついに合格発表が行われた。


 案の定、雪玲の名前は呼ばれない。


 女官長が「以上」と話を締めくくった時、期待はしていなかったが、ひどくがっかりした。


(私ったら、落ち込んでる場合!? たぶん結果は変わらないけど、お願いしに行かなくちゃ。何が駄目だったのかだけでも知りたい)


 そう自分に言い聞かせているうちに、講堂に入ってきた男が女官長に耳打ちをする。


 話を聞いた女官長は、溜め息をついたように見えた。


「もう一名追加します。 雪玲、残るように」


 雪玲は思わず「えっ」と口にする。

 女官長の溜め息は、きっと見間違いではなかったのだろう。


 だって、採用する気のなかった人物を、追加合格させるように言われたのだろうから。


(もしかしたらさっきの方が口利きを? ……そんなわけないか)


 木札を拾ってくれた黒ずくめの男を思い出す。


 皇帝陛下か、皇太子殿下くらい身分の高い人であれば採用に口出しもできるだろうが、まさかそんな偉い人がふらふら宮中を歩いているはずがない。


 けれど、帰ろうとした雪玲を引き留めてくれたのは紛れもなく彼だ。


(そういえば、あの時は失意のどん底で、よくお顔を見ていなかった)


 また会うことができたなら、お礼を言いたいと思ったが、雪玲は黒っぽい服で若い男ということしか思い出せないのだった。



「ええええええ!? 私が妃つきですか!?」


 追加合格をもらい、どうにか親を説得して後宮で働き始めた雪玲に、思わぬ命が下りた。


 一ヶ月後に皇太子妃を迎えるにあたり、妃つき女官を選抜する一斉面談が行われたことは記憶に新しい。

 しかし、まさか自分のような新参者が選ばれるとは思っていなかった。


「私、ここで働き始めてまだ一ヶ月ですよ!? きっと何かの間違いでは!?」


 皇太子妃を迎える前提で仕事を教えられているが、それは大勢いる女官のうちの一人としての仕事だ。


 妃つきともなれば、お妃様に一番近い世話役として、覚えなければならないことが他にもたくさんあるだろう。


「私も反対したのですが、殿下の命とあれば従わざるを得ません」


 女官長は小さく息を吐いてから答える。


「そんな偉い方が何故私を!?」

「皇太子妃殿下は花嫁試験を通られたとはいえ、庶民の出。まだお若いことからしても、同じような歳頃で、打ち解けやすい女官をお選びになったのでしょう」


 女官長もこの采配には納得できないだろうに、彼女は極めて冷静に、淡々と話した。


「そ、それで私はどうすれば……?」


 雪玲は顔を引き攣らせて尋ねる。


 女官の仕事は決して易しくないと覚悟していたつもりだが、いきなりこれほどの重責を負うことになろうとは。


「数奇なものですね」

「え?」


 雪玲が首を傾げると、かつて女官長が明啓太子の母親である橙妃とうひつきであったことを教えてくれる。


「幸い物覚えは悪くないようなので、これから私がみっちり教えます。殿下は気負うことないと仰られているようですが、何か粗相をすれば首が飛ぶと思って仕事に臨みなさい」

「ひぇ……」


 あまりに恐ろしくて「それは首を刎ねられるという意味ですか?」とは聞けなかった。

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