第44話 雨蘭の大勝利?

「荷物はこれだけですか? まとめて運んでしまいますね」


 雨蘭は隣部屋の住人がまとめた荷物を一度に持ち上げる。


 明の言葉を真に受けてか、多くの候補者たちが発表から戻ってすぐ、廟から引き上げる準備を始めた。

 やることのない雨蘭は、忙しそうにする元候補者や使用人の手伝いをしているというわけである。


「貴女は一体何をしているの。そんなこと、ここの使用人に任せておけば良いじゃない」


 部屋から顔を出した梅花は顔を顰めてそう言うが、雨蘭にとっては使用人の真似事をしている方が自然で、幸せなことだった。


「私は女のわりに力がありますし、皆さんにはお世話になったので手伝おうと思いまして」

「お世話になったって……嫌がらせを受けただけでしょう」

「この方たちはお掃除上手でしたよ。ね」


 そんなことより作法の勉強をしろと言われるのが怖い雨蘭は、荷物の持ち主に笑顔で迫った。


 陰で雨蘭の悪口を言っていたこともある隣室の二人は、顔を見合わせ、それから呆れたように笑う。


「貴女ほどの逞しさなら、どこにいてもやっていけると思う」

「私たちには無理な話だったわね。またどこかで会ったら、今度は仲良くしたいものだわ」


 どうやら最後の最後に認めてもらえたらしい。


 好意を示してもらえるのは有り難いことだが、後宮入りをするという話はまだ雨蘭自身が受け入れられていないので、へらへら笑って話を流す。


「ちょっと! ぼーっとしてないで、さっさとこっちの荷物も運びなさいよ」

「はい! お待ちください!」


 少し先の部屋から、香蓮の金切り声が聞こえてくる。梅花から「勉強」の言葉が出る前に、雨蘭は荷物を運び出した。


 雨蘭が選ばれたことを好意的に受け止めてくれる者もいれば、香蓮や春鈴のように最後まで頑なに拒絶をする者もいる。

 

 自分が選ばれるために三ヶ月を過ごしてきたのだから、少しばかり攻撃的になるのは仕方のないことだろう。


「ふんっ、せいぜい王宮で恥をかくと良いわ」

「そうですね……あの時は明様たちに恐れず、苦言を呈して下さりありがとうございました」

「げぇ、相変わらずの脳内お花畑。もう顔も見たくなぁい」


 天蓋つきの馬車に乗り込んだ香蓮と春鈴は、雨蘭に対して最後の最後まで愛想のない態度をとる。


「これでもうお会いすることもないでしょうし、良かったですね。お元気で!」


 雨蘭は頭を下げて二人を見送った。何気なく述べた別れの言葉だったが、彼女らの気に触ったようで、「いつか痛い目見せてやる!」と叫びながら去っていった。


 顔も見たくないと言いながら、何だかんだ雨蘭のことを気にしてくれているのかもしれない。


(さて……、一通りお手伝いも済んだことだし、私は自分のことをどうにかしないと)


 他の候補者たちには『皇太子に見初められ、一介の農民から華々しい転身を遂げることになる幸運娘』に映ったことだろうが、雨蘭は乗り気ではない。


 やはり、身の丈に合わない話だと思うのだ。


 皇太子に嫁ぎます、という話を故郷の家族が聞いたら、泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。


 雨蘭は明に直談判をしようと、久しぶりに北の離れに向かう。彼はまだあの建屋で暮らしているだろう。


「雨蘭様、丁度良いところに」


 少し歩いたところで、使用人のまとめ役に呼び止められた。彼女は雨蘭のもとまで小走りにやってくる。


「楊美様? 私に何か用がありましたか?」

「明様からの言伝で、応接間に来るようにと。ご案内します」


 明に会えるのなら丁度良いかと、雨蘭は楊美の後を追う。皇帝と面会をした建屋の中に応接間もあるらしい。


「こちらです。では、私はお茶を用意して参ります」

 

 雨蘭は楊美に礼を言い、案内された部屋の扉を何の気無しに開けた。


 正確に言うと、何も考えごとがなかったわけではない。明の顔を見たら、まず第一に「勝手に決めてどういうことですか!」と怒ろうと思っていた。


「「お姉ちゃん、おめでとう!!!!」」


 雨蘭が部屋に足を踏み入れる前に、二人の子どもが突進してくる。


「へっ!? お前たちがどうしてここに?」


 懐かしい声と顔。故郷の幼い弟妹ではないか。


 雨蘭が驚いて二人を受け止めると、部屋奥の立派な椅子に座った男は淡々と言う。


「俺が呼んだ」

「明様が!? お母さん!? 兄さんまで!!」


 彼と向き合うようにして、目の見えない母と、病に伏せていたはずの兄まで座っているではないか。


「久しぶりね、雨蘭。元気にしているようでほっとしたわ」

「私はいつも通り元気よ。それより兄さん、お身体はもう良いの?」

「ああ、もうすっかり良くなった。少し前にこの方が優秀な医者を手配してくれたんだよ」


 兄は明に向かって軽く頭を下げる。


 痩せ細り、骨と皮ばかりだった兄は血の気を取り戻し、畑をしていた頃のような体つきにまで回復していた。


(明様が? 元気な兄さんを見れたのは嬉しいけど、でも何故ここに?)


「お姉ちゃん結婚するんでしょー」

「村じゃもらい手ないって言われてたから良かったねー」


 雨蘭の疑問に、弟妹がませた口調で答えてくれる。


「なっ……」

「そういうことだ」


 勝ち誇った顔をする明を見て、雨蘭は確信する。


(家族を呼んだのって、嫁入りを伝えるため!?)


 あまりに強引だ。雨蘭はまだ納得していないというのに、抗議をする隙も与えず外堀を埋めようとするなんて。


「すごいじゃない、雨蘭。お母さん、嬉しくて泣いてしまったわ」

「まさかこんな田舎の猪娘でも貰ってくれる、優しいお方がいるとはなぁ」


 感極まって涙ぐむ母親と、その背を嬉しそうに叩く兄を見ていると、雨蘭は「未だ合意に至っていません」とは言い出せなくなってしまう。


「お母さん、兄さん……この人がどなたかご存知ですか?」

「領主さんなのでしょう? 良かったわね、毎日美味しいご飯が食べれるわよ」


 母は全く分かっていなさそうだ。明は領主ではなく、国の主である。


「お前が嫁ぐことを条件に村に援助をしてくれるらしいから、捨てられないよう頑張れよ」


 兄も状況をよく理解していないらしい。


 深いことを考えず、妹が金持ちに見初められたお陰で、自分たちの暮らしも楽になると喜んでいるのだろう。


(駄目だ……この人たち、ことの重大さを理解していない……)


 こればかりは血筋を感じてしまう。


 雨蘭は喜ぶ家族の手前、仕方なく「精一杯頑張ります」と答えた。

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