コミカライズ連載開始記念SS
出会った日の夜のこと(雨蘭→明視点)
(とんでもないところに来てしまった……)
皇帝廟にやって来た日の夜のこと――。
宴が終わって部屋に戻った雨蘭は、寝台に腰掛け、わなわなと震えていた。
丁度部屋に戻って来た同室の美女は、震える雨蘭を見て何か勘違いをしたらしく、労わりの言葉をかけてくれる。
「これで場違いだとよく分かったでしょう? さっさと辞退した方が貴女のためよ」
雨蘭のことなど放っておけば良いのに、わざわざ声をかけてくれるなんて優しい人だ。
嬉しくなった雨蘭は勢いよく立ち上がり、前のめりに尋ねる。
「歓迎の宴とはいえ、あんなご馳走が出てくるなんて。あれが都の常識ですか?」
彼女は数度、瞬きを繰り返してから、眉間に皺を寄せた。
「はぁ?」
「食事だけでなく住環境も整っていて、最高の職場ですね。どうりで皆さん、殺気立っているわけだ……」
ここを紹介してくれた老人から、住み込み、食事つきの職場とは聞いていたが、これほど手厚い待遇を受けられるとは思っていなかったので、雨蘭は震えるほど驚いているところなのである。
「もういい、寝るわ。これ以上、話しかけてこないで頂戴」
彼女はそう言うと、そっぽを向き、すたすた歩いて屏風の陰に消えてしまった。
(先に話しかけてきたのはそっちなんだけどな……)
擦り寄ってきたと思ったら、突然爪を立てる。まるで猫のような人だと雨蘭は苦笑する。
採用されるのは一人か二人。もしかしたら誰も選ばれないかもしれない。
――ふと、梁の言葉を思い出し、雨蘭はぎゅっと拳を握る。
廟に集められたのは見目麗しい女性たちばかり。田舎娘の雨蘭は確かに場違いなのかもしれないが、都を彷徨い歩いて、ようやく紹介してもらえた職場なのだ。
病に苦しむ兄のため、貧しい暮らしを強いられている家族のためにも、管理人の仕事に就きたいという想いは変わらない。
(私は人一倍頑張らないと。明日は調理場のお手伝いに行ってみよう!!)
そうと決まれば、早寝に限る。
急いで就寝準備を済ませた雨蘭は、黒髪の補佐官についてを思い出すこともなく、寝台に横たわった途端にぐっすり眠ってしまった。
◆◆◆
(とんでもない女が紛れ込んでいたな……)
明は宴の途中で席を外し、そのまま寝泊りをしている離れに戻ってきていた。
梁は今頃気づいて呆れているだろうが、明がいようと、いなかろうと、候補者たちは気にしないだろう。
候補者たちは皆、皇太子に熱い視線を送っているから滑稽だ。
しかし、例外が一人だけ。
老人の紹介で来たという田舎娘の雨蘭だけは、梁を見つめることも、周りと話すこともなく、緊張した面持ちで食事をとっていた。
箸の持ち方はおかしいし、食事の作法もなってない。
本人にもその自覚があるのか、不安げに周りの様子をきょろきょろ窺っていた。
そして、そのうち、一人黙々と箸を進める明に気づいてへらりと笑ったのだ。
明は何となく、「仲間ですね」と言われているような気がして苛立った。
(場違いで馴染めないお前と一緒にするな!!)
あの爺さんは、何を思って田舎娘をここに寄越したのか。しかも、『じいさん大推薦のお嫁さん候補!』という書状を持たせてまで。
明は、花嫁探しを催したこと自体に内心悪態をつきながら、床に入る準備を済ませる。
本来であれば使用人が身の回りの世話をするのだが、廟へ来てからは目立たないよう、最低限にしてもらっているのだった。
(明日、宮廷に赴くついでに、じじいに文句を言ってくるか)
寝台に横たわり、明はそんなことを考える。
なかなか眠りにつけないのはいつものことだ。
ところが、その日はよほど疲れていたのか、気付かぬうちに浅い眠りに落ちていた。
(なんだ、ここはどこだ?)
明はいつの間にか宮廷にいて、何やら儀式が行われている最中のようだ。
「明啓がついに伴侶を迎えるとは。めでたい、めでたい」
酒に酔った老人が、にこにこ笑って明に言う。
一体何のことだと思って隣を見ると、赤と金の、派手な花嫁衣装を着込んだ田舎娘が座っているではないか。
「うわぁぁぁぁっ!!!!」
あまりの衝撃で、明は汗をびっしょりかいて飛び起きた。
「悪夢だ……。何故こんな夢を……」
夢だとしてもあり得ないだろうと、明は困惑する。
眠りについたら、もう一度同じ夢を見そうで恐ろしく、結局、明はそのまま一睡もできずに朝を迎えたのだった。
出会った日の夜のこと〈了〉
【お知らせ】
カドコミにて、ついにコミカライズ版の連載が始まりました! こよりさつき先生が素敵な漫画にしてくださりましたので、ぜひチェックしてみてください。(詳細は近況ノートをご確認ください)
連載開始記念SSということで、出会った日の夜、雨蘭と明がどう過ごしていたかを書いてみました。
直近取り掛かっていた小説二巻では、明も梅花も大分デレているので、最初は二人ともこんなに冷たかったんだ……とびっくりです。
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