甘いものは苦手だが (明視点)

「またか……」


 早朝目覚めると、隣で寝ていたはずの女がいない。もうじき皇帝になる男が、このような仕打ちを受けていて良いのだろうか。


 明啓は思わず笑ってしまう。


 やることなすこと滅茶苦茶な女を選んだのは自分なのだから仕方ない。

 一緒の床で寝てくれるようになっただけでも、大きな進展と言えよう。


(俺を放ってどこかへ行くところも愛おしいと思うのだから、末期だな)


 まさか自分が一人の女を愛するようになるとは。明啓は自身の変化に改めて驚く。


 廟で花嫁探しが始まった頃は、女など煩わしいと感じるばかりで、このような結末が待っているとは夢にも思わなかった。


 当時の明啓は何もかもに対してやる気がなく、仕事を抜け出すことも日常茶飯事だった。

 雨蘭と初めて出会ったのも、確か仕事を放棄し、ふらふら出掛けた帰りである。


 今思い返してみても、あの時の彼女はうるさくて小汚い田舎娘という最悪な印象しかない。


(俺はいつからおかしくなったのだろう)


 度が過ぎるほど前向きで、誤った方向に一生懸命な雨蘭に苛ついたのは最初だけで、彼女なら王宮でも変わらず、逞しく生きていくのではないかと期待が芽生えた。


 心もとない灯りを頼りに、読み書きを一から学ぶという無謀な挑戦をする彼女を見て、助けてやりたいと思うようにる。


 彼女を助けるために明啓は真面目に仕事をする必要があったが、不思議と苦にはならなかった。


 明啓をおかしくしたのは間違いなく雨蘭だが、彼女には感謝の念を覚える。今の自分は悪くないと思う。


(もう少し惰眠を貪るか。運が良ければ、寝ている間に雨蘭が戻ってくるかもしれない)


 雨蘭とゆっくり過ごそうと、仕事は昨日のうちに粗方片付けたので、梁に苦言を呈されることもない。


 毒茶事件の真相が明らかになって以来、梁は明啓に対してはっきりものを言うようになった。

 時々、辛辣な言葉が返ってくるが、彼が思ったことを素直に話せている証拠だろう。


 目を瞑ってしばらくすると、意識が薄れていく。


「お寝坊さんですね」


 そう言って、誰かが優しく頭を撫でた。

 覚醒しきらない脳裏に一瞬母親の顔が映ったが、それはあり得ないとすぐに打ち消す。


 雨蘭が戻ってきたのだ。彼女は明啓の枕元に座り、頭を撫でてくれている。

 雨蘭の方から触れてくることはあまりないので、もしかしたらまだ夢の中にいるのかもしれない。


 明啓は寝ぼけたまま上体を起こし、彼女の唇にそっと自分のものを重ねる。


「可愛い」


 頬を紅潮させ、瞬きを繰り返す雨蘭を見て呟く。彼女は手で顔を覆い、俯いた。


「そういうの、やめてください。心臓に悪いです」

「いい加減慣れても良い頃だと思うが」

「もう少し手加減してください」

「これ以上は無理だ」

「えぇー」

 

(俺が、どれだけ堪えていると思っている)


 明啓は溜め息をつく。この調子では、そのうち梁と梅花に先を越されるに違いない。


「それは朝餉か?」


 出汁の良い匂いがすると思ったら、彼女の背後に食事が盛られた漆塗りの台が見えた。


「はい! 久しぶりに作ってみました。召し上がりますか?」

「冷める前に食べた方が良いだろう。お前の手料理だしな」


 明啓は雨蘭を見つめながら、彼女の頭を撫でる。


 彼女は「だからそういうの……最近の明様は甘すぎなんです」と言って、奇妙な唸り声を上げていた。


「もう栗の季節か」


 食膳の上に剥き栗が乗っているのを見て、明啓は呟く。


「甘味は苦手だと思いますが、初物らしいのでぜひ」

「……苦手なはずだったのだがな」


 甘味も、甘いやりとりも苦手だと思っていた。けれど今は、二人の関係にもう少し甘みを足しても良いと思うのだ。


 行儀悪く、栗をひょいと手で摘んで頬張る。実がほろりと崩れ、口内に自然な甘さが広がった。


 今の自分たちの糖度はこの栗にも負けている。




番外編 甘いものは苦手だが〈了〉



カクヨムコン読者選考への応援をありがとうございました! 皆様のおかげで恋愛部門の特別賞を受賞することができました。心よりお礼申し上げます。


そして、書籍発売も決まりました! 12/25にメディアワークス文庫様より刊行される予定です。web版から大きな話の流れは変わっていないものの、加筆でパワーアップし、より面白くなったと思います。お手にとっていただけると嬉しいです。詳細は近況ノートをご確認ください。


また、カクヨムで連載中の新作『ぽんぽこ帝都身代わり婚』もどうぞよろしくお願いいたします。(話の系統は本作に近いと思います!)

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