番外編 その後の二人
梅の花が咲く頃に① (梅花視点)
※梅の花が咲く頃に①〜③につきましては、書籍2巻の番外編として改稿版を収録しておりますので、書籍を読まれる予定の方はご注意ください。
―― ―― ―― ――
「黄家の娘なら、強く、気高く、美しくなければなりませんよ」
ばあやに口酸っぱく教えられた言葉だ。
黄家の娘は泣き言を言ってはならないし、誰かを頼ることも許されない。
一人で生きていけるだけの強さと誇りを持って、常に美しくあるべきだ。
梅花はずっとそう思って生きてきた。
(どうしよう。これは確実に迷子だわ。自分でどうにか出来るなんて強がるべきではなかった)
王宮に務める父親に書類を届けに来た梅花は、案内するという門番のしつこい申し出を断ったのだ。
男と二人きりになりたくないというのが一番の理由だったが、それならそれで、同性の使用人か宦官を呼んで貰えば良かった。
社会勉強を兼ね、父親について何度か王宮に足を運んだことはあるが、いつの間にか誤った道を進んでいたらしい。
梅花は見慣れぬ景色を前に、成す術なく立ちすくむ。
「君、こんなところでどうしたの?」
背後を振り返ると、官僚と思わしき青年が立っていた。
羞恥と安堵の両方に包まれながら、梅花は事情を話す。怪しい者だと思われ、通報されでもしたら尚更恥だ。
「丞相に届け物がありまして……」
「ああ、娘さんかな? 場所が分からなくなってしまったんだね」
青年は目を細めて穏やかに笑う。蜜のような不思議な色の目が印象深い。
「……その通りです」
「仕方ないよ。敷地が広大な上に、どこも似たような景色で、ここで働く人間でも迷子になるくらいだ」
連れて行ってあげると彼は言う。梅花は迷ったが、下心は全く感じられなかったので一歩後ろをついていくことにした。
しばらく歩くと見知った建物が現れる。ここまで辿り着けば、流石に迷子になることはない。
「ご迷惑をお掛けしました。ここまでで大丈夫です」
梅花は男に礼を言う。思ったよりも早口に、冷たく言い放ってしまった。
(私ったらいつもこう。だから怖いとか、性格悪いとか言われるのよ)
「帰りも送るよ」
「お忙しいと思うので結構です」
これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。そう思って飛び出した言葉だったが、相手には強い拒絶に聞こえただろう。
(ああ! また冷たい言い方をしてしまったわ!)
焦った梅花はろくに礼を言えないまま、足早に父親の職場に向かった。
折角案内をしてくれた人に酷い態度をとっ
てしまったと、梅花は自身の行動を振り返って落ち込む。誰だか知らないので、後から詫びることもできない。
一人で反省会をしながら用を済ませて戻ってくると、青年はまだ同じ場所に立っていた。
「あ……」
「お節介に思うかもしれないけど、ここまで迷わない方法があるから教えてあげたくて」
「ありがとうございます。先程は失礼な言い方をして申し訳ありませんでした」
彼は歩きながら、木の枝に括られた目印を頼りに移動することを教えてくれる。
梅花は異性と何を話して良いか分からず、その間ずっと無言だった。
態度悪く映っただろうに、青年は最後まで優しげに笑ってくれていた。「またね」と言われて、胸がきゅっと締め付けられる。
(優しくて、素敵な方だった。王宮に赴けば、また会えるかしら)
一度会っただけの、名前も知らぬ彼に恋をしていると気づいたのは、たくさんの縁談が舞い込むようになってからだ。
「黄家の娘として、恥のない結果になることを祈っております」
恵徳帝廟に出立する際、ばあやはそう言ったが、梅花は乗り気ではなかった。皇太子の花嫁探しなどどうでも良いと思っていた。
廟で彼に再会するまでは――
「
「ああ、久しぶりだね。
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