貴方の胃袋を掴みたい(梅花視点)
「私に料理を教えて頂戴」
言おうか言うまいか、しばらく悩んでいた梅花だったが、胡麻の菓子を食べる田舎娘――信じられないことに今や皇太子妃である雨蘭にようやく切り出す。
雨蘭は驚いた様子で「えっ」と口にし、その拍子にこぼれたお菓子のかすに気づくとこちらの顔色を窺いながら慌てて拾った。
また怒られるとでも思っているのだろう。
「使用人の真似事をするってことですか? 梅花さんが?」
丸い目をぱちくりさせて彼女は尋ねる。
純粋な疑問から出た言葉だと分かってはいるが、梅花は煽られた気分になりむっとしてしまう。
「何よ、馬鹿にしてるの?」
「違いますよ。純粋に驚いただけです。後宮を抜け出して料理をしに行くなんて許さない! という方だと思ったので」
雨蘭は一瞬しまったという表情をし、ぎこちない笑顔を浮かべて固まった。
梅花の機嫌を損ねないよう彼女なりに気を付けているつもりのようだが、あまり意味がないのでやめてもらいたい。
梅花は小さな溜め息をつく。
「貴女がこそこそ台所に行っていることなら知ってるわ。そんなことで一々怒っていたら、私の身が持たない」
「そうですよね。美容のためにもあまり怒らない方が良いかと……」
「私だっていつも怒りたくて怒っているわけではないのだけど」
怒らなくて済むのならその方が良い。しかし、元からの性格と、彼女の教育係の立場を考えるとつい厳しいことを言ってしまう。
皇太子が思ったより雨蘭を甘やかすので、梅花がしっかりしなければ彼女は常識知らずの駄目駄目妃になってしまう。
「何でまた急に料理を?」
(うっ、やっぱり聞かれるわよね)
理由ならある。しかし、その理由が低俗で恥ずかしい。
梅花は扇で顔を隠し、口ごもりながら答えた。
「それは……殿方というのは料理が得意な女性を好むのかと思って……」
皇太子は雨蘭の作る料理にすっかり夢中だと聞く。
上流階級では食事の準備は使用人がするのが当たり前なので、料理のできる雨蘭は物珍しいのだろう。普通とは違う「何か」が女嫌いな皇太子の心を射止めたのだとしたら――。
梅花が料理まで完璧にこなすようになれば、想い人の気を引くこともできるかもしれない。
「分かりました! 早速この後行きましょう!」
雨蘭はぱぁっと目を輝かせて言う。
菓子を口に詰め込み、残っていたお茶を一気に飲み干すと、彼女付きの女官――
◇◆◇
自分は器用な方だと梅花は思う。
料理も一度習えばそれなりにこなせるようになると思っていたが、甘い考えだったようだ。
(比べてみると全然駄目ね。私、才能がないのかしら)
梅花は火にかけた鍋をかき混ぜながら、自分の切った形も大きさもまばらな野菜を見て絶望した。
雨蘭の切った野菜と、梅花の切った野菜とでは悲しくなるほど見た目に差がある。とても想い人に差し出せるような水準にない。
作業速度にしても梅花が人参一本と格闘している間に、雨蘭は料理を一品作ってしまうくらいの差があった。
料理を習うのはこれで三度目だが、大きな改善は見られない。むしろ料理の奥深さを知り、異国の地に一人放り出された気分だ。
「そんなにかき混ぜなくても大丈夫ですよ」
何かを思い立った様子で外に飛び出していった雨蘭は、寒さで鼻頭を真っ赤に染め、土のついた草を手にして戻って来た。
「その雑草は何? まさか入れるつもり?」
「ふふふ、採れたて新鮮なとっておきの薬味です」
「どうせそこらで抜いてきたんでしょ。私の食べる分には絶対に入れないで」
「ええ、入れた方が美味しいのに」
雨蘭が野草を食べるのは今に始まったことではない。
突然駆けだしたと思ったら、後宮内に自生している草や木の実を採って食べることがあるのでその度にぎょっとする。
「はぁ。梁様にお出しできるようになるまでどれほどかかることやら」
梅花は溜め息交じりに呟いて、ぶくぶく泡を立てる雑炊を見つめた。
「大事なのは料理の良し悪しでなく気持ちですよ。梅花さんが自分のために作ったと知ったら、梁様もきっと喜んでくれると思います」
「駄目よ。私は彼の前では完璧でいたいの」
こんなものは見せられないし、食べさせられない。――そう思っていたのに。
「りゃっ、梁様!? 何故こちらに!?」
雑炊を載せたお膳を持って茶室に向かったところ、先に扉を開けておくと言った雨蘭の気配はなく、代わりに中から梅花の想い人が出てきたのだ。
料理は失敗作、しかも雑に髪を結って寝巻きのように地味な服を着ている姿を晒してしまった。
思いがけず会えたことは嬉しいが、それよりも羞恥が勝る。
良いことをしたとでも思っているだろう雨蘭を思い浮かべ、梅花は心の内で「何てことをしてくれたのよ!!」と泣き叫んだ。
貴方の胃袋を掴みたい〈了〉
果たして梁様はどんな反応をするのでしょうか……!? 本日発売の書籍の書き下ろし番外編にちょっぴりこのシーンが出てきます。
本屋さんにも今日から本格的に並んでいると思うので、見かけた際にはお手にとっていただけると嬉しいです。
無事に発売日を迎えられたのもカクヨムで応援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!
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